祖神たち ―― 神話の断章 ――
※本作は本編“夏の章8月編その16“の直後から始まる別視点の出来事であり、そして……
―― ここは佐世保の山奥の某所。
この地に在する昔の"水の鬼の王"である水梨伊鈴は、諏訪の地の方角から感じる"巨大な力の迸り"に普段見せないような焦りの表情を露わにしていた。
また、同居人である稲荷人の小蓮、当代の土の鬼の王である土屋紬花も、この巨大な力の迸りを感じており、小蓮に至っては緊張感のあまり、その尻尾が針金が入ったかのように立っていた。
一方、紬花は『この力、凄く知っている。危険な力。破滅の力。……いづる、抑えられなくなった?』と呟く。
その傍らで、力を感じ取れない"東雲美鶴"は、何かを悟ったような表情を見せていた……
彼らが各々反応を見せていた時、少し離れた場所にある八天岳上空に、見慣れた三バカこと"ポンコツ三柱"が集っていた。
そのポンコツの領袖とも言えるサーナは『この力の迸り。どうやらいづるの"中身"が外に出つつあるようじゃな。』と述べる。
すると他のメンバーである御鏡様が『ふむふむ、土鬼共が鬼の王の力を抑え込む封陣を使った。しかも複数段で。それだけでなく鬼力奪浄まで使いよるのぅ〜。』と、手鏡状の使役神を通して現地を覗いていた。
その発言を聞いた御劍様が『なんじゃそりゃ? 土鬼共は悪手を用いよったな? そんな事をしたら、"東雲いづるの力"は奪えても、"奴"の力が表出するだけだと言うに……』と、こちらは呆れた表情を見せていた。
それらの話を一通り聞いたサーナは『いづるの力は、我らが"奴"の力を封じるための保険としたもの。無論、その根源は同じトコロではあるが、力の均衡が崩れつつあるとなれば、我らが動かない理由にはなるまい。』と答え、御鏡と御劍の双方はそれに同意する。
そして、その直後、彼らポンコツ三柱の姿はその場から消えていた……
―― 遥か昔、世界は"何も無かった"――
ある時、その無かったハズの世界に"意思"を持つ者が現れる。
その者は、周りが暗く、冷たく、何より自分の姿すら解らなかった。
そんな時、不意に心の中で響いた言葉があった。その者はそれを唱える。
―― 光よ、出でよ ――
その瞬間、その者の視線の先に光り輝く熱い玉が現れた。コレがこの世界での最初の光であった。
その後、その者はその光を回る様に大地を産み出そうとする。
なぜそうしなければならなかったかは、その者もハッキリとは覚えてはいない。光の玉を出したことも含め、その者ですら覚えていない事が多かった。
何よりその者自身が"私は何処から来たのか?"と自問自答してしまう程だったからである。
結局、大地を産み出すために、自らの身体を使う。
結果、その者の身体は巨大な球体へと変化していく。その球体は後に"高天原"と呼ばれる事となる。また、この時の出来事を"天地開闢"と呼ぶ。
そして精神体となったその者は、更に手数を増やす必要があると考え、自らを3つに分けた。
3つに分かれたその者は、その精神体としての本体を球体の深奥に置き、誰も近寄れない様にした。また、近寄った場合に備え、見たものを即死させる呪いが生じるように手を加えた。
いずれ球体の上で暮らすものが現れることを予見したかのような行動を行うと、3つに分かれたその者―― 源初神(別天津神とも) ――は、何かに急かされるが如く"天地創世"を始めたのであった。
―― それから更に永い時が流れ、高天原には命が溢れ、緑が広がる、いわば"理想郷"と呼べる環境が整えられていた。
この頃、源初三柱はこの理想郷を模倣した世界を創世して回っていた。その数、およそ十六。
この十六の世界は、その後さらに無数に生み出される世界の雛形となった事から"源初十六界"と呼ばれる事になる。
この頃の高天原には、源初三柱を第一世代とし、その後に生み出された第二世代の神々が複数存在し、第一世代に代わり統治していた。
いや、統治という言葉は無粋。強いて言うなら"共存共栄"と言うべきだろう。その中には、後世の人間達から"イザナギ""イザナミ"と呼ばれる事になる男女の神が居た。
そして、彼らと同じ第二世代の神の中に、一柱の神が存在した。
ただ、イザナギやイザナミらと異なり、その者は何処となく荒ぶる神氣を放ち、暴れん坊の側面を見せる存在であった。
その者こそ、後の鬼族の始祖と呼ぶべき者であり、記録によっては"鬼の子たちの母たる神"とも呼べる"鬼祖神"であった。
鬼祖神は自らの力で産み出した"鬼族"と共に、高天原の一画を占有し、他の種族とは小競り合いをすることが多々あったという。
理想郷とはいえ、その実情は決して安定はしていなかった。
そして、その安定が崩れたのは突然だったが、同時に必然だったのかも知れない……
『我らが大地、高天原は……あまりにも平穏過ぎる! そして思う。我々は何のために存在するのか!? 聞け、鬼の同胞達よ! 我々は、自らの存在する意味を高天原に問わねばならないっ!! 故に、我々は自らの旗を掲げる! そして、我々を生み出した父にして母たる存在に、我々の意義を問おうではないか!!』
鬼の祖神が発した、この一言を引き金として、天地開闢以来初となる"神々の戦い"―― 祖神戦争 ――が勃発することとなる。
この鬼達の蜂起に、他の種族は愕然とする。それまで平穏無事に時が流れ、無限の豊かさを享受していた彼らからすれば、小競り合いはあれども同じように豊かさを得ていたハズの鬼達がなぜ暴挙に及んだのか?全く理解出来なかったからである。
だが、彼らがその答えを得る間もなく、鬼達はその占領域を急激に拡大していく。そして、彼らが通り過ぎた後には、文字通りの不毛の地が残るのみだったのである。
この鬼達の破竹の勢いに対し、他の種族。特にイザナギやイザナミらが属する神人族が中心となり、それに対抗する連合が形成され、無限の豊かさを産み出す大地は、一転して多くの命が失われる修羅場と化したのであった……
―― 源初三柱が、高天原の異変に気付いたのは、戦争が始まりどれほどの時が流れた頃だろうか?
