めんどくさそうな剣士が来たぞ
ジュノ・ジャクセルが沸かした湯は、よく温まっていた。
ゼブラ・ゴーシュは朝風呂をすませ、その後、二度寝を決め込んだらしい。
彼がふたたび起き出して、遅い朝食をとるため母屋の食卓へついたのは、陽もすっかり高く昇った昼前のことだった。
食卓には、黒パン、薄い干鱈のスープが並び、湯気を立てるハーブ茶を、マールムがポットごと持ってくる。
そんな穏やかな時のさなか──。
コンコン、と、玄関を叩く音がした。
納屋の裏手からは、薪を割る音がしている。……となると、訪問者はジュノではないことになる。
ゴーシュは顔をしかめた。
「また、あいつかな……」
渋々と立ち上がり、母屋の窓を上げた。
覗いた玄関先には、革鎧に身を包んだ若き剣士が立っていた。
髪は短く刈り込まれ、腰の長剣は手入れが行き届いている。
歳は18かそこらだが、金色の髪に、口もとのシワが深く刻み込まれている。
「やあ、ゼブラ・ゴーシュ殿は、まだ討伐からお戻りでないのか」
剣士は横柄に言った。
ゴーシュはめんどくさそうに目を細めた。
「……またかい。あんたもよく来るね」
「またとは何だ。それは……こっちのセリフだ!」
剣士は窓に歩み寄り、じろりと屋内の様子を覗き込んだ。
「小間使いの分際で、母屋で昼飯か。すっかり主気取りだな」
そう言い残すと、剣士は踵を返した。彼はいまだにゴーシュ本人を〝使用人〟だと勘違いしているらしい。
「──また来る。ひき続きゼブラ殿に言付けを。アーガイルが、ぜひとも一手ご教示願いたいと」
剣士は坂を下って行く。
その背中が、山中に小さく消えていくのを待って、マールムが奥から顔を出した。
「いっそお相手なすったらいいのに。あの剣士の」
ゴーシュは肩をすくめ、窓を下ろして閉める。
「飽きもせず、よくこの山を登ってくるよ。ぜひとも一手願いたい……とさ」
マールムも食卓に戻りながら、カップに茶を注いだ。
「でも、ご教示って……真剣勝負をお望みなのでしょう? あのお方は」
ゴーシュは席につき、両手でカップを包むように持った。冷えた手に熱が染みわたる。
「もっとも、俺も若けー時分は、あんな感じだったから、笑えないけどさ」
カップを傾ける口元が、ふっと緩む。
「どっかのインターン氏とは、えらい違いだよ」
「ジュノさんは、まことに謙虚ですものね」
マールムも、自分のマグに茶を注ぎながら、微笑んでいる。
ゴーシュは目を細めた。
「えらく買っているじゃないか。……まぁ、ウィンゲートに入れたくらいだから、良家のお坊ちゃんなんだろう」
そのおぼっちゃまに、今朝は風呂焚きなどさせてしまいましたよ、とマールムは舌を出し、
「お風呂、沸かすのは初めてだと仰っていました」
そう彼の努力を、さりげなく口添えした。
「ほう。初めてとな」
と、なると、彼は魔法学校の成績で上位を納めている者、ということになる。
「──寮の雑用が免除になるからな」
マールムは、柔らかい口調で尋ねた。
「お師匠さまは学生のとき、どうだったのですか?」
落第生だったゴーシュの目が細まる。
「もちろん、風呂焚きは今でも得意だもの。──で、坊ちゃんは最中、どんな顔をしてた?」
マールムは記憶をたくり、手振りを真似て言った。
「それはもう……必死で。顔はもう、こんなに真っ黒で。やっとのこと火がついて『やった!』って、こうやってガッツポーズしてましたよ!」
楽しげなマールムに対して、ゴーシュのほうは、腕を組み、まるで困ったことでも起きたかのように、ふうむと唸った。
「いかがされました?」
「いや──。ちょっと素直すぎるなと思って」
そして、ぽつりと尋ねた。
「ところで薬箱は今、どこだったかな」
マールムは、いつもの場所ですが、と、心配顔を見せたが、ゴーシュは、
「いやなに。ちょっとな。生真面目に効く薬をやろうと思ってなぁ」
そう言いいながら、パンを口に咥えて立ち上がると、思案顔のまま歩き出し、廊下まで進んで、思いだしたように振り向いた。
「──ところで、マールム。いつものところって、どこ?」
◇