ジュノの本気とゴーシュも過去
夜がきた。
冷たい強風が、砦の母屋を揺らしている。
玄関先には、座り込んだジュノの姿がある。
うつむいていて、息が白い。
かたや母屋の中では、暖炉に彼が割った薪が赤々と燃え、鍋が何かを煮ている。
マールムは毛布を手に、それを彼に貸してもよいものかと、ゴーシュの顔色を伺っていた。
「──彼、言ってました。何日でも粘ると」
暖炉の前に敷物をしいてあぐらをかいているゴーシュは、何も言わず、火を見つめているだけだった。
「手紙を読んでいなかったのは……お師匠さまですよね。それに、セム様はたしか戦友……」
マールムの言葉に、ゴーシュは黙ったままいる。
「魔法学校のインターンは三ヶ月。それまであの方を、ああして座らせておくおつもりですか」
去年の夏、訪ねてきた女性の入門希望者は、三日三晩、玄関先で粘った。
しかし、四日目には、置き手紙を残して納屋から消えていた。
「──でも、あれは夏で、いまは冬です。こんな寒さでは彼が凍えてしまいます」
マールムは、眉間にしわを寄せた。
ゴーシュは火挟みで、薪を崩す。
火の粉が暖炉のなかに躍る。
「……珍しいじゃないか。男嫌いのお前が」
「違います。王都の人に……お師匠様のすごさを、もう一度知ってほしいと思って……」
薪がはぜて、ゴーシュを照らす。けれどもその面持ちは暗いままだ。
「──いまさら、名を売る気はないかな」
それでもゴーシュは、目を窓の外にむけた。
舞いはじめた雪が映った。
彼の胸のなかにあるのは、12人の子ども。──それも、どれも半魔の子供たち。
尻尾があるもの。
耳が尖ってけばだっているもの。
うろこの肌が夕陽に光っているもの。
そのどれもが自分たちの背より長い魔杖を手に、目を輝かせて、彼を見つめている。
暖炉の中で、落ち着いてきた炎がゆれている。
やがて、ゴーシュは重たげな腰を持ち上げた。
「まぁ、セムに恩を売っとくのも一つだな……」
いずれ養女のマールムを、王都に行かせるつもりだ。魔法学校にやるために。
「毛布、三枚じゃ足りないかもな……」
そう呟いて彼は、降る雪の具合を、窓から眺めた。
「彼に、今夜は納屋で寝ろと伝えなさい」
マールムは、くすりと笑った。
「でしたら、お師匠様から、直接そういってさしあげたら」
ゴーシュは暖炉の上にかけた鍋のシチューを掻き回し、
「……なぁに。こういうことは女の子から聞くほうが、男は嬉しいもんさ」
そして皿を、余計に一つ出しながら、ひとことだけ彼女に付け加えた。
「……ただし。お前に手を出したら殺すと、小僧には伝えるんだぞ」
マールムは笑った。そして、まっすぐに頷いた。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
寒くて静かな砦の暮らしも、誰かに読んでもらえると少しだけあたたかくなります。
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