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5/12

めんどくさそうな剣士が来たぞ

 ジュノ・ジャクセルが沸かした湯は、よく温まっていた。


 朝風呂をすませたゼブラ・ゴーシュは、その後、二度寝を決め込んだらしい。


 彼がようやく朝食を取ったのは、日もすっかり高く昇った昼前のことだった。


 母屋の食卓では、黒パン、薄い干鱈のスープが並び、マールムが湯気を立てる茶をポットごと持ってくる。


 そんな穏やかな時間のさなか──。


 コンコン、と、木の扉を叩く音が響いた。


 納屋の裏手では、ジュノが薪を割る音がしている。となると訪問者は彼ではない。


 ゴーシュが顔をしかめた。


「またか……」


 渋々と立ち上がり、彼が母屋の戸を開けた。


 そこには、革鎧に身を包んだ若き剣士が立っていた。


 髪は短く刈り込まれ、腰の長剣は手入れが行き届いている。


「やあ、ゼブラ・ゴーシュ殿は、まだ討伐からお戻りでないのか?」


 剣士は横柄に言った。


 ゴーシュはめんどくさそうに目を細めた。


「……また、あんたか」


「またとは何だ。こっちのセリフだ」


 剣士はじろりと屋内を覗き込み、さらに言う。


「小間使いが母屋で早い昼飯か。すっかりと主人気取りだな」


 そう言い残すと、剣士は踵を返した。彼はいまだに、ゴーシュ本人を〝使用人〟だと勘違いしているらしい。


「また来る。ゼブラ殿に言付けを。アーガイルがぜひとも一手、ご教示願いたいと」


 剣士は坂を下って行った。

 その背中が、山の木々の中に小さく消えていく。


 マールムが母屋の奥から顔を出した。


「またですか。あの剣士」


 ゴーシュは扉を閉め、肩をすくめる。


「飽きもせず、よくこの山を登ってくるよ。ぜひとも一手願いたい……だとさ」


 マールムは食卓に戻りながら、彼のカップに茶を注いだ。


「でも、ご教示って……試合のことでしょう?」


 ゴーシュは席につき、両手でカップを包むように持った。


「慇懃無礼とはこのことだな。もっとも、俺もそうだったから笑えないけどさ。……どこかのインターンとは、えらい違いだ」


 カップを傾ける口元が、どこか緩んでいる。


「ジュノさんは謙虚ですものね」


 マールムも自分の茶を注ぎながら笑んでいる。


「えらく買っているな。……まぁ、ウィンゲートに入れたくらいだから、良家のお坊ちゃんなんだろう」


「ふふっ。お風呂、沸かすのは初めてだと、おっしゃってましたよ」


「ほう? 初めてとな」


 と、なると成績は上位ということになる。寮の雑用が免除になるためだ。


 落第生だったゴーシュの目が細まる。


「で、坊ちゃんはどんな顔をしてた?」


 マールムは少し目を伏せて、記憶を辿るようにつぶやいた。


「それはもう……必死で。顔、真っ黒にして。やっとのことで火がついて『やった!』って、ガッツポーズしてました」


 ゴーシュは腕を組んで、ふうむと唸った。


 そして、ぽつりと尋ねる。


「ところで──薬箱って、どこだったかな」


 マールムは、どうかなされたのですか、と心配顔を見せたが、ゴーシュは、


「いや。ちょっとな」


 と、はぐらかすように言った。




 ◇


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