015_3
ノクス「ユウの異能力はな……幻聴なんて、チンケなもんじゃねえんだ」
ノクスはゆっくりと語り出した。
ノクス「幻聴も、血液操作も……ただの異能力の結果だ。
アイツの異能力はさ……」
ノクスは息をついた。そして、しっかりとした口調で、言った。
ノクス「『望んだこと』が、『望まぬ形で』叶う能力だ。
望んだことが、なんでも、あり得ないことでも……現実が書き換わって、叶っちまう……
ただし、決して思い描いた形じゃない。それ以上の不幸や歪みを生んじまう。
そんなヤベえ能力なんだ。
『猿の手』って、知ってるか?」
あかりは首を横に振った。ノクスは呆れた声を出した。
ノクス「嘆かわしいな。エロい映画より見るもんあるだろ」
あかり「な、なんの話よ……」
ノクスは小さく鼻で笑ってから、説明を続けた。
ノクス「ユウがなにかを望んだら、こう……神の手みたいなものが、現実をぐちゃぐちゃにかき回すんだ。雑にな。
結果、望みは叶うが、決して幸せにはつながらない……
そんなクソったれな能力だ」
あかり「じゃあ、ましろがいなくなったのも……
トーマの異能力がなくなったのも……?」
ノクス「ユウが望んで……歪んじまった結果だ。
ましろへの告白を無かったことにしたい……
トーマみたいな異能力を発現したい……
ユウの、無自覚に望んだことだ」
ノクスはあかりの理解を待つように、一度、言葉を切った。
ノクス「ひょっとしたら、この学園生活そのものが……不自然にゆるい隔離教室も、ユウの望みで出来上がった歪んだ現実なのかも知れねえ」
あかり「そんな……」
あかりは、いつしか見た気味の悪い夢を思い出した。
ノクス「おめえは、夢っつう無意識にアクセスする異能力を持ってるからか……
他のヤツが気がつかない歪みに気づいちまったんだな」
あかり「そういえば……アンタ、ユウのフリして私のこと突き落としてくれたわね?」
ノクス「ソウガが受け止めたろ?
受け止めとけって言っておいたからな」
あかり「……」
あかりは不満げな顔をした。
別に受け止められずに落下しても構わない。その程度に考えていることが、やすやすと想像できる。
しかし、一旦、恨み言を飲み込んだ。
あかり「……じゃあ、あなたは、ユウのために、その異能力を消そうとした……ってこと?
でも、せっかくそんな強力な異能力があるのに……」
あかりの言葉に、ノクスは少し失望したような表情を浮かべた。
ノクス「いらねえよ、こんな異能力……
能力者を幸せにしない異能力なんて、あっていいもんじゃねえ」
ノクスは吐き捨てるように言った。
ノクス「……想像してみろ。
ユウがこの異能力を知っちまったら、どうなる? なにか望むたびに不幸をまき散らす。
心持ちひとつで、それこそ人類だって滅びかねない。
心を動かすだけで怖くなる。罪悪感を感じても、終わりにしたいって思うことすら、なにを巻き起こすかわからねえんだ。
ユウは、きっと堪えられないよ。
アイツ……優しいからさ」
ノクスが柔らかい表情をした。ノクスはユウのことを本気で案じている。そう、あかりには感じられた。
あかり「それなら……事情を話して、学院に協力してもらえば……
こんなこと、しなくても……」
ノクス「ハッ……
この学院のやつらが、簡単にユウの異能力を手放すかよ。
クスリでもなんでも使って、コントロールしようとしてくるだろうよ。
やべえ実験の被検体になるか、だれかの野望に利用されるか……
……ユウが傷つくに決まってる……」
あかりは口をつぐんだ。
なんでも叶う夢の異能力。たしかに、その抗いがたい魅力に狂う人がいてもおかしくない。
そして、その場合……ユウの人格はきっと邪魔になる。
ノクス「学院の脅威って認められれば、この忌々しい異能力を消してもらえるんだ。
じゃあ、脅威になれるよう、ド派手にぶちかますしかねえだろ。
カオルに派手に暴れてもらって、注目を集めて……オレのちからを見せつけた。
おかげで、ちゃんと消してもらえる。大成功だ」
あかり「でも……」
あかりは自分にこんな感情が芽生えたことが意外だった。
あかり「でも、あなたも能力の産物なんでしょ?
ユウの異能力を消したら……あなたも、消えちゃうんじゃない……?」
ノクス「まあ、そうだろうな……」
あかり「いいの? それで……いいの?
話していて分かった。
あなたも一人の……ちゃんとした人格を持ってるのよ。簡単に消して良いような存在じゃない。
ユウのために、一人で頑張ってきたんでしょ?
消えて、いなくなって……なにかを感じることも、ユウと話すことも……全部できなくなって……
それで、本当に、いいの?」
ノクスはさびしそうに、でも優しい目をして、つぶやいた。
ノクス「そんなの、全然……なんでもねえよ」
そして、屈託のない笑顔を浮かべた。
ノクス「だって、オレ……
ユウの、友達だから!」




