十五話 異常なし
「まだあるのか?」
無数に並ぶ机の上には、報告書の山が連なっていた。
その数は、有限なのか疑いたくなるほどだった。
SNSの異常な投稿。
意味不明な電話。
ラジオの混線。
それだけなら、ごく普通のトラブルとして処理されることが多い。
だが───違った。
報告は、全国各地から寄せられていた。
そして、特に久良市から、報告が異常なほどに寄せられていた。
「SNSの投稿ですが、特に規則性などはないと思われます」
「そうか……」
この祓務局という現場は、混乱の渦に飲み込まれていた。こんな状態になったのは初めてだと、職員たちは口をそろえて言う。
一人の職員が「これは、怪異の事件じゃない」そう、言った。
一貫して鎮まる気がないと思われた現場は、その一言によって全部否定された。
「いや、そんなわけないだろう」
「そうだ、怪異事だから仕事がこっちに来ているんだ。そんな、怪異じゃないなら一般企業に任せている」
「……ん?なんだこれ」
職員の眼に幾つもの写真が写った。
この職員は、特別な人物ではない。ただ、この部屋にいる数多くの職員の中の一人だ。そして、偶然それを見つけてしまっただけ。
その写真というのは、花の写真だった。
二輪のクチナシの写真。
職員にはただの写真としか見えていない。というか、この写真の情報だけでは、どんな人でも……いや、例外はあるかもしれないが、何も読み取ることができないだろう。
そしてこの花の写真というのは、久良市から送られてきた報告書の中にしか、存在していなかった。あるいは、そうでないと存在できなかっただけなのかもしれない。
するといきなり、『ボッ』という小さな爆発が起こったような音がした。
電源が入らない、壊れたラジオだ。
少しのノイズが入った後、何かのラジオ番組の会話が鮮明に聞こえてきた。
「じゃぁ恒例の質問タイムでーす」
「よっしゃきた」
「じゃあ一つ目……おお、この人もう常連だねぇ!」
「んー?誰だ?」
「えっと梨口さ……ン」
「ちょっ卜マって、今まで気になってたんだけどさ?」
「うン」
「この人の名前『ナシロ』じゃナクて『ナシグチ』じゃ……ナい……?」
「───────」
だんだんノイズがひどくなり、最終的には音が消えてしまった。
この瞬間職員たちは新たな怪異だと思った。
ただ、あの職員だけは察した。
「今のラジオ番組って、久良市にある県庁から放送されてるやつだよな?」
「多分……?」
「このクチナシの写真は、久良市からのものだ」
「はい……そうですね」
「そして恐らく、今の『ナシグチ』というのも読み間違えだ。本当の読みは『ナシクチ』。アナグラムで『クチナシ』だ」
「ナシクチ……クチナシ……」
より一層混乱が深まった気がするし、この報告書の内容が、整理できた気もした。
「……あれ?」
「どうした」
「さっきまでなかったと思うんですけど……このSNSの投稿と返信をまとめた報告書のほとんどに梨口という名前が……」
「そうか…」
「これ、自分たちがやっていい規模の仕事ですか?」
「……上に任せるか?」
「はい、それぞれの局長と怪務局に任せましょう」
────僕は怪異が好きだ。
やっぱり好きなんだ。
だが、今日のような、真っ暗な夜は嫌いだ。
何故なら怪異に遭いそうだから。
本当に……心臓がバクバクする。
塾へは自転車で向かっているのだが、帰るころには春夏秋冬関係なく、空は暗闇に飲み込まれてしまう。
本当に嫌だ。さっきから全力で自転車を漕いでいる。
自転車を漕いで、柵やら電柱を人とかに見間違えてビビるというのを繰り返している。
ほかの人から見たら実に哀れだと思う。哀れまないでくれ。
本当に無知のほうが幸せに生きれるというのは正しいのかもしれない。
怪異なんか知らなければ、調べなければ、こんなビビることはなかっただろう。
クッソ妹め……勝手にマウンテンバイクを使いやがって。
「あああああああ」
もっと漕いでみた。
前から後ろにかけて強い衝撃が走った。
2秒くらいたってから、『ボスッ』と音が鳴った。
今までの余韻で、少しだけ、音が鳴った部分を越えてしまった。
まるで人間を轢いたような。
え?
轢いた?
慌てて後ろを見てみる。
何もない。
いや、なにかはあった。
二輪の花だった。