彼らはそれぞれが天地創造活動に勤しみ、三千を越える世界の創造を行っていた。もっともこの数ですら正確な数ではないと言われる。初めは数えていたとされるが、最後には数えるのを止めていたという。
そのため、最後に数えた時の数が三千だった事から、後に誰となく“三千世界“という単語を唱えるようになったという。
彼ら源初三柱の内、"御玉"と呼ばれる存在が初めに異変を察知した。そして、続けて"御鏡"と"御劍"の二柱の神も知るところとなる。
「御鏡、御劍、既にヌシらも知るところであろう。」
「言わずもがなという奴だ。"予"は知っておる。あの鬼共が、力を持て余しておる事をな。」
「だから争事を引き起こしてのかぇ? "妾"からすれば迷惑極まりないのじゃがのぅ〜。」
「御鏡は"調和"を主とするからな。そう思うのは当然か。そして御劍は"破壊"を主とする。鬼共の考えに寄せるか?」
「考えに寄せるのと、実際に争事を起こすのとは似て非なるものなり。ましてや高天原は豊穣の地であり、我らの半身ぞ? それを荒らすならば……」
「懲らしめる。そういう事じゃな? 双方ともそういう意見なら、"我"としては否を語る必要はあるまい。」
……そう語る三柱の神達。彼らは元々が天地開闢の始神の精神的半身、即ち"分け御魂"と言える存在であった。
表面上の会話を行う時点で、互いの考え。そして結論は出ていたと言えた。
そして、彼らは高天原へと向かう。そこには自分達の到来を待つ鬼の祖神が待ち構えているであろう事は言うまでもなかった……
―― 源初の三柱が高天原に着いた時、豊穣の地とされた彼の地は、荒涼とした大地が広がる大地と化していた。
その光景を目の当たりにして、事前に使役神である鏡を通して見知っていた御鏡様以外の二柱は、程度の差はあれ、衝撃を受ける事となった。
『なんと惨い事に……。これが高天原なのか? 我らが心を砕いて積み上げた理想の地なのか?』
三柱の領袖たる御玉様は、その不毛ぶりに衝撃を受けていた。その上で『鬼共は……いや、アヤツはここまでして、何が目的なのじゃ!? この光景を我らに見せるのが目的であるならば、我は奴を許すことができぬっ……』と、内から湧き出る怒りを必死に抑えつつ、こう述べた。
それに対して御劍様は『ふむ、見事なまでの"破壊"ぶりであるな。予も主に破壊を司るが、ここまで盛大に行いはしない。せいぜい、その世界の者達に掣肘を加えるくらいで留めておるというに……。どうやら加減というモノを知らぬとみた。』と、見たままの感想を口にしている。
その後、御鏡様の力で生き残りの居る場所を突き止めた三柱は、まずそこに向かう事となる。
鬼達により、不毛の大地が覆う高天原であったが、生き残りの者達が集結し、抵抗を続ける拠点があったのである。
そして、その拠点こそ、三柱の神の精神体の本体――"真体"――が眠る土地であり、後の世では高天原を統治する神人族の末裔である"長命種"が高天原の都を置く事になる場所であった……
一方、その拠点は、雲霞の如き鬼達の大群に襲われていた。
辛うじて強力な遮断結界で防いでいたものの、その結界を維持するために神人族の者達が幾人も犠牲となっていた。
まさに生命を対価とした防壁であり、それが破られるということは、即ち神人族が滅するという事を意味していた。
拠点内でもっとも高い建物である木造の神殿―― 後世"神社"と呼ばれる ――に付属している物見櫓の上から、のちのイザナギ(当時の男祖神)は苦々とした表情をしつつ、鬼達の大群を見つめていた。
連合を主宰し、盟主として鬼達と抗争したまでは良かったが、鬼達の想像以上の強さ。そして何より"鬼祖神"の規格外の強さのために、数多の祖神たちが打ち破られ、そして滅していった。
滅した祖神が率いていた民の生き残りは、もう一人の盟主と言える、のちのイザナミ(当時の女祖神)の導きにより、他の世界―― 源初十六界 ――などを経由して、色々な世界に逃げ出していた。
それらの民の子孫は、逃げ延びた先々の世界で"エルフ""ドワーフ""ホビット"などと呼ばれる事となる。
また、同じように逃げ切れた者達の中には、源初十六界を通る過程で世界の"瘴気"に毒された結果、怪物化した者達も存在した。"ゴブリン""オーク"などの亜人種や、魔族と総称される存在がそれにあたる。
さて、そんな男祖神の下に伝令の者が現れるそして『祖神さま、既に我らの同胞達の数も百を切っております。このままでは防壁を支える者が居なくなってしまいます。』と報告してきた。
