めんどくさそうな剣士が来たぞ
ジュノ・ジャクセルが沸かした湯は、よく温まっていた。
朝風呂をすませたゼブラ・ゴーシュは、その後、二度寝を決め込んだらしい。
彼がようやく朝食を取ったのは、日もすっかり高く昇った昼前のことだった。
母屋の食卓では、黒パン、薄い干鱈のスープが並び、マールムが湯気を立てる茶をポットごと持ってくる。
そんな穏やかな時間のさなか──。
コンコン、と、木の扉を叩く音が響いた。
納屋の裏手では、ジュノが薪を割る音がしている。となると訪問者は彼ではない。
ゴーシュが顔をしかめた。
「またか……」
渋々と立ち上がり、彼が母屋の戸を開けた。
そこには、革鎧に身を包んだ若き剣士が立っていた。
髪は短く刈り込まれ、腰の長剣は手入れが行き届いている。
「やあ、ゼブラ・ゴーシュ殿は、まだ討伐からお戻りでないのか?」
剣士は横柄に言った。
ゴーシュはめんどくさそうに目を細めた。
「……また、あんたか」
「またとは何だ。こっちのセリフだ」
剣士はじろりと屋内を覗き込み、さらに言う。
「小間使いが母屋で早い昼飯か。すっかりと主人気取りだな」
そう言い残すと、剣士は踵を返した。彼はいまだに、ゴーシュ本人を〝使用人〟だと勘違いしているらしい。
「また来る。ゼブラ殿に言付けを。アーガイルがぜひとも一手、ご教示願いたいと」
剣士は坂を下って行った。
その背中が、山の木々の中に小さく消えていく。
マールムが母屋の奥から顔を出した。
「またですか。あの剣士」
ゴーシュは扉を閉め、肩をすくめる。
「飽きもせず、よくこの山を登ってくるよ。ぜひとも一手願いたい……だとさ」
マールムは食卓に戻りながら、彼のカップに茶を注いだ。
「でも、ご教示って……試合のことでしょう?」
ゴーシュは席につき、両手でカップを包むように持った。
「慇懃無礼とはこのことだな。もっとも、俺もそうだったから笑えないけどさ。……どこかのインターンとは、えらい違いだ」
カップを傾ける口元が、どこか緩んでいる。
「ジュノさんは謙虚ですものね」
マールムも自分の茶を注ぎながら笑んでいる。
「えらく買っているな。……まぁ、ウィンゲートに入れたくらいだから、良家のお坊ちゃんなんだろう」
「ふふっ。お風呂、沸かすのは初めてだと、おっしゃってましたよ」
「ほう? 初めてとな」
と、なると成績は上位ということになる。寮の雑用が免除になるためだ。
落第生だったゴーシュの目が細まる。
「で、坊ちゃんはどんな顔をしてた?」
マールムは少し目を伏せて、記憶を辿るようにつぶやいた。
「それはもう……必死で。顔、真っ黒にして。やっとのことで火がついて『やった!』って、ガッツポーズしてました」
ゴーシュは腕を組んで、ふうむと唸った。
そして、ぽつりと尋ねる。
「ところで──薬箱って、どこだったかな」
マールムは、どうかなされたのですか、と心配顔を見せたが、ゴーシュは、
「いや。ちょっとな」
と、はぐらかすように言った。
◇