おにぎり
日常が一転する緊迫感をお楽しみください。
街角で出会った哀しげな老婆。ほんの少しの親切心が、戻れない恐怖の扉を開けてしまう——。
短い時間でゾクッとする余韻を味わいたい方へ送る、一編のショートホラーです。
「おにぎり1つだけでいいからおくれ」
毛布に包まった白髪が、美しい老婆がつぶやくように言った。
わたしは、赤いランドセルを背負いながら街を歩いていたのだが、ふと電柱の陰に座っていた老婆に気がついたのてあった。
このお方は、どういう人なのだろう━━?わたしは考えるより先に行動した。老婆に伝えた。
「今はおにぎり持ってませんから、近くのコンビニで買ってきます。少しお待ちいただけますか?」
返事も待たずにわたしは、コンビニに向けて駆け出した。
コンビニでツナマヨのおにぎりを1つ買い、息を切らせて元の電柱へ走り戻った。しかし、そこに老婆の姿はなかった。
「おばあさん……?」
残されていたのは、彼女が包まれていた古びた毛布だけだった。不思議に思いながらも、わたしはおにぎりを毛布の上に置き、家路につくことにした。
その夜。自室で宿題をしていると、廊下からペタ、ペタと湿った足音が近づいてきた。足音はわたしの部屋のドアの前で止まる。
「おにぎり、おいしかったよ」
掠れた老婆の声がドアの向こうから聞こえた。わたしが息をのんだ瞬間、鍵をかけていたはずのドアノブが、ゆっくりと回り始めた。
ドアノブがガチリと音を立てて下がり、ゆっくりと隙間が開く。
開いた暗闇からぬっと伸びてきたのは、老婆の手ではなく、湿った真っ黒な何本もの「長い指」だった。
「ツナマヨ、美味しかったよ……。でもね、全然足りないんだ」
ヒタヒタと足音が部屋に踏み込んでくる。
「次はお前の肉を包んでおくれ」
街角に置き去りにしてきた毛布が、生き物のようにうごめきながら部屋中へと広がり、逃げ場を塞いでいく。わたしが悲鳴を上げる暇もなく、視界は毛布の激しい悪臭と暗闇に呑み込まれていった。
翌朝。電柱の陰には、新しく増えた真っ赤なランドセルと、それを愛おしそうに抱えて座る老婆の姿があった。
【了】
日常の裏側に潜む恐怖、楽しんでいただけたでしょうか。
見知らぬ人へのふとした親切が、あなたを二度と戻れない世界へ引きずり込むかもしれません。
次に街角で困っている誰かを見かけたとき……どうか、お気をつけください。