それを聞いて、男祖神は『左様か……。解った、ご苦労である。万が一に備え、ソナタ達も逃げる準備をするのだ。』と語ると、伝令の者は大いに驚き『祖神さま……もしや祖神さま自ら防壁を支えるおつもりでは!? なりませんっ! 貴方と女祖神さまは我ら神人族の父にして母たる存在。それがここで生命を投げ出せば、我々は何を拠り所にすれば良いのですか!?』と言い、男祖神の行動を諫めようとした。
すると、伝令の者の背後から女性の声が聞こえてきた。女祖神である。
『彼だけに全てを託すわけには参りません。わたくしもお供致します。』
そう語りつつ、男祖神の隣に立つ女祖神。並び立つ神人族の祖神は、傍目から見ても神々しく、そして誇り高さと世界を支える神としての威厳を失ってはいなかった。
男祖神は『良いのか? 私は連合の盟主として、多くの祖神たちを死地に向かわせてしまった。彼らの犠牲に応えるには、私が防壁を支えねばならない。』と語るが、女祖神が『それならわたくしも盟主です。あなた一柱に任せて、わたくしだけが逃れては祖神として恥ずべき事。そして、わたくしとあなたは二柱で一柱というべき存在。あなたのいない世界は考えられません。』と述べ、運命を共にする意向を改めて明らかとした。
そうして互いを見つめ合う姿に、伝令の者や、女祖神に仕える巫女らは涙したという……まさにその時だった。
『申し上げますっ! 鬼達が、鬼達が何者かに蹴散らされておりますっ!!』
その別の伝令からの報せは、彼らにとって。また生き残り全ての者にとっての福音であった……
―― その時、数多いる鬼達は、自らの前に立ち塞がる"幼子然した"存在の存在を認識する。
防壁と自分達の間に割り込む形で、空から飛び降りてきたかのような登場の仕方をした事から、少し躊躇した鬼達だったが、程なく野獣の如き雄叫びを上げて数で防壁もろともその存在を潰そうとしたのであるが……
『……愚かな。妾に正面攻撃するしか能がない輩では、妾のこの"仮身"に触れる事すら叶わぬと知れっ!』
そう語ると、その存在は軽く右手を左から右へと軽く振るう。
すると、鬼達との間に無数の鏡が出現した。鬼達が構わずその鏡に向かって体当たりし、それを割った瞬間……砕けたのは鬼達の方であった。
何が起きたのか解らず、困惑する鬼達だったが、それでも突撃する事に変わりはなく、そしてその都度粉々に砕けていく。
鬼達は気づかない。その鏡に映った自分達の姿が鏡と共に砕けると、自分達が纏めて砕ける事を……
それが、御鏡様が得意とする攻防一体の戦術である。
一方、防壁の別の場所では、鬼達の大群が何か目に見えないモノによって容易く斬り裂かれ続けていた。
ここにも、空から降りてきた幼女然した存在が鬼達と防壁の間に割り込んできたのである。
この方面の鬼達も、困惑しつつも突撃する事を選択したが、その結果は無惨なものであった。
件の存在―― 御劍様 ――が持つ直刀が振られる度に、無数の鬼達が斬り裂かれて絶命していくのである。
『不毛の地にするから、それ相応のモノと思ったが、単なる"蝗の群れ"と同質であったか。まあ良い。我が手に持つは"神剣・断絶"。我が"仮身"の半身である。予が視る全てが断たれる、絶える。そこに間合いという生優しい概念は、無いっ!!』
そう述べ、御劍様は断絶を右に左に、袈裟、逆袈裟、縦割りなど、あらゆる斬り方の演武を行う様に振るい、その過程で鬼達との間に空間が生じていく。
その空間には色々な形で斬り捨てられた鬼達の死骸がこれでもかと転がるのみであった……
さらに他方、そこには御玉様が降り立ち、鬼達を睨みつけていた。
鬼達はこの空からの闖入者に対して、構わず潰しに掛かろうとしたのである。だが鬼達は動けなかった。それは防壁の内側にいた、のち兎人族と呼ばれる者の一人が、その時の事を後世に語り遺している……
『あの方が何者かは解らない。だが、何か魂の根源の部分で畏れ多い方という感じがした。恐らく鬼達も無意識にそれを感じて動けなかった。いや、動く事すら叶わなかったのだろう。』
……と。
そして、その者が前に一歩、また一歩と歩み出るごとに、鬼達が一歩、また一歩と後退する。
そんな中、後方に居た、見た目厳つさを漂わせる大鬼が苛立って部下の鬼達を蹴散らしつつ前へと出てくる。
『ウガァ、ナンダオマエハ? ワレラノジャマスルナラ、ツブス!!』
こう、片言で告げつつ、手に持つ巨大な金棒を真っ向から御玉様目掛けて振り下ろした。
流石にこれにはどうする事もできないと、防壁の内側の兎人が思わず目を瞑るのであるが……
