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戦場の心得① おなかはパワーの源ですもんね…

「──ところで」


 ゴーシュが、これまで逸らしていた青い目を、ジュノに向けた。



「坊や。おまえの職種はなんなんだい?」


 ゼブラ・ゴーシュの問いかけに、ジュノは胸を張る。


「魔杖騎兵です!」


「へぇ……そりゃ、花形じゃねぇか」


 魔杖騎兵── それは、騎乗して、魔杖から攻撃魔法を敵陣に放ち、ある時は側面に回り込んで撃っては下り、後列と交代に波状攻撃をかけ、決戦時には正面から突撃していく、華やかだが、戦闘工兵についで生存率の低い前衛職種だ。



「僕は背が低いので、騎兵には向いているかなって……」


 ジュノは続ける。


「ゼブラ様は……魔砲兵《Artillery》でいらっしゃいましたよね?」


 こちらは、味方から〝戦場の女神〟とまで呼ばれる職種。

 馬で牽引する車輪付きの巨大な魔杖で、敵陣に雨あられと炸裂魔法を降らせる、戦場の女神。


 そして同時に、敵方からは、遠距離の死神と呼ばれる火力支援の要。



「──まぁ、こっちも。たまたま適性があってな」


 言葉少ななゴーシュは、茶をすすりながら続けた。


「と言っても、魔杖に魔力を仕込む係り……装填手ローダーさ」


 ジュノはうなずいた。それは確か、膨大な魔力と〝触れたものに魔力を注ぎ込む魔法〟が必要になる技能だ。適正なしに就けるポジションではない。



「──まぁ、結局よ。こういうのは持って生まれた魔力の量が物を言う。……俺が生き残ったのは強かったからでも、努力したからでもない。ただお袋がそう生んでくれただけさ」


 しかし、その言葉にも、ジュノの瞳は尊敬の光が増していく。


 ──謙虚だ、と。


 けれども、その視線はゴーシュの側で、胸の奥に沈んでいた記憶をえぐる。


 彼は目を逸らした。


 ──整列する少年少女たちの姿。


 背丈よりも長い魔杖を、誇らしげに抱え、ぶかぶかの鉄鉢で敬礼する、その小さな手。


 王を帰還させるためとは言え、年端もいかぬ彼らを、殿軍で盾とするしかなかった。自分は英雄なんかじゃない。


 なのに、その自分を英雄と呼んで疑わない世界がある。


 否が応でも、それに相応しい顔をしなければならなかった。


 それが嫌で、僻地の勤務を願い出たのに。


 こうして過去が追いかけて来る。


 彼しか知らない矛盾が、胸を内側から引き裂こうとする。


 マグカップを手に、空を見上げるしかない。


 ……風の音だけがしていた。


 まるで、あのときのように。





 ゴーシュはゆっくりと立ち上がる。


「──ま、そんなわけだ」


 そして、息を吐いた。


「裏方の俺と、花形の坊やじゃ職種が違う。教えてやれることといえば、せいぜい戦場の心得くらいだな」


「ありがとうございます! では、早速……お教え頂戴の支度をします!」


 ジュノはそう言って駆け出そうとしたが、「待て待て」と、ゴーシュは引き留めた。


「──もう、教えた。しばらくここで休んでな」


 ジュノが振り返ると、そこには悪い笑みを浮かべたゴーシュの顔があった。


「体でおぼえるしかない。こう言うことなは」


「……え?」


 ジュノは、きょとんとしたが、ゴーシュは、


「そうそう。トイレは母屋の裏だ。遠慮なく使え。あと薪はここまででいい」


 と、盆を手にし、母屋に帰って行った。


 


 その数分後より、ジュノは五分に一度トイレへ駆け込む羽目になった。


 どうも茶に、一服盛られたらしい。





 ◇






「それは……おそらく、お師匠さまがお茶に毒を……」


 心配して納屋の裏に顔を出したマールムが、神妙な面持ちで言った。


「ど、毒!?」


 ジュノは驚いた。思い返しても、あの時ゴーシュ様は自身と同じポットからその茶を飲んでいたはずだ。


「……カップに仕込んであったのでしょう。いや、毒というと語弊があるかな。ヒマというクスリです」


「──よかった、お薬なんだ」


「ええ。下剤」


 ジュノは、白湯を噴いた。


「──まじか! いや、マジですか……!」


「私も、初めての授業でやられましたから、間違いないと思いますよ……」


 マールムは表情を曇らせながら、そして口を不服げに尖らせて告げた。


 曰く、どうやらこの先ジュノは、半日はトイレを往復しなければならないらしい。


「でも……入門は叶ったということですかね……」


 顔を青くしながらジュノは微笑んだ。腹を押さえ、痛みをこらえながら。





 戦場では、敵がどこにいるかわからない。時には自陣にも。

 だから口に入れるものには最大限の注意を払え──。


 と、言うことだろうか。


「そう思うほか、ありませんね……」


 



 初めての教導は、マールムが一つまみの塩を加えた白湯とともに、ジュノの身体へと深くしみこんだに違いない。



 ジュノは、失礼!……と、またトイレのある母屋の裏手へ向かった。





 ◇ ◇ ◇




 ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

 寒くて静かな砦の暮らしも、誰かに読んでもらえると少しだけあたたかくなります。

 ☆評価やブックマークー、コメントなどお気軽にいただけると、ジュノもきっと喜びます。ぜひ応援よろしくお願いします。



 ◇ ◇ ◇

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