最強おっさん、他人のふりをする
薪を割りながら、ジュノは熱を込めて中年男に語って聞かせた。
いかにゼブラ・ゴーシュが殿軍として史上最大の撤退戦を支えたか。
図書館に収蔵された彼の伝記。卒業論文に使った文献。聴き取りした生存者の証言。
そのすべてを、この ──主人たるゼブラ様のことをろくに知らぬ── 小間使いの中年男に聞かせてやることは、自分の誇らしい仕事のような気がした。
「──つまり、あの〝カルナス峠〟の殿軍を、最後まで支え切ったのがゼブラ様なんです! 数千の魔王軍を相手に彼は、村の12人の子供達を率いて戦い、見事、王を無事、都へと帰還せしめた……!」
けれども、男は、なかば寝転びながら足を組み、薪の山に体を預けていた。
「へぇ。そんな話になってんのか」
男は退屈そうに聞いている。
ジュノがそうして話すほど、男のまぶたは重くなる。
「……寝てません?」
「──いや、聞いてる聞いてる。知ってる話とは、だいぶ違うけどな」
「違う?」
そのとき。
「──あった、これだっ!」
母屋から少女の声が響いた。
灰色の砦の中で、それだけが不自然なほど明るい音色をしていて、ジュノは顔を上げた。
母屋から、背の高い少女が走ってくるのが見えた。髪は栗色、瞳も茶色。こんな辺鄙な山間に似合わない麗しい顔立ちをしているが、暖かそうなフェルトのブーツで一目散に駆けてくる。
その手には、一通の手紙。
「お師匠様……! これ、王都から来てたお手紙です。差出人はセム様。封が魔法学校の印です!」
中年男の表情が、ほんのわずかに動いた。
身を起こして、
「……え、まじ? もしかして、俺、読んでなかった?」
少女の手から、シワをのばした封書を受け取った。
「はい。丸めて投げてありました」
ジュノの目が見開かれる。
「──セムって、あのセム・ヴィンデルト総長!?」
そのジュノの目が、しょぼくれた砦の中年男の……ボサ髪からヒビ割れたろくに磨かれていないブーツまでを上下する。
「じゃあ……あなたが、まさか、まさか……」
ジュノの声が震える。
「……ゼブラ、ゴーシュ、様……?」
少年は膝をつき、地に伏せた。
額を地に擦りつけて言った。
「どうか! どうか弟子にしてください! 僕、この日のために! あなたに憧れて、魔法を学んできたんです!」
しかし、中年男、ゼブラ・ゴーシュは、
「……悪いけど、まぁ、こっちもいろいろあってさ。弟子とか取ってないんだよね」
そっけなく言い、薪を拾い集めた。
けれども、短躯のジュノが、スタイルの良い少女をさして言う。
「でもでも、今、この子、〝お師匠様〟ってあなたを呼んでましたよ! お弟子さんじゃないんですか?!」
指をさされたマールムは、困ったように笑った。
「私は……まあ、ちょっと特別で」
ジュノとはさして変わらない年齢と見えるが、彼女はジュノより頭一つ、背が高い。というか、くびれた腰の位置が高くて脚が長い
ゼブラ・ゴーシュは、口をへの字にして、セムめ……と悪態をついた。
「わかったわかった、とりあえず手紙は読む。返事は、そうだな……期待しないで待ってくれ」
「どこ行くんですか!」
「薪も割ったし、昼寝!」
そう言いながら放屁した。
「──っくっさ! いや、割ったのは僕ですし! 寝る前に読んでくださいよ? 絶対ですよ!」
けれども、ゴーシュは手をあげたきり、振り返らなかった。
そのままジュノらを置いて、母屋に引っ込んでしまった。
◇