002_2
ユウは身を屈めて血液の粒をかわした。
粒は、さらにユウを追って飛来する。
ノクス(机を盾に!)
ノクスの言葉を聞いて、ユウは目の前の机をぶん投げるようにして、粒にぶつけた。
机は空中で静止した。血液の粒に受け止められたのだ。
ノクス(……数滴の血液で……結構パワーあるな……)
ユウは体勢を崩しながら、教室の出口に向かって走った。
ノクス(止まれ!)
足を踏ん張って、ユウは身体を止めた。
その目の前を上から血液の粒が通過して、床にめり込んだ。
トーマ「視野が広いのかな?すごいね。
……まるで、死角をなくすように、もう一人が見てるみたいだ」
ユウは転がるようにして、教室の外へ逃げだした。
そのまま廊下を左に向かって走る。
ノクス(バカ、そっちじゃ、他のやつらがいる教室とは逆だ!)
ユウ(そんなこと、言っても!)
ユウは夢中で走って、トーマがいた教室から離れる。
ノクス(もう、大声で助けを呼べ!)
ユウ「はひ、たす……はあ、はあ……」
走るのに必死で、息もままならない。
ノクス(バカ!なんで先を考えて動かないんだ!?
お前は、いっつもそうだ!)
ユウ(そんなこと、言っても!)
廊下の端まで走りきって、後ろを振り返る。
トーマも走って追ってくる。
ユウ(どこか、逃げる場所……!)
ユウは周囲を見渡すが考えがまとまらない。
ノクス(ここで迎え打つぞ!)
ユウ(ここで?!なんで?!)
ノクス(いちかばちかだ!)
ユウは近くに立てかけられていたホウキを手に取った。
50cmくらいの短いホウキで、あまりにも頼りない。
トーマ「観念して、異能力で反撃してくれないか?」
ユウとの距離を5mくらい残して、トーマが立ち止まった。
その目の前に、血液の粒が輪を描いて浮いている。
ユウ「……だから……幻聴、しかないから……」
ユウは荒い息の合間に、言った。トーマは小さく肩をすくめた。
トーマ「じゃあ、仕方ない」
血液の粒が静止。
ノクス(来るぞ!)
次の瞬間、血液の粒が一団となって、ユウに向かって飛ぶ。
ユウは身をすくめることしか出来ず……
バァン!
血液の粒は、ユウに届く前にあさっての方向に散って、壁や天井に穴をうがった。
トーマ「……どうした……?」
ユウ「……?」
薄く目を開けたユウにも、何が起こったのか、理解出来ていない。
トーマ「……配電盤、か」
ユウの背後の箱の存在に、トーマは気がついた。
廊下の突き当たりの壁に取り付けられたこの箱は、この校舎に電気を分配する配電盤だった。
トーマ「……キミ、面白いね。
血液の操作に鉄分……血中ヘモグロビンを使っていることが分かって?いや、予測して、かな……
強い磁場がある配電盤の前で反撃しようとしたんだ?」
ユウ「……はは……」
ノクスの言うとおりにしただけのユウは、笑ってごまかした。
トーマ「でもさ、クリムゾン・コードは、こんなことも出来るんだよ」
手首の傷から赤黒いものが這い出て、トーマの手の中でナイフの形に固まる。
トーマ「血液を硬化させているのさ。面白いだろ?
異能力ってさ、ほんと……無限の可能性があるよね……」
どこかうっとりとした表情で、トーマは血のナイフを眺めた。
トーマ「だから、キミのも、見せて欲しい……だけなんだ……」
ゆっくりとトーマがユウににじり寄る。
ノクス(……ユウ、動くなよ……)
ユウはホウキを構えて、じっとしている。
さらに、トーマが近づく。
ノクス(動くなって!)
ユウは足を踏みだし、ホウキを振りかぶった。
トーマは身を屈めてナイフを突き出す。
ユウの脇腹にナイフが突き立ったのと同時に、ユウは天井から落下した電灯をホウキではたき落とした。
電灯が、トーマの頭を直撃する前に。
ガッシャァン!
電灯が床に落ちて、けたたましい音を立てた。
トーマ「……え?」
トーマは事態を理解できていない。
先ほどの血液の粒が制御を失って周囲に散ったとき、その一部が天井に当った。
留め金が破壊されて、トーマめがけて落下した電灯を、ユウがはたき落としたのだ。
ナイフに身を貫かれることも、いとわず。
トーマ「……この状況で、僕を守った……?」
トーマは弾かれたように笑い出した。
トーマ「ユウ!キミは本当に面白いヤツだ!それ以上に、良いヤツだ!」
そして手に持った血のナイフをかかげて見せた。
刃の部分がぐにゃりと歪んだ、ふにゃふにゃのナイフだったものを。
トーマ「気づいていたのかい?僕がキミを傷つけるつもりがなかったって」
ユウ「ううん……」
ユウは無事だった脇腹をさすりながら答えた。
ユウ「……殺されは、しないかなって……」
ノクス(信じらんねーよ。あのままトーマの頭に電灯直撃で、めでたしめでたしだったじゃねえか)
ユウ(そんなわけにはいかないよ。初日にクラスメイトがケガするなんて……)
ノクス(で、自分の横っ腹に穴ぶち開けられるとこだったわけだ)
ユウ(……ケガしなかったろ?)
ノクス(結果論だ)
エレナ「……おい!」
不意にエレナの声。
顔を上げると、エレナが仁王立ちしていた。電灯の落下音を聞いて、駆けつけたようだ。
エレナ「……何があったか、説明しろ……」
怒りを抑えた声。
その迫力に、ユウとトーマは思わず顔を見合わせた。
そして、二人とも廊下に正座して小さくなった。
トーマ「ユウは悪くないんです。僕が、ユウに……」
トーマの言葉をユウが遮った。
ユウ「ボ、ボクが!トーマくんの血液操作を見せて欲しいって!頼んだ、から……」
トーマ「……」
少しの沈黙のあと、トーマは頭を下げた。
トーマ「……ごめんなさい。張り切って……やり過ぎました……」
エレナは大きく息を吐いた。
エレナ「……ケガはないんだな……?」
二人がうなづくのを見て、エレナは二人の頭に思いっきりこぶしを振り下ろした。
トーマ「~~~~~!」
ユウ「いって……!」
エレナ「片付けておけ」
乱暴に言い捨てて、エレナは教室に戻ろうと歩き出した。
トーマ「……ありがとう。助かった」
トーマは、ユウの前に手を突き出した。
ノクス(こんなヤツ、かばうことねーのに……)
ユウ「トーマ、くん……」
ユウはトーマの手を握った。
トーマ「トーマで良いって、言ったろ?」
ユウと握手したまま、トーマは笑った。
トーマ「あと、クリムゾン・コードだから。血液操作じゃなくて」
ノクス(ケッ……)
ノクスは不満の声をあげた。