後宮の悪とは
後宮の悪とはなんなのだろう。
後宮は、様々な思惑が飛び交う場所。だが、女性達は後宮での愛を夢に思う。
そのなんとも言えない魅力が『悪』なのだろうか。それとも宦官達の邪な思惑が悪なのだろうか。
ーいや、後宮の悪とは、単なる『悪』だ。
宮女達を虐め、好き勝手に過ごす、そんな悪女。それが後宮の悪だ。
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秦帝国。
その国は、神の力を司る者を皇帝とし、悠久の年月を過ごしてきた国。
その国には、皇帝の子を授かるための女の園である『後宮』が存在している。そこでは、ある妃が『悪女』と呼ばれていた。
その悪女の名前は『藍黄 桜怜』と言い、貧民街の生まれでありながら、美しい容姿によって後宮に入ってきた。
「あら、桜怜様よ。今日も派手なご衣装でいらっしゃるわ」
「あの衣装を作るためのお金、一体どこから出てきているのかしら」
桜怜の衣服は、赤を基調として輝く黄色の糸によって様々な刺繍が施されている。内側は薄い紫色で、歩くたびに陽の光が反射して眩しいほどに輝いた。
(彼女たちは、まだ下位の妃かしら。嫌味を言うのは結構だけど、聞こえないように言いなさいよ)
桜怜は明らかに顔を顰めているが、塀の影によって誰からも見らていない。
だが、手は布を強く握りしめていた。
「あら、桜怜様じゃありませんこと?」
「麗金様……。お久しぶりね」
『清月 麗金』は、桜怜妃と同じ時期に後宮に入った、桜怜妃にとってライバルであり、麗金妃からもそうであった。
髪を緩やかに結い、スラリとした衣服を着ていても尚、存在感を出している。後宮内では、皇太子殿下の寵愛を受ける候補の1人に挙がっていて、発言力は強い。
麗金妃は桜怜妃を一度しっかり上から下まで見渡し笑った。麗金妃も同じように塀の影に隠れているが、桜怜妃は麗金妃の態度が見て取れた。
「あら、人を蔑むように笑うなんて、品位を疑われるわよ?」
「あなたにだけは言われたくありませんわ。悪女様」
「あなたね……!」
「何をしている!」
桜怜妃が麗金妃に掴みかかろうとした瞬間、その場に大きく余韻を残すほど声を張った人物がいた。
皇太子である『龍 神英』だ。
2人は神英に気がつくと、すぐさま頭を下げた。神英の目は明らかに桜怜妃を蔑んでいる。
「藍黄桜怜。麗金妃に向かって何をしようとしていた?」
「何もしておりませんわ」
「まぁ、私から言わせてもらうと、掴みかかってきたように見えましたが」
桜怜妃は麗金妃に怒りを覚えたが、皇太子の眼前、睨むだけに終わった。だが、その様子を見て神英は大きくため息をつく。
「桜怜妃。今度の神尊祭では余計なことはするなよ」
「わかっております」
神英はそれを言うとどこかに去っていった。
2人は神英が離れて少しあとに同時に顔を上げる。麗金妃の方は勝ち誇ったような表情をしていた。
「それでは、次は神尊祭で」
にっこりと笑みを浮かべ麗金妃は去っていった。桜怜妃は、布こそ掴んでないが、手から血が出るんじゃないかと思うほどに手を握りしめている。
『神尊祭』とは、その名の通り神を尊ぶ祭りであり、神に日頃の感謝を伝える祭りでもある。
年に2度行われ、皇帝陛下が祈りを捧げ、皇后陛下、皇太子、妃達が感謝の印として様々な者を捧げる。
この祭りで騒ぎを起こしたものは、ほとんどが重い刑に処されており、前に一度だけ問題を起こした桜怜妃は次の神尊祭まで謹慎が言い渡された。
(あの女っ!麗金っ!淑妃の親戚だからといい気になって!)
後宮で皇后と正一品の次に発言力がある麗金妃などの妃達5人は、それぞれ皇后と正一品の妃が後見人としてついている。
それは頼もしい後ろ盾でもあり、問題を起こしたら泥を塗らせるという責任でもある。
桜怜妃にも賢妃である『紅我 天月』が後ろ盾としている。が、桜怜妃は数多くの問題を起こして、ほとんど見放されている状況だった。
(麗金だけじゃない、他の妃達も絶対に見返してやるんだからっ……!)