『そこな兎の娘、案ずるには及ばぬ。鬼がどれだけ暴虐の嵐を撒き散らしても、我には届かぬ。』
その声を聞き、目を開いた時、兎人の目に思わぬ光景が映る。
それは大鬼が全力で振り下ろした金棒が、御玉様が左手で掲げた鈍く光る"勾玉"の、その光に照らされた部分が塵へと変わって行くモノであった。
自身の得物が塵へと変わる事実に、大鬼は愕然としながら激しく怒り吠える。
そして自らの腕を以て、目の前の幼女然した存在を吹き飛ばそうとしたが、その刹那、自慢の腕が弾けるように粉々となっていた。
最後に『有象無象の輩よ。塵芥と成りて消え失せよっ!!』という一声と共に、大鬼は粉々となり、風に吹かれて砂塵の如く消え失せたのであった……
この三つの存在の介入により、鬼達は怯み、引き下がっていく。それは一時的な物かも知れないが、それでもこの時だけ鬼達は明確に"恐怖"を覚えて"逃げた"のである。
それは、この争い―― 祖神戦争 ――が始まって以来、初めての事であったという。
―― 鬼祖神が、謎の存在の介入により鬼達が逃げ出したという話を聞いたのは、それからまもなくであった。
報告を聞き、自らが座する王座の上で胡座を掻く鬼祖神だったが、話の内容を聞くうちに"自らが挑むべき存在"が高天原に"帰ってきた"と確信する。
『やっと、やっと現れたか。どこぞの世界をほっつき回る事を行っていたのだろうが、高天原の異変に気付いて戻ってきた……。生み出すだけ生み出して、あとは半ば放置していたも同然の奴らが、今になって帰ってくる。これを慌てずして何が慌てることかっ! 奴らもそういう存在だったという事だ!!』
その様に吠えると、鬼祖神は部下達に命じ、各地に散らばる戦力の全てを"神人族の郷"に向ける事を告げた。
それを聞いて、一部の部下鬼は『それではこの"鬼ヶ城"の守りが手薄になります。相手はよく分からぬ術などを用いているとか、どうかせめて精鋭の手練だけでも御身の手元にお残しください。』と進言したという。
だが、鬼祖神はその進言を退けた。むしろ怪しげな術などを用いる相手だからこそ、総力を挙げて潰すべきだと告げたのである。
その鬼祖神の決定に、もはや異を唱える者は居なかった……
部下の全てが出払った後、鬼祖神は独り言を呟く……
『さて……、我らが父にして母たる"源初の柱"よ。来るなら来るが良い。"ワレ"はここに居る。力のみを与えられたにも関わらず、意味を与えられず、役割も与えられない。そのような"実験体"のままでワレが終わる存在と思うなよ……』
―― 一方、神人族の郷の神殿の物見櫓の上では、男女の祖神と三柱が相まみえていた。
男女の祖神たちからすれば"親神"と呼べる存在を前にして、ただただひれ伏すばかりであった……
『まさか貴方様方がお越しになられるとは思いにもよらず、我ら二柱、伏して伏して御礼申し上げる次第で御座います。』
男祖神からそう述べられ、三柱を代表して御玉様が『男祖神、大儀である。そして……よく、この地を保ってくれた。改めて礼を言う。』と語ると、彼は『勿体無き御言葉、その一言で犠牲になった多くの者達の魂も救われましょう。』と述べ、更に『ですが……』と何かを言おうとした時……
『生あるものは何時か滅する。それが自然の流れなら諦めもあろう。だが、今回の件は、それを酷く捻じ曲げる話である。あまりにも多くの祖神と、その民が失われた。我にとっては子であり孫であり半身のような存在じゃ。それを成した鬼祖神、アヤツだけはたとえ我らが生み出した存在と言えども放置することはできぬ。』
このように語り、御玉様は手に持つ勾玉を掲げる。
すると周囲から光の粒子が一点に向かって集まりだした。その集まる光は徐々に一つの形を成していく。
それは一本の"鉾"であった……
『男祖神、これはソナタの献身に対するせめてもの褒賞じゃ。下賜して遣わす。……そうよな、これは"天之逆鉾"と名付ける。汝と女祖神は、これを用いて高天原を再生させるが良い。』
光輝きつつ、男祖神の手元へと鉾が引き寄せられ、彼は手にそれを持った。握る鉾からは大いなる力の迸りを感じずにはいられなかったのは言うまでもない。
男祖神がそれを感じていた、まさにその時。敵襲を告げる声が聞こえてきたのである……
『男祖神様、女祖神様、鬼達がまた現れました! しかも今度は前回とは数が比べ物になりませぬ!!』
その話を聞き、男祖神は鉾を持ち改めると『鬼達め、今度は私が直接相手になるっ! 今はこの天之逆鉾がある。奴らには決して負けぬっ!!』と強く語るのだが、直後すぐに止められてしまう。
彼を止めたのは御玉様であった……
