一話 呼声
中休みの屋上。
フェンスの外に、私は、片足をかける。
胸の奥で鳴り響く『音』。
鼓動ではない『何か』
内側で鳴り響いている。
音は、耳を通して聞こえているわけじゃない。
誰にも説明できない。
いや、説明しようとした瞬間に、なぜか息が詰まって、それ以上考えられなくなる。
私は音から逃げるためにここに来た。
その下では、ざわめきが渦を巻いている。
「おい! 屋上に誰かいるぞ!」
「私、先生呼んでくる!」
生徒たちの声は、たちまち校庭にまでも広がり、波紋のように連鎖し、やがて“騒ぎ”という名の集合体になる。
深く息を吸った。
このまま落ちれば、この音は終わるだろう。
いや、終わるのは私の方か。
その瞬間――
背後から伸びた手が、彼女の肩を強く掴んだ。
逃げる暇も、驚く余地もなかった。
ただ、音が一瞬だけ、止んだ。
「……まだ、落ちるには早いわ」
振り返ると、黒い外套を纏った女性が立っていた。
銀色の髪が風に揺れ、
それはまるで光そのものが形を持ったかのようで、屋上という現実から、彼女だけが切り離されているように見えた。
群衆の騒音。
教師の叫び声。
校舎に反響する足音。
それらすべてとは無関係な静謐が、
彼女の周囲だけに成立していた。
震える口で、頑張って問い返す。
「……なんで?」
問いは短い。
が、答えを拒むには十分な重さがあった。
「誰も、私を必要としていないのに……」
銀髪の女性の瞳は冷たく、
それでいて、奇妙な確信に満ちていた。
「私が、あなたを必要としている」
断定だった。
慰めでも、説得でもない。
彼女は私の手を取った。
下の騒ぎはまだ続いていたが、
私達の間には、まったく別種の緊張が張り詰めていた。
「怪異事務管理所に来なさい」
唐突な言葉だった。
怪異事務管理所という、創作物でしか聞かないような文字の羅列。
だが、このような状況でそういう、おふざけのようなことを言う人間だとは、到底、思えなかった。
「怪異事務管理所?」
「あなたは、こっちでこそ意味がある」
意味。
その単語が、胸の奥でひっかかった。
意味がある。
つまり今までは、意味がなかったということだろうか。
それとも、意味が分からなかっただけなのだろうか。
私はまだ、戸惑いの中にいた。
だが、自分だけに聞こえる「音」が、
ただの妄想ではないことを、
この女性の存在が証明してしまっていた。
「来る……ということでいいかな?」と言う。
女性は「ナズナ」と名乗った。
そうするとポケットに手を入れ、鍵を探すような仕草をした。
「……ッ!」
急なめまいが、襲ってきた。
世界が、傾く。
いや、傾いたのは自分の認識のほうだ。
銀髪の女性の顔が歪み、
輪郭が意味を失っていく。
視界には、さまざまな色の絵の具を無理やり混ぜ合わせたような空間が広がっていた。
やがて、その空間は少しずつ輪郭を持ち始める。
私は、かすれた声で呟いた。
「───どこ……?」




