パトロール? 釣り? どっちなんですか師匠
──そのまた翌朝。
ジュノ・ジャクセルは、朝の日差しを背にし、汗をぬぐった。
息が白い。
朝の薪割りを終えたが、慣れてきたせいもあるのかもしれない。
今日はなんだか、少し早く終わった気がする。
力の抜きどころを掴んだと言うか…… そんな感じだ。
次は風呂を沸かそうかと顔を上げて、母屋の裏手に足を踏み入れたときだった。
勝手口も脇にある輪切りの丸太に、ブーツの紐を結んでいる男の姿があった。
ゼブラ・ゴーシュ。砦の主である。
〝殿軍の英雄〟と謳われた男。
その肩には、黒光りする釣竿がひと振り。
柄の部分に糸を巻きつけ、手慣れた様子が見てとれる。
「おはようございます。今日は早いんですね、お師匠さま」
ジュノが声をかけると、ゴーシュは顔も上げず、むすっと答えた。
「──だれが師匠だ。何回言わすかなきみは。俺ゃね、弟子は取らんの」
こんな塩対応にも慣れてきたジュノは、苦笑いでやり過ごす。
「その竿は、釣りですか?」
「……違うぞ。非武装地帯のパトロールだ。けっして釣りじゃねえ」
ゴーシュの強めた語尾が、不自然だ。ジュノは竿の先から根本までを見て、再度言う。
「どう見ても、釣竿ですよね」
「……国境線が川なんだよ」
「釣りじゃないですか」
「もう、だからあ、釣りじゃないって言ってんじゃん!」
まるで子どもだ。
「たまたまパトロール先に川があるだけだよう!」
否定が逆に真実を浮き彫りにしているなと、ジュノは思いながら、それでも留守間に砦に何かあったら……どうするのかと真顔になった。
「……マールムさんを、ひとりにするんですか?」
だが、ゴーシュはふと何かを思いついたように目を上げた。
「わかったよ。じゃあ、お前もくる?」
不意の誘いにジュノは、心底、行きたいと思った。……おもったけれども、すぐ、顔をしかめて、首を振る。
「……いやいや、普通にダメでしょ。お留守の間、この砦の警備はどうするんですか」
するとゴーシュは、呵呵と笑った。あたかも、ジュノが頓珍漢を言ったかのように。
「大丈夫さ。マールムがいりゃ心配ない。本気出したら、もう俺でも敵わねえもん」
冗談なのか本気なのか。やはりこの人物、相変わらず読めない。
ジュノは眉間を爪の先で掻いた。
「──とても信じられません。ここは最前線ですよね?」
「いやしかし、昨日は楽しみで眠れなかったくらいでさ! 俺のこの竿が……光ってうなっちゃうぞ」
ウッキウキで竿を、剣のように構えて、上機嫌なゴーシュがいる。
森には小鳥たちがさえずり合い、朝露にも朝日が昇っている。
ジュノは、ジト目で、
(──やっぱりこの人、どこまで本気なのか掴めないなぁ……)
そう思いながら、ゴーシュの背中を見ている他になかった。