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神の手は祈りの形をしていない /異能力を使って将来犯罪をおかすと隔離教室に入れられたボクら(でもボクの異能力、幻聴が聞こえるだけで……)  作者: 陽々陽
011_天宮エレナの、1日

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011_2

 夕方18:00、夕食。

 カレーとサラダ。さらにプリンとショートケーキまでついている。


 カオルめ。少し張り切りすぎではないか。


 あかりの持つ盆の上の料理を見て、エレナは苦笑した。

 自分の食欲がまったく沸いていないのが、残念だ。


 ……天井や壁に浮かび上がる、あの奇怪な文字については、今は考えるのをやめた。

 他に、解決すべき問題を優先すべきだ。少なくとも、今はそう考えている。

 胃の中が空っぽになって、頭の中も少しスッキリしたような気がする。


 エレナはあかりと一緒に、しおんの部屋に向かっている。

 しおんの様子を見に行きたいとルームメイトのあかりに告げたところ、あかりもしおんに夕食を持って行きたいから、と同行することになった。


 しおんは今日一日を部屋で過ごした。

 朝、昼とあかりが食事を運んだが、口をつけようとしなかった。

 しおんのケア。これも早急に対応しなければならない問題のひとつだ。


 しおんの部屋に到着した。


エレナ「……しおん、入るぞ」


 返答を待つが、ない。エレナは小さくため息をついて、ドアを開けた。


 しおんは、膝を抱えて床に座っていた。

 骨折した右腕は、あり合わせの添え木がくくりつけられているだけで、力なく床に投げ出されている。

 そして、しおんの足元には拭いきれない血の跡が残っている。


 かぐらが事切れた場所。

 しおんは、ずっとそこに座っている。


 しおんが別室に移れるよう、別の部屋を用意したが、彼女はその場から動こうとしなかった。


あかり「しおん、夕食持ってきたよ。

 少しでも、食べよ?」


 しおんは反応を返さず、じっと床の一部を見つめていた。


あかり「ほら、デザートもあるよ。

 ケーキとプリン。デザートだけでも、どう?」


 ベッド脇のサイドテーブルにお盆を置いて、あかりが声をかける。

 プリンの皿だけを手に、しおんのすぐ前まで近付く。


しおん「いらない……です」


 しおんがぽつりと言った。


エレナ「しかし、朝からなにも食べていないだろう。

 少しでもなにか食べるべき……」


 エレナの口調は、いつもの硬い口調のままだ。

 あかりは訴えかけるような目で、エレナを見た。エレナは口をつぐんだ。


あかり「じゃあ、ここに置いておくから。

 お腹空いたら食べてね」


 あかりの声は、穏やかで優しい。

 自分はこれほど優しい声を出すことなど出来ない。エレナは目を伏せた。


あかり「他に、なにか欲しいものはある?」


 あかりの言葉に、しおんはしばらく沈黙していた。

 そして、震える声で言った。


しおん「……おうちに、帰りたい……」


 エレナは、あかりと目を見合わせた。

 なんと言えば良いか分からない。分からないが……


エレナ「私も、帰してあげたい……」


 あかりを真似て、エレナはできる限り優しい声で語りかけた。


エレナ「だが、すまない……


 すぐに帰してあげられるかは、分からないんだ……」


 数歩しおんに近付いて、エレナはしおんに視線を合わせるようにしゃがんだ。


エレナ「しおんにケアが必要だと、きちんと報告している。


 悪いようにはしないと……約束する」


 ……ウソばかりだ。

 報告は出来ていない。悪いようにはしない、など、自分の立場で約束など出来るはずもない。


しおん「……なんで……帰れないの?

 私が……私がかぐらちゃんを……殺したから?」


エレナ「……違う!


 ……そんなことはない。

 しおんはみんなを助けてくれたんだ。そんなこと、言わないで欲しい……」


しおん「だって……」


 しおんは自分の膝に、顔をうずめた。

 

エレナ「かぐらの事件は関係がない。


 ……悪い予知を跳ね返せるように……異能力を正しく扱えるように……今は指導を……」


しおん「……異能力……」


 しおんが、小さく笑ったような、気がした。


しおん「……なんだ、そっか……


 じゃあ……もっと早く、こうしていれば、良かった……」


 しおんは骨折した手を迎えに行くようにして、自分の両手を握り合せた。

 