『ならぬ。その鉾は高天原を再生させるための鉾じゃ。戦いに使ってはならぬ。そなたは他の者たちを守れ。あの有象無象は我らが相手をする。』
こう告げて、男祖神を引き止めると、彼の事を女祖神に託して三柱は物見櫓から飛び出し、郷の上空へと舞い上がったのである。
そして、一定の高さで止まると三柱は会話を始めた……
「御玉よ、妾達が相手するのは構わぬが、一体どうするつもりじゃ? あの鬼達とて、高天原に生きる者達である事は明らかじゃ。」
「御鏡は控えめよな。予ならば、有象無象共を全て斬り伏せる。」
「御劍、そなたはそれで構わぬが、妾は元々争い専門ではないぞえ? たまたま攻めも守りもこなせるというだけの話で……」
「よく言う。"調和"を司るが、その調和が乱されたならば、予以上に有象無象共を蹴散らす事に躊躇せぬ癖にのぅ〜。」
「わ、悪かったな! 妾も御劍も、本質は同じという事であろう。……ところで、御玉はなぜ先ほどから沈黙しておる?」
「ふむ、それは予も気になっていたな。御玉よ、何か申したい事があるのではないか?」
御鏡と御劍、双方からの視線を向けられた御玉は沈黙を貫いた。
だが、奥深い魂の根源で繋がる三柱である。程なく『お主、一人で鬼祖神の下に乗り込むつもりか!?』と、御鏡と御劍が同時に叫ぶ。
その問いに、御玉は何も答えなかったが、その瞳は既に結論を決めているモノであった。
それを見て、御劍が『はぁ〜。やれやれ仕方ない奴よな。良かろう、人の子らの郷の守りなら、予と御鏡だけでもできる事ゆえ、御玉は御玉の好きなように動くがよい。じゃが、必ず鬼祖神を"封じる"なり"絶命させる"なり、するのじゃぞ? この感じだと、奴は汝が来るのを待っているようじゃからな。』と、御玉の背中を押す様に述べると、御玉は『済まぬな。後を頼む。』と一言残して姿を消した。
御玉が姿を消したあと、御劍は御鏡に対し『さぁてと、我らであの有象無象の大群を相手取るぞ。いかほどいるかは定かではないが、討ち破る事に変わりはない。よいか?』と語ると、御鏡は『全く……。まあ、妾は振りかかる火の粉を払うだけじゃぞえ? それ以上でも以下でもない。』と語ると、先に防壁に迫る鬼達の大群の手前へと降下していく。
その姿を見て、御劍も『まあ、御鏡の言いようもわかる。こちらはこちらで好き勝手にやらせてもらおう……』と呟き、降下を始めるのだが……
『御玉よ、鬼祖神に変な情は掛けるなよ? 今の汝は、何処となく"人間種"に足を踏み込んでおるのじゃからな?』
……と、呟いて、一気に降下していった。
―― 戦いが始まった。雲霞の如き大軍の鬼達に対するは、高天原を生み育てた三柱の内の二柱の神。
御鏡も御劍も、その持てる限りの力を活用しつつ、鬼達を草牧の如く薙ぎ祓う。しかし鬼達も鬼祖神からの激を受けてこの場に集まり、最後の障害を破ろうと襲い掛かっている。
無もなき鬼が御鏡の守りに偏りが生じた瞬間を狙って、手薄なところから食い込んで来た。
『ナニモノかはシラヌが、ワレラはタタカう。ワレラのイキているイミをトウため、ワレラはタタカうっ!!』
こう叫びつつ、金棒を振り下ろす。その金棒が命中するかと思った刹那、間に鏡が1枚入り込んでいた。
次の瞬間、その鬼は砕けた鏡と同じように我が身が砕けるのを感じ、そして意識はそこで途絶えた。
その鬼の言葉を聞き流していた御鏡だったが、内心では『さもありなん……であるかぇ。思えば、こ奴らは神人族を生み出すだけ過程で生じた"歪み"にも似た特異点であった。御玉は生まれたからには意味を与えねばと抜かしておったが、結局それをなさぬままであったな。』と呟いていた。
そしてそれは別の場で迎撃を続けていた御劍も同じであり、『鬼達の不幸は、創造主が神人族の誕生にこだわり、その間に生まれた者達への意味つけを後回しにした事だろう。つくづく、肝心なところが抜けておるわい……』と自嘲気味に考えていたという。
二柱の参戦により、雲霞の如き大軍だった鬼達の大群も、時と共に勢いが陰り始めるのであった……
―― 一方、鬼ヶ城の王の間の玉座にふんぞり座る鬼祖神の視線の先に、一人の少女然した人物が立っていた。
暫く対峙を続けた双方であったが、先に口を開いたのは鬼祖神の方であった……
『フフッ、よく来たな。貴様がここに来るのを首を長くして待って追ったぞ!! ワレを含む数多の祖神の父にして母たる存在。』
そう語ると、鬼祖神は続けて述べる。
―― 一部の神人の者達の間では"アメノミナカノヌシノカミ"という号を奉られておる存在よ。――
