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荒野のニャンコロモチ-11

 朝露に下草がきらめき、白茶けた砦の壁を這う蔦の緑も日に映えるうららかな朝。初夏へと移りゆく季節の風が穏やかに頬をなでる。

 砦の正面入り口の広場に、およそ二百の王軍と両軍が整然と並ぶ。皮鎧の金具に日差しが反射しジルは目を細めた。

 両軍の将官とシルヴェライトとコルナリ、不安顔のトルエが立つ中、鉄仮面を着けたジルは至極まっとうに挨拶をする。

 王軍将官のカルド・マッサと領軍将官のケイナル・ウェーバーがジルに自己紹介と歓迎の挨拶をする。どちらも少将という身分だが、地方の一領主に仕える少将と国王に仕える少将である為、身分も権限もカルドが上となる。


「応接室に茶の用意が出来ています。」

 ケイナルにうながされ団長、団長補佐の六人で場所を移す。

「体調が悪いのか?」

 昨晩と違い静かに廊下を歩むジルにシルヴェライトが声をかけるが、無言で首を振る。その様子にジルの補佐を勤めるトルエを見遣るが何ら気にした素振りもなく、シルヴェライトは訝しむが、それ以上問う事はやめた。


「失礼ですが、ジル旅団長はベラ・セリア・ジーラをご存知ですか?」

 応接室に入り、皆が席に着くの待たずに王軍の将官がジルに声をかけた。

「…母、です。が…?」

 鉄仮面を着けている為にその表情は解らないが、声には僅かに驚きが滲んでいる。

「やはり、そうでしたか。」

 身長はシルヴェライトよりもやや低いが筋骨隆々とした身体は二回りは太い。雄牛のようなその身体が、意外なほど優雅な身のこなしで丁寧な礼をとる。短い髪と同色の深い榛色の目を細めて微笑むと、強面が一転、熊の縫いぐるみのような愛嬌をまとう。

「やあ、ジル、パパだよ。」

 そう言って満面の笑みを浮かべたカルドはジルに向かって両手を差し出した。皆が固まる中、シルヴェライトがさりげなくジルとカルドの間に立った。



「そういや聞いた事あるわ。 父様と結婚する前に軍人のしつこいストーカーにまとわりつかれてたって。」

 シルヴェライト越しにカルドを見遣り、溜め息をついてソファーに座るジルにつられて、皆も事態は飲み込めないものの座る。

 くだけた口調のジルにつられたようにカルドの口調も軽くなる。

「あはは、ストーカーだなんてひどいなぁ。俺とベラは運命の恋人なんだけど。それに、結婚するまでじゃないよ、ベラが結婚した後も何度もプロポーズしたし。」

「立派なストーカーですね。」

 コルナリが思わず呟く。

「ベラというのはお母様のお名前なんですか?この場合ファミリーネームはジーラなのでしょうか。」

 なんとかこの雰囲気を払拭し話題を変えようと決心したケイナルが遠慮がちにジルに問いかける。中年と言って良い黙っていれば重みのあるカルドと違い、まだ二十代後半のケイナルは育ちの良さと人当たりの良さを感じさせる。


「いいえ。私は魔女ですから。」

 簡潔に否定し説明もしないジルにケイナルとシルヴェライト、コルナリが怪訝な顔をする。

「魔女はファミリーネームのでなく、師と始祖の名前を引き継ぐんだ。ファミリーネームは魔力を持たない家族が使う。」

 そう続けたのはカルド。魔女の家系には魔力を持った女児が生まれやすい。母や叔母、姉などが師となりその師の名を受け継ぐ。魔力を持たずに生まれた女児や男児、夫はファミリーネームを名乗る。始祖の名前はその家系の始まりの魔女や、偉業を成し遂げた魔女の名を受け継ぐ。ジルの場合は『ジル』が本人の名前、『ベラ』は母、『ジーラ』は始まりの魔女で彼女は魔族と結婚したと伝えられている。ジルの父親はムスタキというファミリーネームを家族で一人、名乗っていた。

「カルドさん、詳しいですね。」

「運命の恋人の事だからな。何でも聞いてくれ。ベラの好きな食べ物から好きな花、色、香水、ブランド、宝石も網羅しているぞ。」

 ニカッと笑ってコルナリに答えるカルド。

「貢いでたんですね…。」

 若干の哀れみを含んだ目線で皆がカルドを見るが、当のカルドは笑顔でジルを見詰める。

「いやあ、ベラの娘は僕の娘、何でも頼って欲しいね。あっ、何か欲しいものがあったらパパにどんどん言ってくれ!」

「まだ貢ぐんですね…。」

 そう呟いたのはケイナルだった。


「あ、あのっ、そう、領主セラフィナ様からの伝言をお預かりしています。」

 先程、場の雰囲気を変えようとして失敗したケイナルが慌てて言う。唐突な物言いだが先程から満面の笑みのカルド、表情の解らない鉄仮面のジル以外の表情が和らいだ。

「黒猫旅団の皆さんの着任を歓迎し、できるだけの便宜を計りたいとの事と、現在

行われている議会が終わり次第一度視察にいらっしゃるそうです。それと…ジル旅団長におかれましては…あの…その、『少しは乳は育ったか?』…だそうです…。ぼっ僕、いえ、私じゃなくって…セラフィナ様が…」

 皆が一瞬ジルに視線を向けた後、それぞれに窓の外や調度品を不自然に見遣る中、小刻みに震えたジルから絶対零度の冷気が漂っていた。

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