表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/40

めんどくさそうな剣士が来たぞ

 ジュノ・ジャクセルが沸かした湯は、よく温まっていた。


 ゼブラ・ゴーシュは朝風呂をすませ、その後、二度寝を決め込んだらしい。


 彼がふたたび起き出して、遅い朝食をとるため母屋の食卓へついたのは、陽もすっかり高く昇った昼前のことだった。






 食卓には、黒パン、薄い干鱈のスープが並び、湯気を立てるハーブ茶を、マールムがポットごと持ってくる。


 そんな穏やかな時のさなか──。


 コンコン、と、玄関を叩く音がした。


 納屋の裏手からは、薪を割る音がしている。……となると、訪問者はジュノではないことになる。


 ゴーシュは顔をしかめた。


「また、あいつかな……」


 渋々と立ち上がり、母屋の窓を上げた。


 覗いた玄関先には、革鎧に身を包んだ若き剣士が立っていた。





 髪は短く刈り込まれ、腰の長剣は手入れが行き届いている。


 歳は18かそこらだが、金色の髪に、口もとのシワが深く刻み込まれている。



「やあ、ゼブラ・ゴーシュ殿は、まだ討伐からお戻りでないのか」


 剣士は横柄に言った。


 ゴーシュはめんどくさそうに目を細めた。


「……またかい。あんたもよく来るね」


「またとは何だ。それは……こっちのセリフだ!」


 剣士は窓に歩み寄り、じろりと屋内の様子を覗き込んだ。


「小間使いの分際で、母屋で昼飯か。すっかり主気取りだな」


 そう言い残すと、剣士は踵を返した。彼はいまだにゴーシュ本人を〝使用人〟だと勘違いしているらしい。


「──また来る。ひき続きゼブラ殿に言付けを。アーガイルが、ぜひとも一手ご教示願いたいと」


 剣士は坂を下って行く。


 その背中が、山中に小さく消えていくのを待って、マールムが奥から顔を出した。


「いっそお相手なすったらいいのに。あの剣士の」


 ゴーシュは肩をすくめ、窓を下ろして閉める。


「飽きもせず、よくこの山を登ってくるよ。ぜひとも一手願いたい……とさ」


 マールムも食卓に戻りながら、カップに茶を注いだ。


「でも、ご教示って……真剣勝負をお望みなのでしょう? あのお方は」


 ゴーシュは席につき、両手でカップを包むように持った。冷えた手に熱が染みわたる。


「もっとも、俺も若けー時分は、あんな感じだったから、笑えないけどさ」


 カップを傾ける口元が、ふっと緩む。


「どっかのインターン氏とは、えらい違いだよ」


「ジュノさんは、まことに謙虚ですものね」


 マールムも、自分のマグに茶を注ぎながら、微笑んでいる。


 ゴーシュは目を細めた。


「えらく買っているじゃないか。……まぁ、ウィンゲートに入れたくらいだから、良家のお坊ちゃんなんだろう」


 そのおぼっちゃまに、今朝は風呂焚きなどさせてしまいましたよ、とマールムは舌を出し、


「お風呂、沸かすのは初めてだと仰っていました」


 そう彼の努力を、さりげなく口添えした。


「ほう。初めてとな」


 と、なると、彼は魔法学校の成績で上位を納めている者、ということになる。


「──寮の雑用が免除になるからな」


 マールムは、柔らかい口調で尋ねた。


「お師匠さまは学生のとき、どうだったのですか?」


 落第生だったゴーシュの目が細まる。


「もちろん、風呂焚きは今でも得意だもの。──で、坊ちゃんは最中、どんな顔をしてた?」


 マールムは記憶をたくり、手振りを真似て言った。


「それはもう……必死で。顔はもう、こんなに真っ黒で。やっとのこと火がついて『やった!』って、こうやってガッツポーズしてましたよ!」


 楽しげなマールムに対して、ゴーシュのほうは、腕を組み、まるで困ったことでも起きたかのように、ふうむと唸った。


「いかがされました?」


「いや──。ちょっと素直すぎるなと思って」


 そして、ぽつりと尋ねた。


「ところで薬箱は今、どこだったかな」


 マールムは、いつもの場所ですが、と、心配顔を見せたが、ゴーシュは、


「いやなに。ちょっとな。生真面目に効く薬をやろうと思ってなぁ」


 そう言いいながら、パンを口に咥えて立ち上がると、思案顔のまま歩き出し、廊下まで進んで、思いだしたように振り向いた。


「──ところで、マールム。いつものところって、どこ?」





 ◇


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