エレナ「一体、なにを……」


 しおんはまるで神に祈るように、組み合わせた両手を高く、掲げた。


あかり「……やめて、しおん……だめ……」


エレナ「待て……!」


 言葉は、届かず。


しおん「……どーん……」


 しおんは異能力を開放した。


エレナ「ああああああぁぁぁぁ!」


 その叫びが、自分の口から発せられていることに、あとから気がついた。

 血が飛び散って、エレナの顔にべったりとあとをつけている。


 しおんの両手は、手首から上が無くなっていた。

 爆発で吹っ飛んだのだ。


あかり「しおん!」


 あかりがしおんに駆け寄る。

 手首から噴き出す血をなんとか止めようと、両手で手首をギュッと握った。


エレナ「……ああぁぁ! そんな……そんな……!?」


 エレナは叫び声をあげることしか出来ない。


あかり「エレナ! 早く……ましろを呼んで! ……早く!」


 あかりの言葉に、エレナは松葉杖も忘れて、部屋を飛び出した。

 両足の傷が開いて包帯に血をにじませたが、そんなことはどうでも良かった。


********


 夜22:00の短いベルが鳴った。

 消灯見回りの時間だ。


 エレナはベッドの上で身を起こした。

 いつ、自分の部屋に戻ったのか、記憶が無い。


 ……なんだか、すべてが悪い夢だったように感じる。


こはく「大丈夫? エレエレ……」


 となりのベッドに転がったまま、こはくが心配そうな声で聞いた。


エレナ「……しおんは?」


 こはくは表情をくもらせた。


こはく「……しろとあかりが看てる。

 命に別状はないって言ってたけど……もう、手は……」


エレナ「……そうか」


 エレナは目を閉じた。

 もし、自分が別の言葉をかけていたら、かけられていたら。違う結果になっただろうか。


こはく「……ちょっと、エレエレ?」


 ベッドから足を下ろして立ち上がろうとしたエレナを見て、こはくはおどろいた。


エレナ「……消灯見回りに、行かねば……」


 無表情でつぶやいたエレナに、こはくは呆れてため息をついた。


こはく「もう……エレエレもけが人なんだから、ダメだよ。


 ……今日ぐらい、良いじゃん?」


エレナ「……しかし……」


 エレナは立ち上がろうとして、痛みに顔をしかめた。


こはく「ほらぁ……


 しゃーない! この、こはくちゃんが代わりに行ってあげるから、エレエレは寝てな」


 エレナは少しおどろいた顔を見せた。

 代わりにやってもらえる、なんて、少しも考えていなかった。


エレナ「……すまない。助かる」


 エレナはそう言って、こはくの持っているタブレットPCに手を伸ばした。


 報告を直さなければならない。

 しおんのことを追加して、治療を依頼しなければ。そうだ、予知もやり直してもらおう。

 両手を失い、しおんの異能力が発動しなくなったのなら、家に帰してやれるのではないか?

 あの文字についてはどうする? いったん、情報をまとめておく必要はあるだろう。

 授業の遅れについても明確にしておかなければ。何時間分のカリキュラムが未消化だ? そうだ、テストも実施していない。

 ああ、自分の学習も進められていないな。遅れてテストを受けるにはどうすれば良いか、相談しなければ。

 そういえば、献立も見直す必要がある。厨房に行って食材の残りを確認して……


こはく「ちょっと、エレエレ……? エレナ!」


エレナ「……どうか、したか?」


 エレナは、自分の両目から涙が溢れ出していることに、気がついていなかった。


こはく「……ちょっと、待ってなさい!」


 こはくは言い残すと、部屋を飛び出していった。


 タブレットPCを持って行ってしまったようだ。

 仕方ない。今は手書きでやれることを……

 今日の日誌は回収したのだっけ? こんな時こそ、生徒達に精神的なケアが必要なはずで……


エレナ「……あれ?」


 エレナは、とどめなく溢れる涙に、ようやく気がついた。


エレナ「……なんで……」


 泣いている時間は無い。

 問題は山積みで、自分は全然足りなくて、うまくできなくて、せめて精一杯やらなきゃいけなくて、ちゃんとしなきゃダメで、無能だから嫌われていて、予知も発現しなくて、がんばるしかなくて、自分だけは要らない存在で、


ユウ「エレナさん!」


 いつの間にか、ユウが目の前にいた。

 エレナの目をまっすぐに見て、言った。


ユウ「……よく、がんばったね」


 さっきまでとは違う、熱い涙がこみ上げてきて、エレナは泣き出した。


エレナ「……っ、ひ……ひぅ……っ、く……っ、はぁっ……ひっ、ぐ……っ……

 ……わた……わたし……っ、もう……ぐぅ……っ、はぁぁ……っ」


 泣きじゃくるエレナの頭に、ユウは手を置いた。


ユウ「……もう、大丈夫だから……

 全部、大丈夫だから……


 ……あとは任せて……」


 ユウの口調を真似て、ノクスは歪んだ笑みを浮かべた。


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