桜怜妃は見た者が震え上がるほどの、怒りの顔になっていた。
彼女がこんなに怒るのは、貧民時代に貴族達によって虐げられてきたからだ。それによって生まれた、復讐心とも言える怒りで彼女は後宮での大きな地位に昇り詰めることができたのだ。
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あれから一週間後、桜怜妃は倒れた。
お茶を飲んでいると、急に苦しみ出したのだ。医者の診察では毒だと断言された。それも強い毒で、近々控える神尊祭には参加できないと。
(誰……、誰よ……!私に毒を持ったのは!麗金!? 胡葉!? 誰なの……!)
目はさまさず、桜怜妃は苦しみながらも心は怒りで一色になっていた。
彼女のことを熱心に看病する宮女なんて一人も見られず、ただ寝台で一人、荒く息を吐きながら寝ている桜怜妃しかいない。
それでも、桜怜妃には「宮女と仲良くしておくんだった」という後悔の気持ちはなかった。逆に、宮女でさえ怒りを抱いている。
(まさか宮女達が勝手に毒を持ったというの……っ。許さない……)
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桜怜妃は結局体が復帰せずに神尊祭には出席しなかった。
(誰だというの……。あの女に毒を持ったという人物は)
皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下、正一品、そして4人の妃達。神尊祭が一段落し、お茶会という名目での会議が行われていた。
その中で、一人憤りを感じている者がいる。麗金妃だった。
麗金妃が憤りを感じている理由は桜怜妃だ。桜怜妃は競いながらも長い間過ごしてきていた妃。悪女と呼ばれるようになり、落胆していたが、それでも桜怜妃のことは尊敬し認めていた。
だからこそ、毒を持った者が皇族でない限り、それなりの処罰を望んでいる。
「そういえば、桜怜妃は無事なのか?天月」
「いえ、未だに苦しんでおります。ですが、熱は引いてきております」
「それはよかった。後に、妾の方から見舞いの品を届けさせよう」
この茶会を仕切っているのは皇帝陛下ではなく皇后陛下『黄 麗玲』。彼女によって茶会は進行されていく。
「それにしても、一体誰が桜怜妃に毒を持ったのでしょう。まぁ、悪女と揶揄されるくらいなのですから、因果応報というものなのでしょうね」
(この女っ……!桜怜妃を悪女と噂立てたのはあなたじゃない!)
桜怜妃を心配するそぶりを見せながらも、蔑んだのは麗金妃の後見人であり淑妃の『清月 金蘭』だった。
淑妃と麗金妃は互いに同じ血筋でありながらも、麗金妃から見ると淑妃は『愚かなことしかしない女狐』だ。
「治ったとしても、後宮でこれからも過ごせるのかしら。聞けば、宮女達から看病を受けていないみたいじゃない」
「まぁ…!なぜですの?宮女から看病を受けていないなんて、それは苦しんでおられて当然です!」
(胡葉様……)
『玄下 胡葉』は今、最も皇太子殿下からの寵愛を受けている妃。麗金妃でさえも、後宮で一番美しいのは胡葉だと認めている。
そして、胡葉妃もまた桜怜妃とは奇妙な縁で結ばれており、ー桜怜妃は胡葉妃のことが嫌いだがー麗金妃と同じく憤りを感じている者だった。
(大方、淑妃様が桜怜様に毒を盛られたのでしょう)
(大方、この女が桜怜妃に毒を盛ったのでしょうね)
2人は同じ結論に至っていた。だが、正一品という後宮で皇后陛下の次に権力のある妃。今はただ黙っていた。
(桜怜……。早く起き上がってちょうだい。ではないと、あなたの悪事で隠れていた、薄汚い思惑が公になってしまう……)
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後宮の悪である『悪女』は、後宮の薄汚れた思惑を隠しているのかもしれない。
そうなるのなら、悪とはいない方が良いのかもしれない。
だが、そうでないと後宮へ女性は夢を馳せないで、薄汚さに耐えられない者が出てくる。
後宮の悪とは、悪と言われてはいるが『必要悪』とは少し違う。後宮の陰謀を覆い隠す、必要な『目隠し』かもしれない。




