十六話 花を跨いで通りゃんせ
振り返った道には、何もなかった。
いや───何もないというのは、厳密に言えば違う。何もないというのは噓だ。
二輪の花が、そこにあった。
たった二輪の白い花は、闇夜に紛れることなく、逆に発光しているのかと思うレベルで目立っていた。
見覚えがある気がする。
だが、何処で見たのか思い出せない。
僕は何か気になって、自転車から降り、恐る恐る近づいてみた。
潰れていない。
さっきの衝撃の原因とは思えないほど、奇麗な形を保っていた。
いや、そもそもの話ではあるのだが、花を轢いたくらいで、あんなにも大きい衝撃になるのだろうか?
「いや……ならないだろ」
普通に考えればわかるはずなのだ。
だけど、確かにさっき。何かを轢いた感覚があったのだ。大きい何かを。
少しだけあたりを見回してみる。
田舎特有の静けさに、ハトの鳴き声が混じって、なんというか、アンニュイとは少し違うのだけれど、まぁ何かを不思議な感じの雰囲気を醸し出していた。
街灯の光が散り散りになっている。
光がある分、多少気が楽になる。
だが、それでも夜は夜なのだ。
誰もいない。
車も通らない。
さっきまで聞こえていたハトの鳴き声も、消えた。
ただ、闇夜というのは僕を包み込むようにすぐそばにいるように感じられた。
作り話だと、こういうところで敵が出てくるんだろうが、そんなのごめんだな。夜に戦いなんて。
……夜の戦い。
ナイトの戦い。
……いや、それはナイトじゃなくてナイツか。
どっちにしろごめんだな。
「……帰ろ」
考えるのはやめることにした。
こういった部類の話は、考えれば考えるほど恐怖が増すと思っている。
自転車に跨る。
その瞬間。
『ヴヴッ』
スマホが震えた。
「うわぁっ」
僕は思わず人生で一番のレベルの哀れで、情けない声を出した。ここに人がいたら、恥ずかしすぎてその場で死ぬか、相手に死んでもらうしかなかっただろう。
画面を見る。
通知だった。
SNSの通知が一件。
差出人の名前を見て、僕は首を傾げた。
『梨口』
確かに見覚えがある。というか、聞き覚えもある。
いや───。
最近、どこかで見た気がする。
通知をタップする。
内容はとても短いものだった。
「咲きました」
たったそれだけだった。
一枚の写真が添付されている。
白い花。
二輪の花だった。
僕はゆっくりと、後ろに振り返る。
さっきまで道にあった花は────
もう無かった。
綺麗さっぱり、消えた。
いや、そもそも消えたという表現が正しいのかどうか分からない。あの花が本当に存在していたのかどうかすら、今となってはわからない。
存在として残っているのは、この送られてきた写真だけ。
「もうやめだ」
本当に考えるのをやめた。もう帰ろう。早く帰って、飯食って、風呂入って寝たい。
早くグッナイしたい。
僕はまた、いつも通りの速度で、家に帰った。
家に着くと、自転車を外に置き、玄関のドアを開ける。
その瞬間家の中の適度な、暖かみのある空間が、僕を包んだ。怖くない。
靴を脱ぐ。
ぼくはしっかりと靴をそろえるタイプなので、一度持ち上げる。
すると。
靴裏から、何かが落ちた。
白い花びらだった。
その瞬間僕を守っているように感じられた暖かみのある空間は崩壊したように思えたし、逃げたようにも思えた。
花は、消えたんじゃない。憑いたんだ。
花びらに恐怖を覚えるなんて、人生で一度も経験をしたことがない。
この場合の恐怖というのは通常の恐怖とは何かが違った。当たり前のことに対する疑問、強不。たとえるならばそんな感じだった。
「今日は寝れないな」
僕は自分の部屋に入り、ポットでお湯を沸かす。
カップ麵にお湯を入れ、夕食を済ませる。
そして、風呂に入って、ベッドに潜り込む。
これで一日は終わった。
そしてまた、新たな一日が始まった。




