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ルイ「ほらよ!」
ルイは小さな電撃をまとった掌底を突き出した。
ユウ「なんの!」
ユウは左手から伸びた数本の血液の糸でルイの腕を絡め取り、方向を逸らした。
ルイ「はあぁ!」
ルイの気合いの声とともに、腕にまとう電撃が活性化する。ユウの血液の糸を伝って、感電させる狙いだ。
ユウはその一瞬前に糸を切り離し、拳を打ち出す。
ルイ「っと……」
ルイは距離を取ろうと、後ろに飛んだ。
ユウ「甘い!」
ユウはその着地する足に向けて、血液のムチを伸ばした。
ルイ「いってえぇ!」
着地の足を払われ、ルイは尻もちをついた。
痛みをこらえて顔を上げたルイの視界は、ユウの手によってふさがれた。
手の平には一文字の切り傷があり、いつでも血液による攻撃が可能だ。
ルイ「……まいった」
ルイは不本意そうな顔で、自らの敗けを宣言した。
ユウは心底嬉しそうに笑った。
ルイ「ちょっとユウ、マジで強くなったな……」
ルイは感心したように、息をもらした。
異能力訓練の時間。二人は寸止めの簡易的な組手を行っていたのだ。
ユウ「まだ、飛ばしたり固めたりはうまく行かないけど、手から伸ばすのは慣れたよ」
手からロープのような血を垂らして、ユウは得意気に鼻をならした。
ユウ(なんで飛ばしたり出来ないのかな? トーマは出来てたのに……)
ノクス(……)
ノクスは口をつぐんだ。
実はノクスにはおぼろげに原因が分かっている。
この異能力、クリムゾン・コードは自らの血液を操る能力だ。
だから『どこまでを自らの血液と認識出来るか』が、カギになる。
ユウは自分の体につながっている状態でしか、自分の血と認識出来ず、トーマとっては体外に飛ばした血も自分の血だったのだ。
そういえばトーマも、固まってしまった血は操れないと言っていた。トーマの認識の境がそこにあったのだろう。
その点、ノクスは。
ノクスにとって、ユウの体は借り物だ。
そもそもが実感を持って血を認識していない。だからこそ、体外に出ようが固まろうが、ほんの一滴であっても、それはユウの血だと思うことが出来た。
つまり、ノクスがユウの体を使っている時、ノクスはユウの血に由来する全ての物質を操ることが出来るのだ。
それこそ、今ユウが捨てて地面のシミになった血液のムチだったものですら。
ルイ「おい、ユウ。もう一試合、やろうぜ」
明るく、ルイが再試合を申し込んだ。ユウの能力の開花を喜んでいた、はずだ。この時は。
しかしユウは首を振った。
ユウ「いや、いいよ。
……何回やっても同じだし」
なんの気もなしにつぶやいたユウの言葉は、ルイの神経を逆なでした。
ルイ「……ユウ、お前……ちょっと使える能力手に入れたからって、調子のってねえか?
本気でやりゃあ、一瞬でお前は黒コゲなんだぞ?」
ユウは小さく鼻で笑った。
ユウ「この能力が負けるとは思えないけど……」
ルイ「てめえ!」
ルイはユウの胸ぐらを掴んだ。
ルイ「トーマの能力パクっといて、スカしてんじゃねえぞ……?」
あかり「ちょっと! なにやってんの?!」
不穏な空気を感じて、あかりが咎めるように叫んだ。ソウガが音もなくユウの一歩後ろに立った。
ルイは構わず、ユウをにらみつける。
ユウ「……盗ってない……」
ユウも、その目をにらみ返した。
ユウ「ボクは……盗ってない……」
胸の内の激情を表すように、ユウの左手から幾本かの細い血の糸が垂れて、激しく回転した。
あかり「やめなさい! ちょっと離れて! おしまい!」
あかりが二人の間に体を差し込むようにして、二人を引き離した。
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異能力訓練の時間が終わり、夕暮れが空を染めようとしても、ユウの怒りは収まっていなかった。
ユウ「やあぁぁぁ!」
雄叫びとともに、ユウは手から伸びた無数の糸を木に叩きつけた。
糸は高速で回って、木の肌をズタズタに切り裂いた。
ユウ「はあ、はあ、はあ……」
荒い息をしながら、ユウはその威力に満足げな笑みを浮かべた。
不意に、後ろから声をかけられたような気がして、ユウは振り返った。
ユウ「……ましろ」
夕日に照らされたましろが、風になびく髪を抑えて、ユウを見つめていた。
ましろ「……その能力、すごいね」
もう一度、ましろは言った。
これは、二人が交わした、最後の会話。




