ジュノ・ジャクセル、王都の魔法学校から来ました!
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雪解けの気配もまだ遠い、春のはじまりのこと。
人間の王国の北端にして、魔王軍との緩衝地帯に面した森の際にある、地図の余白に描かれたような山に、古い砦がぽつんと佇んでいた。
石造りの防御塔がひとつ。
その足元に母屋と納屋と井戸。
そして、それらをとり巻く木で出来た高い柵と広い門。
そんな砦に、ひとり訪ねる旅装束の少年があった。
まだあどけなさが顔立ちに残っている。
歳の頃は、15か16か。
きりりと結ばれた唇。意志の強そうな眉。
背負った荷物は軽いが、目に宿る覚悟は堅い。
手には魔杖。
魔力を蓄え、狙いをつけて撃ち出す、鉄刀木から削りだした魔道士の杖だ。
彼の名は、ジュノ・ジャクセル。
王都の魔法学校にて主席卒業を控えた、将来を嘱望される少年。
その彼が選んだインターン先が──
「……こんなとこだとは、思ってなかったなぁ」
ジュノは朽ちかけた砦の柵と門を見上げ、呟いた。
本当にここが、あの〝殿軍の英雄〟が勅命で赴任した最前線の砦なのだろうか。
きしむ門の扉を押し開けると、そこには乾いた空気と、冷たい風と、そして──
「……誰? お前」
ひとかかえの薪を小脇にした、冴えない中年男が……門の後ろから顔を出した。
くたびれた防寒着に無精髭。覇気のカケラもないその姿は、まるで崩れかけたこの砦の一部のようだった。
男は斧を手にしている。
「こ。……こんにちは、僕は王都のウィンゲート魔法学校から来た──ジュノ・ジャクセル……」
「あー、聞いてないね。帰りな」
中年男は、まるで煙たがるかのように手を振りながら言った。
ジュノはポケットに紹介状を探しながら言った。
「……え、いや、だって、本日より三ヶ月、インターンとしてこちらでお世話になる予定で……」
「だって俺インターンとか聞いてないし。弟子とかそーゆうの、ウチはもう取ってないんだよね」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここはあの〝殿軍の英雄〟ゼブラ・ゴーシュ様の砦ですよね?」
中年男は、曇らせた目を逸らした。
「……そうだけど。英雄はもう、いないし」
「へーー!?」
ジュノは旅装束でのけぞった。
じゃあ、あんたこそ誰!?…… とは口にしないものの──
王都を出て一ヶ月。海では嵐に遭い、雪山を越え、山賊と魔物に追われて、なんとか期日の今日に間に合わせて辿り着いた。
そんな辺境の砦に、お目当ての英雄がいないとなると、それはどう言った行き違いなのか。
ジュノは、折れかけた心で思った。
そもそも、校長が紹介状を出しているはず──。出発した以上、手ぶらで帰るわけにはいかない!
「……僕、ゼブラ様のことを尊敬してるんです! 薪割りでも掃除でも皿洗いでもなんでもしますから! どうかここで、お帰りを待たせていただけませんか……!」
腰を折り曲げるようにして頭を下げるジュノに、男は、ため息混じりで言った。
「じゃあ……。薪でも割ってもらおうか」
目を上げると、斧が差し出されていた。
それが彼の生涯忘れえぬ三ヶ月の始まりにして、殿軍の英雄、ゼブラ・ゴーシュとの最初のやりとりだった。
◇