014_4
ユウ「カオル……もう、やめないか?」
カオル「……やめねえよ」
カオルは一歩、ユウに近付いた。
ユウ「なんで……こんなこと、するんだ?」
カオルは少し落胆している自分に気がついた。
こいつなら、分かってくれるような気がしたのに。
ユウ「こんな、なんでも出来る……力を持ってるのに……」
もう一歩、近付く。
カオル「……だからだよ。
せっかく、こんな能力が発現したんだ。
全てを手に入れる王を目指すのは、当たり前だろ」
ユウ「こんなやり方じゃなくて……もっとまっとうな……」
もう一歩。
カオル「ハッ……まっとうなやり方だぁ?
この能力じゃな、だまし討ちのワンチャンに賭けるしかねえんだよ!
バレたら最後、枠組みの中で管理されておしまいだ! バレないように広めて、一気に圧倒的な力で征服する!それしかねえんだ!
その点、この学院は最高だったぜ! 強力な異能力が目白押しだ!
……バカなクラスメイトが、ありがたがって、オレのエサになってくれたしよぉ!」
ユウ「……」
ユウは悲しげな表情を浮かべて。
ユウ「……わかったよ……もう……」
カオルを睨みつけた。
ユウ「動くな」
ユウの左手から血がほとばしった。
カオルの足元に幾重にも重ねられた血の糸が引き絞られる。
一瞬で、カオルの体は縦横無尽に張り巡らされた糸に囲まれた。
カオル「……あ?」
わずかな身じろぎで、カオルの頬が糸に触れた。
カオル「……っつ!」
頬が切れる。いや、削り取られた。
カオルは理解した。一見、ただ張っただけのこの糸は、高速で循環している。触れるだけで、皮を裂き肉を削る牢獄だ。
【結界領域】。反射的に発動したバリアは、生成中に糸に触れ、顕現することなく消えた。
カオル「……こんなことで、閉じ込めたつもりか?」
カオルは目だけを動かしてユウを睨みつけた。そして、この場を突破する異能力を探す。
超音波……地面操作……風刃……超パンチ……拡縮爆発……氷結……重重力……怪力……
カオルは愕然とした。
ユウ「体を動かさないと、異能力……発動出来ないだろ?」
カオル「……んだと?」
ユウ「初心者の、特徴だよ……
異能力だけを発動させる感覚が分からなくて、体の動きと連動させて使ってる……
異能力を覚えたての、初心者……」
ユウは、薄く笑みを浮かべた。
ユウ「ボクと、一緒だ」
ユウは、ノクスの言葉を思い出した。
ノクス(体の動きだけ、縛っちまえば良いんだよ)
ユウ(え? でも、あんなにいろいろな能力があるのに……)
ノクス(おめえもそうだけどよ……
全然慣れてねえ、ザコがやらかしがちなクセだよ)
ユウ(ぐぅ……)
カオル「……初心者……だと?
……なめやがって……」
カオルは怒りで体を強張らせた。肩や膝が糸に触れて小さなキズを作った。
他に使えそうな異能力を探す。
ユウ「カオルの負けだよ……おとなしく、降参しろよ。
それで、みんなに謝って……
なあ、もう一度、みんなにさ……美味しいもの、作って……」
ユウの声が、鼻にかかる。
カオル「お前……」
カオルは息が詰まった。
カオル「オレを……この戦いを、なんだと思ってやがる……」
人生を賭けた挑戦だった。一発逆転を狙った、たった一度の挑戦。こんなピーキーな能力のオレに、舞い込んだ千載一遇のチャンス。
それを、まるで友達同士のケンカみたいに……
それが、こんな甘ちゃんに……
カオル「馬鹿に、すんじゃねえぇぇぇっ!」
【縮地】。一定距離を瞬時に移動する異能力。その異能力で糸に突っ込んだカオルは、7つの肉片に分断された。
ユウ「そんな!……カオル?!」
驚いたユウの目の前で。
【接合】。
【接合】。【接合】。【接合】。【接合】。【接合】。
絶命のほんの一瞬前に、カオルは、自分の体をつなげてみせた。
カオル「オレは、最強だあああぁぁぁ!」
上下が少し、ズレてつながった顔で、カオルは吠えた。
そのままユウに躍りかかる。
ノクス(ユウ! ヤバイぞ!)
ノクスの悲鳴じみた声が頭の中で響く。ユウは何も出来ず、目をつぶるだけで……
カオル「……がっ?!」
カオルを止めたのは、異能力でもなんでもない、ただの投石だった。
ソウガ「……その人から、離れろ……」
肩で息をして、ソウガが言った。
遠目にユウの危機を知ったが、その姿は、あまりに遠い。
異能力で操作した呼気は間に合わない。そう、悟ったソウガが出来たのは、石を投げることだけだった。
山なりに落ちてきた拳ほどの石が、カオルの頭に命中したのは、偶然だった。
もう一度同じように投げろと言われても、ソウガには出来る気がしない。
さらに、カオルにとって左側から飛んで来た石でなければ、カオルは直撃する前に察知できたはずだ。
カオルは、呆然とソウガを見た。右目だけの視界に入れるため、大きく首をひねって、見た。
カオル「ぐぽっ……」
カオルは口から、おびただしい量の血を吐き出した。
一度切断して無理矢理つなげた体は、細かい部分はズレており、体内はむちゃくちゃな状態だった。
【縮地】。【縮地】……【しゅく……
カオルはその場を離脱して……数百mのところで倒れた。
その姿を視界の隅に捉えて、ユウも体勢を崩した。血が足りない。意識を失う。
ソウガ「ユウ!」
駆け寄ろうとしたソウガを手で止めて、踏みとどまる。
ソウガ「ノクス……か?」
ノクスは顔を上げた。
ノクス「……仕上げだ。
……お前は、あの教官を連れて来い……」




