012_2
ノクスがユウに最初に指示したのは、役割分担だった。
ノクス(バカ正直によ、一人で抱え込むことねえんだ。
仕事なんてな、自分が出来る量の半分くらいやったら、もう充分なんだよ)
ユウ(う、うん……)
就職どころか、アルバイトすらしたことのないユウには、ピンと来ない話だ。
ピンと来ないと言えば、エレナの代役が自分という今の事態にも、ピンときていない。
もっと他にいるじゃないか。あかりとか。
ノクス(いっぱいいっぱいだったんだろうよ。
ソウガにタブレットPCを託したときにも、大泣きだったらしいからな)
今朝、ユウが目覚めると、ソウガにタブレットPCを手渡された。
ログインパスワードが書かれた付箋もついている。
そのパスワードを使って起動すると、画面にテキストが表示された。
『私は限界だ。すまない。後を久遠ユウに託す』
ユウは混乱したが、ノクスには納得の結果だったらしい。
ノクス(アイツ、ずっと無理してたからな)
それが分かっているなら、助けてやれば良かったじゃないか、とユウは思ったが、気がつきもしなかった自分には何も言う資格がないような気がして、黙っていた。
ノクス(お前がエレナの代わりなんて出来やしねえんだから、どんどん人に丸投げしろ)
ノクスの物言いに、不服な気持ちがないわけではなかったが、その通りだとも思う。
最初の授業は、全員でエレナの仕事を分担するホームルームにした。
ユウ「じゃあ、朝課題の仕切りは、あかりにお願い」
あかり「いいわよ。……ユウだと、寝坊しそうだし」
ユウは苦笑いを浮かべた。
ユウ「授業の方は大してやることないけど……成績の良いサキとリュカが、分からない人のサポートに回って欲しい」
サキは黙って親指を立てた。
リュカがペラペラと自慢げにしゃべりかけたが、サキがジロっと睨んだらすぐに静かになった。
ユウ「異能力訓練は、ボクとミナトでやろう」
ミナト「ボク……ですか?」
指名されるとは思わなかったのだろう。ミナトはおどろきを隠せなかった。
ユウ「また、クロスコード・デュエルみたいなの、考えよう」
ユウの言葉に、ミナトは嬉しそうにうなづいた。
ユウ「見回りは、こはくとルイ、レインと……」
ユウは教室の奥で、不満そうに斜めに座る長身の男に目を向けた。
ユウ「ソウガ、の4人で当番制にして……」
ソウガは横を向いて聞こえないフリをした。
この教室にソウガがいることに、違和感を感じる。
あかり「ソウガ?」
ソウガ「……わーったよ」
不満そうに答えて、ソウガは舌打ちをした。
ソウガを教室に引っ張ってきたのも、なにか役割を与えようとユウに提案したのもあかりだ。
ユウ「ましろとアリスに、体調不良の人の世話をお願いします」
アリス「え?」
アリスは狼狽えてキョロキョロと周りを見回した。
そんなアリスに向けて、ましろは小さくガッツポーズをして見せた。
ユウ「あとは献立と食材補給の計画を……」
あかり「それも、わたしやる」
あかりが手を上げた。
あかり「持ち回りで料理係やってて、ちょっと思うところもあるし」
カオル「いやあ」
あかり「ほめてないからね」
ぴしゃり、とカオルに言葉を投げつける。
あかり「ま、わたしも料理得意な方だし」
ユウ「……」
ユウは何も発言出来なかった。
あかり「……ホントはさ、こうして……もっと早くエレナの負担を減らしてあげてれば……」
あかりの言葉で、教室はにわかに静かになった。
エレナは泣き疲れて部屋で寝ている。
あの様子から察するに、しばらく教室に来ることは難しいだろう。
ユウ「……遅くないよ、まだ……」
ユウのつぶやきに、あかりは小さくうなづいた。
ノクス(……ハッ)
ノクスは教室にいる全員をあざ笑った。
********
ユウ「すっげえ!」
ユウは目を輝かせて、空を仰いだ。
ヘリだ。迷彩柄の軍用ヘリコプターがグラウンドに降りてきている。
グラウンドには、ユウの他に、ソウガ、あかり、こはくとましろがいた。
ノクス(まだ危ねえぞ。近付くのは、ちゃんと降りてからにしろよ)
今にも駆け出しそうなユウに、ノクスが言った。
危なっかしい気配を感じたのか、ソウガはユウの襟首を掴んでいる。
こはく「今日来るのは、えらい人と、医者?」
ヘリコプターのローター音に負けないよう、こはくが声を張り上げた。
ユウが大きくうなづく。
ユウ「あと、秘密のゲスト!」
なにか企んでいるのか、ユウはニマニマと笑った。
ユウはノクスに言われるがまま、学院に浮き島の窮状を訴えるメールを打った。
浮き島を地上に降ろして、保護して欲しい。けが人にも治療を受けさせて欲しい。
しかしその回答は、浮き島をすぐに地上に降ろすことは出来ない、と言うものだった。
浮き島の浮力には周期があり、一定以下の浮力にならないと降下出来ない。あと3日は不可能だ、と。
代わりというわけではないが、速やかに医者を送る、とも書かれていた。
その返事に、とノクスが指示した内容は、ユウには思いもよらないものだった。
ヘリが地面に着地した。
ソウガが手を放すと、ユウは飛び出すように走り出した。
ぐるぐるとヘリの周りを回って、様々な角度から軍用ヘリを眺めて回る。
あかり「犬みたいね」
あかりが呆れた声を出した。ましろは口に手を当てて笑った。
ソウガは何の気なしに近付くフリをして、ローターを見上げた。
ソウガ「かっけぇ……」
ため息と一緒にこぼれた感嘆の声は、だれにも悟られずに消えた。
ヘリの側面ドアを開けて、黒スーツの男がグラウンドに降り立った。
そして、後ろに続く老婆に手を貸し、老婆が降りるのを手伝った。
地に足がつくやいなや、老婆は深々と頭を下げた。
老婆「このたびは、私どもの想定が甘く、大変なご迷惑をおかけしました」
あかり「あ……」
あかりは老婆がだれか、気がついた。
アカシア学院理事長。天宮千里。




