荒野のニャンコロモチ-2
長いです。ごめんなさい。
王都からから最も東、国境の砦は明るい日差しが作る濃い陰と初夏を迎える緑の色鮮やかなコントラストに彩られ、午睡を誘う微風と気怠げな雰囲気に包まれている。
明るい日差しの中を目にも綾な深紅のマントの人々が忙しなく動き回る。
数台の馬車に荷物を放り込み、怪我人を慎重に運び込む姿からはどこか浮き足だち互いに掛け合う声は明るい。その様子を三階の執務室の窓から見下ろし男、シルヴェライトは目を細め口の端だけで嘲り嗤う。
「引き継ぎ相手もまだ見えぬというのに、随分と気が早いな」
背後からは何の返事も無い。
振り返れば、外で立ち働く者達と同じマントを身につけ優雅に足を組み茶を飲む姿。その男は嫌みにすら気付かないのかも知れない。なぜなら、自身が嫌みったらしいから。
カップを持つ手の小指はピンと立ち、組まれた脚の足首もわざとらしく伸ばされ、白い膝下迄のブーツを見せつけている。
この男以外、侍従よろしく男の背後に立つ赤いマントの男も、外で働く働く男達も足下はみな同じ脹ら脛丈の黒いブーツである。
それにしてもこの「暁の不死鳥旅団」の制服からようやく解放されると思うと、目の前の気障ったらしい男「暁の不死鳥旅団」団長の中身のない自慢話にも今ぐらいは付き合ってやっても良いとさで、この一年ではじめて思える。
制服であるマントは、はりと光沢のある深紅でフードの襟元には金糸で炎を模した不死鳥の意匠が刺繍されている。このばかばかしい無駄に派手な制服は式典などの公式行事だけではなく、戦闘時にも着用するのだから失笑だ。
が、こいつらがこの派手な色彩で飛行する魔物や敵法師達の遠距離攻撃魔法を一身に受けてくれたおかげで、この一年シルヴェライトの部下達の死亡率はぐっと下がり、「不死鳥の騎士団」は反比例のように多くの法師を失い、とうとう高度治療術を行える者が一人もいなくなってしまった。
高度治療術を行える者もいなく、旅団としての人員も存続が難しい程に減り、本来の任期である三年を待たずして早々に引き上げる事を恥ず事も無く、無邪気に王都への帰還を喜ぶ男を改めて侮蔑を込めた視線で見下ろす。
「今度来る黒猫旅団はどんな奴らだ?」
とシルヴェライトが問う声に男は少し首を傾け笑う。
「私が王都を発った後に創設された旅団らしいですね。まあ、噂なら聞きましたが。」
大した事も知らないようだが、もったい付けた口調で続けた。
「何でも団長は女性らしいですよ。それも魔女との噂です。」
魔女と言う所を強調し、鼻でせせら笑う。魔女も魔力を持つが中度の治療術と薬草の知識、呪いや占いの類いで庶民を相手に商いをするのがお似合いで、我々魔法師やましてや旅団を率いる魔導士とは位が違うと言い放つ。
「それに、これはとある筋からの情報ですが、王都の第二騎士団と揉めてこの辺境の砦送りになったらしいですね。」
とある筋とやらを自慢げに含ませ「この辺境の砦」と言うが自身がその辺境に送られた事には頓着していないらしい。
どちらにしても、旅団の人間・魔法師というのはその希少性から自らをエリートと自負し、軍人とは一線を画す者が多く互いになれ合うつもりもないが、「暁の不死鳥旅団」より使えない事が無いよう祈るのみだ。
「この香りも味も悪い茶ともようやくお別れと思うと少しは旨く感じるものだな」
シルヴェライトの視線に気付いてもいないのか、男は目を細めてカップをテーブルに置いた。
王都に戻ったらどんな生活に戻るか、主にサロンと宮廷での人脈の愚にもつかない自慢話を長ったらしく語り、
「まあ、君らにも世話になったが王都に帰還の際には、また会えると良いね。」
気持ちの籠らない声で男は挨拶程度に言い、立ち上がりかけたところで窓から馬のいななきと少し遅れて人々の叫び声が聞こえてきた。
シルヴェライトが駆け寄ると窓の下では馬が竿立ち、馬に繋がられていた荷台はつられて横倒し、またそれに引かれる形で馬が地に倒れる。
人々はそれを止める事もせず、口々に叫びながら怪我人を倒れた荷馬車に捨て置いたまま、砦へと走る。
「襲来だ! グールの群れだ!」
「早く! 誰か!」
急ぎ軍刀を持ち階下に向かいながらも、腰抜けの部下はやはり腰抜けだなとシルヴェライトはもう一度嘲りに顔を歪めた。