そう呼ばれた御玉様は特に反論はしていない。ただ、このことについて『人間種の者らが名無しの大神では格好がつかぬとか抜かして、勝手に名付けたに過ぎぬ。我は、いつでもどこでも我である。それ以上でも、それ以下でも……そして、そのどちらでもない。』と毅然と返している。
その上で、御玉様の方から鬼祖神に対し『これほどの力を持ちながら、なにゆえ争いを引き起こした? 少なくとも我はそんな事を望んでは無かった……』と述べるのであるが、その言葉は鬼祖神の心に火を付けるには十分だったようである……
『これほどの力を持ちながら、何一つ事を起こさねば、一体何のために我らは存在しているのか、それが分からなくなるではないか! 貴様はワレワレに"何を与えた?" 確かに力を得たが、それ以来、何も与えられるず、高天原の繁栄に寄与することは無かった! ワレもその一人。そして一介の鬼でもある。』
そう語りつつ、座していた玉座から立ち上がり、すかさず金棒を取り出す。
いぶし銀の如く、鈍い輝きを放つ"五角五面"の巨大な鉄塊。それが鬼祖神の得物であった。
祖神戦争において、多くの祖神達を葬ってきた、その危険な鉄塊の突先を御玉様に突きつけ、彼の者は言い放つ。
『さあ、アメノなんとかよ。ワレと闘え! そうでなければ、ワレや鬼族の同胞らの存在意義が無い!!』
鼻息荒く、そう語り戦う事を望む鬼祖神に対し、御玉様は『……戦ってどうする? 我はこれでも源初三柱が一つにして、"創造"の柱であるぞ。汝一人を制するなど容易いことだが、それでは汝が納得すまい。汝が望むは何だ? 我は、いや我らにとって高天原はいわば"半身"じゃ。それを荒らすからには、如何なる結果をも受け入れる覚悟があるのであろうな?』と、こちらも毅然とした対応を見せる。
もっとも、御玉様は内心『……確かに役目を与えなかったのは、こちらの落ち度だったやも知れん。しかし、それでは"自主""自立""自尊""自愛"を自ら手にする事も出来まい。そして、それらを土台に"他者に同じ物を向ける心の余裕"も。男女の祖神や失われた祖神達はそれができた。少なくとも最低限の点で。だが、汝らはそこまで精神性を高めるには至らなかったのだな。』と考え、意を決してかく述べたのであった……
『できれば穏便に済ませたかったが、汝がそこまで"存在意義"を求めるならば、我という"壁"を越えてみせよ! だが、我の壁は低くは無いぞ?』
その発言と同時に、御玉様の周囲の空間が歪み始める。それを見た鬼祖神は『貴様、逃げる気かっ! だが、逃がさんぞ!!』と、言うと同時に御玉様へと向かって突進した。
その刹那、両者の姿は鬼ヶ城の王の間から消えていた……
一方、神人族の郷周辺では、地平線を埋め尽くさんが如く迫る鬼達の大群を御鏡と御劍の二柱の神が相手取り続けていた。
そんな中、双方は目の前の鬼達と戦いつつ、御玉の気配が薄れた事に気づく……
「御鏡よ、御玉の気配が薄くなっておらぬか?」
「そのようじゃのぅ〜。この感じだと"阿頼耶識"を使ったのではないか?」
「何っ? 阿頼耶識だと? 鬼祖神如きを相手にするのにわざわざ使うのか? 源初結界術の秘儀を。」
「まあ、使わねばならぬとあ奴が判断したのじゃろうて。直接交戦するにせよ、周囲への影響は測り知れぬからのぅ。」
「今の荒れた高天原を守るため……か?」
「いや、男祖神と女祖神が再生させる、新たな高天原の基礎を守るためじゃろ? あの二柱に余計な負担を掛けぬ様に、人知れないところで決着を付けるつもりじゃろうさ。」
「ふむぅ〜、そういう事か。なら、汝や予が成すべきは、ここを守り抜く事になるか。」
「まあ、そういう事じゃ。男祖神に託した天之逆鉾の力を存分に振るうには、郷から鬼達を遠ざける必要がある。」
そう語り、最後に御鏡様は『さあ、調和を司る柱の、もう一つの顔をみせてやろうぞ。調和の裏面……渾沌の面をな。』と述べると同時に、御鏡様の周囲に無数の鏡が出現する。
無数と語るのは簡単だが、問題はその数が尋常ではなかった事である。まるで、今対峙している鬼達の数に対応するかのような膨大な数の鏡であった。
そして、その鏡が次々と鬼達の中へと食い込んでいく。と、同時に鬼達が同士討ちを始める。その規模は大群の隅々に至るものであり、その有り様はまさに"渾沌"そのものであった。
その様子を深層意識で共有していた御劍様は『やれやれ、調和だの何だの言いつつ、やる気満々ではないか。ならば予は"破壊"を司る柱として……ま、やる事はいつも通りか。』と述べ、鬼達の大群の上空を移動しながら断絶を振るう。
