めんどくさそうな剣士が来たぞ
ジュノ・ジャクセルが沸かした湯は、よく温まっていた。
朝風呂をすませたゼブラ・ゴーシュは、その後、二度寝を決め込んだらしい。
彼が遅い朝食を取りに母屋の食卓へついたのは、日もすっかり高く昇った昼前のことだった。
食卓には、黒パン、薄い干鱈のスープが並び、湯気を立てる茶を、マールムがポットごと持ってくる。
そんな穏やかな時間のさなか──。
コンコン、と、母屋の玄関を叩く音がした。
納屋の裏手からは、薪を割る音がしている。となると訪問者はジュノではない。
ゴーシュが顔をしかめた。
「またか……」
渋々と立ち上がり、母屋の窓を上げた。
玄関先には、革鎧に身を包んだ若き剣士が立っていた。
髪は短く刈り込まれ、腰の長剣は手入れが行き届いている。
「やあ、ゼブラ・ゴーシュ殿は、まだ討伐からお戻りでないのか?」
剣士は横柄に言った。
ゴーシュはめんどくさそうに目を細めた。
「……また、あんたか」
「またとは何だ。それはこっちのセリフだ」
剣士は窓に歩み寄り、じろりと屋内の様子を覗き込んだ。
「小間使いが母屋で昼飯か。すっかり主人気取りだな」
そう言い残すと、剣士は踵を返した。彼はいまだにゴーシュ本人を〝使用人〟だと勘違いしているらしい。
「──また来る。ゼブラ殿に言付けを。アーガイルがぜひとも一手、ご教示願いたいと申していたと」
剣士は坂を下って行く。
その背中が、山の木々の中に小さく消えていくのを待って、マールムが母屋の奥から顔を出した。
「またですか。あの剣士」
ゴーシュも肩をすくめ、窓を下ろして閉める。
「飽きもせず、よくこの山を登ってくるよ。ぜひとも一手願いたい……だとさ」
マールムも食卓に戻りながら、ゴーシュのカップに茶を注いだ。
「でも、ご教示って……試合のことでしょう?」
ゴーシュは席につき、両手でカップを包むように持った。冷えた手に熱が染みわたる。
「全くだ。慇懃無礼とはこのことだな。もっとも、俺も若けー時分は、あんな感じだったから笑えないけどさ」
カップを傾ける口元が、どこか緩んでいる。
「どこかのインターンとは、えらい違いだよ」
「ジュノさんは謙虚ですものね」
マールムも、自分の茶を注ぎながら笑んでいる。
ゴーシュは目を細めた。
「えらく坊主を買っているな。……まぁ、ウィンゲートに入れたくらいだから、良家のお坊ちゃんなんだろう」
そのおぼっちゃまに、風呂焚きなどさせてしまいましたとマールムは舌を出し、
「お風呂、沸かすのは初めてだと、おっしゃってましたよ」
と、彼の努力を口添えした。
「ほう。初めてとな」
と、なると、魔法学校の成績も上位ということになる。
──寮の雑用が免除になるためだ。
落第生だったゴーシュの目が細まる。
「で、坊ちゃんは最中、どんな顔をしてた?」
マールムも記憶を辿るように、目を細め、手振りを真似て言った。
「それはもう……必死で。顔はもう、真っ黒にして。やっとのことで火がついて『やった!』なんてガッツポーズしてました」
ゴーシュは腕を組んで、ふうむと唸った。
「ちょっと素直すぎるな」
そして、ぽつりと尋ねる。
「ところで薬箱って、どこだったかな」
マールムは、どうかなされたのですかと、心配顔を見せたが、ゴーシュは、
「いやな、ちょっとな。気がかりができてさ」
と、はぐらかすように言いいながら、パンを口にくわえて立ち上がった。
◇