012_4
ましろとこはくは、医者を連れて保健室に向かっていた。
保健室には、トーマとしおんがいる。
こはく「おじさんさあ……」
校舎の廊下を先導しながら、物怖じしない様子で、こはくが医者に話しかける。
医者「なんだ」
ぶっきらぼうに医者が聞いた。怒っているというよりは、感情が抜け落ちてしまっているようだ。
こはく「治癒の異能力を持ってるんでしょ?」
医者「……ああ」
こはく「じゃあさ……」
こはくは少し緊張したように、息をついた。
こはく「じゃあさ、手をなくしちゃった子の、手を治したり……出来る?」
医者はこはくを見た。そして、淡々と答えた。
医者「無理だな」
こはく「……そっか……」
こはくは、あきらかにガッカリした表情を見せた。
ましろがこはくの背中に手をそえた。
医者「だが、細胞から培養した生体義手さえ用意出来れば、私の能力でつなぐことが出来るだろう」
こはく「……ええと?」
医者の言葉が難解で、こはくには意図がつかめなかった。
医者「私の能力だけでは不可能だが、環境さえ整えば治療出来る可能性がある」
こはく「それって……」
ましろがうなづく。
喜びのあまり、双子は両手をつないで、小さく飛び跳ねた。
医者「言っておくが、簡単ではないからな。
年単位の時間が必要で、うまくいくかも分からんぞ。
おい、聞いてるか? おい?」
喜ぶことで忙しい双子からの返事はなく、医者は小さなため息をついた。
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ソウガ「……いいのか?」
ちらりと、ソウガはユウの顔色をうかがった。
あかり「いいから、さっさと行きなさいよ。
そんなに時間ないんだから」
ユウが口を開く前にあかりが答えた。たしか、ヘリが浮き島に滞在する時間は3時間だ。
ソウガ「守るって言ったばっかりなのに……悪いな」
ユウ「い、いいよいいよ、全然! それに守るとか護衛とか……大丈夫だから」
ソウガは弟の車椅子を押して、木々の間を歩いて行った。
ソウガと弟の2人で浮き島内を散歩してきたらどうか、と、あかりが提案したのだ。
ユウ(ソウガが護衛とか……
いつの間に、こんな大げさな話になったんだろう?)
ノクス(へっ、いいじゃねえか、守ってもらえよ。ありがたくな)
ユウは、やはりなにか納得がいかない。
なにかを忘れてしまっているような……
理事長「では、私は孫娘の様子を見に行きます」
不意の理事長の言葉に、あかりは笑顔で答えた。
あかり「ご案内いたしますわ」
ユウ「……孫娘……?」
ユウは首をかしげた。あかりは笑顔を貼り付けたまま、ユウをぐいっと引き寄せた。
あかり「こちら、あ、ま、み、や、千里理事長よ。わかる?」
天宮……どこかで聞いたような……?
ユウ「あ、エレナさんのおばあちゃん?
え、てことは、エレナさん、理事長の孫?」
あかり「……分かってなかったのね」
あかりは小さく息をついて、ユウの腕を放した。
理事長に目を向けると、目の前のこそこそ話に気を害した様子はなかった。学生同士のやりとりを微笑ましく眺めていたようだ。
あかり「失礼しました。こちらへどうぞ」
笑顔を作り直して、あかりは女子寮に向かって歩き出した。
あかり「……ちょっと」
当たり前のように、隣を歩くユウに、あかりは再び小声でささやいた。
あかり「今から、女の子の部屋に行くんだから、遠慮しなさい」
一瞬、なにを言われているか分からないような顔を見せてから、ユウはうなづいた。
ユウ「そっか。たしかに」
女子寮の入り口に到着したところで、ユウは理事長に向き直った。
ユウ「じゃあ、ボクはここで失礼します」
ぺこり、と頭を下げる。
校舎に向けて歩き出そうとしたユウを、理事長は手を上げて留めた。
理事長「……あなたが、久遠ユウさんね?
少しだけ、いいかしら?」
理事長はユウに近付くと、頬に手を触れて顔を近づけた。
ユウ「……え?」
あかりは、ユウが口づけされたのかと思って、ぎょっとした。
しかし、違った。顔を近づけて、ユウの目をのぞいているのだ。
じっと、魅入られたように。瞳の奥まで見通すように。
1分ほど、そうしていただろうか。
ユウ「あの……ちょっと、痛い……です」
理事長の手に次第に力がこもり、ユウの頬に爪が食い込んでいた。
我に返ったように、理事長は身を起こした。
心なしか、顔が青ざめている。
あかり「どう……されましたか?」
恐る恐るあかりが問いかける。
理事長「……ごめんなさい。なんでもないの」
気持ちを落ち着けようとしているのか、理事長は数秒、目を閉じた。
理事長「ユウさんも、ごめんなさいね。
……痛くしてしまったかしら」
ユウ「いや、その……大丈夫、です……」
ユウは呆然として答えた。
そして、女子寮のドアの向こうに歩いて行く背中を見送った。
物音に気がついて、ユウは振り返った。
グラウンドを突っ切って、どどどどどと車椅子を押して走ってくるソウガの姿がそこにあった。
ソウガ「……おい……大丈夫……か?
なに、されて……た?」
息も絶え絶えのソウガに、ユウは苦笑した。
ユウ「わかんない。
……なんだよ、見てたのかよ。心配しすぎだろ」
ソウガ「あ、血が出てんじゃねえか。洗って、バンソウコを……」
ユウの頬に血がにじんでいるのを見て、ソウガは慌てた。
ユウ(こいつ、キャラ変わりすぎじゃない?)
ノクス(弟の前だからな、兄ちゃんが出てんだろ)
ノクスはどこか満足げだ。
ソウガ「……ユウ、お前の血、なんかキモいぞ……?」
ユウの頬の傷をのぞき込んで、ソウガは言った。
ユウ「ええ?」
頬を拭って、ユウは自分の指に付着した血を見た。
拭った瞬間はたしかに液体だったはずの血は、すぐに糸状の物体に変わった。
そして、ユウの指の上でくるくると、渦を巻くようにして回り出した。