すると、地上を埋め尽くす鬼達が目に見えない刃で次々と屍へと変わっていく。しかも上空で振るい続けるため、斬られる範囲が拡がっていたのである。そのため、地平線の果てにいる鬼達も突如として斬られる事となり、こちらも別の意味で"渾沌"が招来したのであった……
―― その時、鬼祖神は見知らぬ場所の中に居た。
御玉が創り出した源初結界術"阿頼耶識"、その秘儀でもある"末式"に自ら飛び込む形となってしまった鬼の祖神は、辺りを見渡す。
だが、そこはそれまで居た空間とは明らかに異なる"何か"が支配している事だけは本能的に理解できた。
『おい、ここは何処だ!? 何処に居やがる玉野郎っ!! 隠れてないで出てきやがれ!!』
そう語気を荒げつつ叫ぶ鬼祖神であったが、その動きは突如として止まる。
いや、目に見えない何かに捕捉され、拘束されたのである。それはあたかも鬼祖神の皮膚に纏わりつくように縛る戒めのようなモノであった。
ジタバタして、なんとか拘束から逃れようとする鬼祖神に対し、先ほどまで聞いた声が周りのあらゆる場所から聞こえてきたのであった。
『無駄じゃ。既に汝の身体の動きは我の支配の下にある。ましてや阿頼耶識の内側なのだ。お主は放置していたら、何を仕出かすか解らぬでな。』
聞こえてきたのは御玉様の声だが、まるで空間そのものから聞こえてくる感覚が鬼祖神にはあった。
その上で『姿を隠すとは源初神も語るに堕ちたな。正面から勝負する事を恐れたか?』と述べると、御玉様は『……愚か。汝と正面衝突する事を避けるは、決して臆病からではない。勝負するなどいつでもできる。それより、汝は自分が持つ、その力の意義を何だと考えている?』と、問い返してきたのである。
これには『質問を質問で返すかっ!! ワレの力の意義? それを決めるのはワレを生み出した汝の役割であろう! "創造"を司るならば、当然"意義とか意味"などを考えるものであり、それをこちらに丸投げするとは。そのような考えで源初を称するなど片腹痛し。』と、怒りと嘲笑が入り交じった言葉を投げつけている。
この発言を御玉様は挑発と判断した。その上で『ふむ、自らの意義を他者に委ねるとは、自ら歩むことを放棄したも同じような話じゃ。男祖神も女祖神も、自らの役割を自ら考え、そして掴み取ろうとしていると言うに。……まあ、あの二柱は祖神たちの中で、一番最後に生み出した存在であり、そなたは一番始めに生み出した存在である。この差は大きいのであろう。』と語り、続けてこう述べる……
『祖神たちの末席である男女の祖神が、自らの歩む"未知"を見出したのに、筆頭たる汝がそれではな。やはりあの二柱に高天原を任せたのは間違いなかった。そして、今の汝では、祖神としては永遠に"未熟"! 問うばかりで考えぬのでは、たとえこちらが答えを持っていても、それを語るわけにはいかぬっ!!』
そう告げられ、鬼祖神は激昂する。求めた答えを語らぬ見せぬ。そのような態度に怒りが爆発したのである。
その力の迸りは、鬼祖神を拘束する空間そのものを大きく揺るがしていた。それを見て御玉様は『やはり"力"のみ与えて存在する"理由"を与えなかったのは失敗だったのやもしれん。今の此奴は、そして鬼達は"力"しか縋るものがないのだ。この一件を終わらせるには……"縋るもの"を奪うしかない!』という結論に達した。
この時の鬼祖神の力の迸りは、通常の空間で発露したならば、その世界が崩壊に至る規模の巨大な迸りだった。
だが、阿頼耶識の内側。ましてや秘儀たる末式の内側だった事から、激しく揺さぶりはすれども、遂に亀裂を生じさせるには至らなかったのである。
拘束されながらも力の迸りを発し続ける鬼祖神の前に、御玉様が姿を顕す。そして、何かを決意した瞳をたたえつつ、一歩、また一歩と鬼祖神に近づいていく。
鬼祖神は顕れた御玉様へ向けて『やっと出てきたか! さあ、ワレと闘え! ワレの存在意義は……』と述べた瞬間だった……
『天地開闢の始神の分御魂にして、創造の柱たる我が命ずる! 我が眼に映るモノの力を……"奪え"』
そう語り、右手を鬼祖神に向けて伸ばすと、鬼祖神から放たれていた力の迸りが何かに引っ張られるように"ある一点"に収束し始めた。
鬼祖神はこの時になって、何かに気付いて力の開放を止めようと試みたのであるが、御玉様から絶望的な一言を告げられた……
『慌てて引っ込めようとしても無駄じゃ。この空間―― 阿頼耶識・末式 ――の中では、あらゆるモノが我の支配下である。たとえ、第二世代の祖神筆頭たる汝でも、この理からは逃れられぬ!』
そう語る間も、力を吸われ続ける鬼祖神に抗う術は残されて無かった。
力を吸われ、存在を維持できなくなり、鬼祖神はその姿が砂のように崩れ始めていた……
『うっ、がぁ……、ワレの、ワレの存在……崩れる……。な、何故だ、なぜワレを生み出したぁ!!』
その問いに御玉様は敢えて答えなかった。いや、答えるより前に、鬼祖神は存在が崩れ、その強靭な神体は砂塵の如く塵となって空間中に散らばっていった。
そして、その後には輝きを失った球体が浮いていた。それこそ鬼祖神の魂の器だったのである。
そして、鬼祖神の力の迸りが集まったところには輝きを放つ球体が存在していた。それこそは鬼祖神の"力"を剥き出しにした玉だった。
御玉様はまず、その玉の前に立ち、ゆっくりと十文字に手刀を切る。すると、その玉が四つに分かれ、それぞれが異なる色を発しつつ小さな玉へと変化したのである。
この時、新たに成立した四つの小さな玉こそ、鬼神玉と呼ばれる"鬼の王"の証であった。この四つの玉は後日、男祖神と女祖神の手によって再生した高天原で少数派となった鬼達の中から選ばれた四人の鬼女に渡される。
この四人が初代の"地水火風、それぞれの鬼の王"となる。以後、鬼達は彼女達や、その示した後継者に従い生きていく事となる。
さて、問題が一つ残る。それは鬼祖神の魂の器をどうするか?であった。
御玉様が感慨に耽りつつ、同時に考えていた時、結界の内側に御鏡と御劍の二柱が入り込んできた。
「……何じゃ、お主らか。鬼達はどうした?」
「あの有象無象共かぇ? 妾と御劍とで散々に蹴散らしたあと、男祖神が天之逆鉾を使って荒れた高天原を混ぜる流れに巻き込まれて大半が消えたぞぇ。」
「御鏡の申す通りだ。予としてはもう少し暴れてやりたかったが、男祖神の行動を邪魔する訳にもいかぬでな。ほどほどのところで引き上げたわ。」
「左様か……。」
そう述べて、また考えに耽る御玉様を見て、御鏡と御劍は『何かあったか?』『妾にそれを聞くかぇ?』というやり取りがなされたあと、御玉の前に浮く玉に気づく。
それが鬼祖神の魂の器だと聞かされ、御鏡は納得し、御劍は斬るか?と述べたという。
だが、御玉様は少し違ったようである。
『いや、これにはもはや力は残っておらぬ。放置しても何もできぬし、そのあたりの名もなき命の器と何ら変わらぬ。』
そう述べると、御玉様は軽く左手を振った。その振りに沿う形で空間に切れ目が生じた。
その切れ目の向こう側は……
『これは……"時の河"かぇ? もしや汝、この器をこれに流すつもりか?』
御鏡から問われ、御玉様は『うむ。』と、一言だけ述べた。
その何処か素っ気ない発言に御劍の方から『よいのか? たとえ器だけとはいえ、鬼祖神のものだぞ?』と、懸念を伝えるが、それに対して御玉様は『力は奪い、四つに分けた。もはや鬼祖神が力を取り戻すことはありえぬ。仮になにか転がって復活しても、力無き鬼祖神など誰も恐れはすまい。無論、鬼達も"縋るもの"とは見做すまい。案ずるには及ばん。』と答え、魂の器を切れ目の向こう側へと押し出した。
時の河の流れは速かったらしく、魂の器はあっという間に見えなくなった。
それを見届け、切れ目を閉じると、阿頼耶識を解除し、男祖神と女祖神が混ぜ混ぜしていた高天原を急いで離れると、遠くから変貌する高天原を見守りつつ、今後の事をどうするかを話し合う。
その結果、自分達は表には出ずに、必要な時だけ力添えをひっそりと行う程度で済ませるという取り決めを約すると、御鏡と御劍はそれぞれ姿を消した。
そして残された御玉様は……
『存在の意義……か。力を持つ事だけでは存在の意義を見出せぬ。我は、源初の柱としてはまだ道半ばなのじゃろうな。鬼祖神よ、我は汝に考える事を望んだ。しかし、過ぎた力は考える事を投げ捨てるのであろう。そなたを暴挙に及ばせたは我の不徳じゃ。今暫く、自ら生み出した世界を見て回ろうか。何かを得られるやも知れぬし……』
そう呟き終えた時、そこには誰の姿も無かったという。
誰も居なくなった世界で、高天原は新たな姿へと変わっていく。そして、この地で色々な物語が紡がれるが、それは後世"神話"と呼ばれる事となる。
―― そして時は更に過ぎ去り、祖神戦争の事を知る者もいなくなり、記紀にすら記されることもなく過ぎ去った未来のとある世界。
その世界にある"ヤマト国"の"神戸"から、祖神戦争の残火の狼煙が昇る事となるのであるが、それはまた別の話である。――
ー つづく? ー
―― この物語はこれで終わらない。
残り火は、再び燃え上がる刻を待つ ――




