ゴーシュ様とお茶なんて、光栄です!
斧を振るう音が、晴れ空に高く響いている。
砦の裏手、納屋の薪割り台のそばで、ジュノ・ジャクセルが額に汗を浮かべながら腰を伸ばす。
台に丸太を立てて、割り、拾い上げて、また半分に割る。
単純な作業だが、ここでは作業以上の充実感がある。
のどかな好日とは言え、魔法学校の授業ではない、ここは最前線だ。
現場にいる。そんな実感がある。
そんな彼の背後から、低くしわがれた声がした。
「よくやってるな、坊や」
振り返ると、そこにいたのはゼブラ・ゴーシュだった。
「……お、おはようございます!」
ジュノは慌てて斧を背に回し、一礼した。だが、太陽はすでに真上近くにある。「おはよう」という言葉は少し嫌味にあたるかもしれない。
──でも、他に適切な言葉が見つからなかった。
上目遣いすると、ゴーシュはゆっくりと歩み寄り、薪の山に腰を下ろし、手にした盆を薪割り台に置いた。
その上にはポットと二つのマグカップ。
「疲れたろ。茶だ。まあ、一服やろう」
ジュノは手を拭きながら、「では失礼します!」と、両手でマグを取った。
「──安心しろ。毒は入れていない」
「も、もちろん! 疑ってなどおりません!」
ポットから注がれた茶は、湯気こそ立っているが、熱くはなさそうだった。
それは、あえてのぬるさ。
ゴーシュの目は怪しく光っている。
ジュノは一口含み、温かさと同時に、ほっと息をつき、一気に残りを飲み干した。
ゴーシュも自分のカップを煽って、二杯目を彼に注いでやりながら言った。
「あのマールムがうるさくてな。薪割りは運動がてら、俺の仕事なんだが……助かるよ。腰が痛くってなぁ。ありがとうよ」
「……いえっ、光栄です!」
ジュノは抱えるようにしてマグを持ち直した。両手で丁寧に、大事そうに。
その様子を見て、ゴーシュは苦笑する。
「まあ、そんなに固くなるな。ここは砦だが、兵舎じゃあない」
ジュノは上目遣いでゴーシュを見た。
「でも、……最前線と聞いています」
この砦のあるアムルの山は、人間の勢力圏の最北端。これより北は、巨蟲と呼ばれる巨大な節足動物たちの領域の森。
そして、その森を挟んでその先は、魔王軍と魔物の領土。
「たしかに、地図の上ではな」
ゴーシュはそう言って、カップを傾けた。
「だが……静かだろ? このあたりは」
「……ええ。たしかに不思議なほどです。ここに来る道中のほうが、むしろ小競り合いが多かった気も」
「だろうな」
そう短く応じたゴーシュは、しばし言葉を止めた。
この砦に流れる静けさは、彼自身の存在がもたらすものなのだろう。
まだ寝足りないような目をしているこの無精髭の英雄の、その〝威〟のようなものが、周囲に見えない力場として作用しているのかもしれない。