010_6
しおん「かぐらちゃん?!」
しおんは、自屋に倒れ込んで来たかぐらを見て、驚きの声をあげた。
頭から血を流し、腕は不自然な角度に折れ曲がる。制服のいたるところに濃い血のシミが広がっている。
しおん「どうしたの?! 大丈夫です?!」
悲鳴のようなしおんの声にこたえたかぐらの声は、いつものように明るかった。
かぐら「しおんちゃん! いやあ、みんな強いッスね! 油断したッス!」
しおんはかぐらの元に駆け寄った。
しおんのルームメイトであるあかりも、かぐらに近づこうとして、ぞっとするなにかを感じて、足を止めた。
あかり「駄目! しおん、離れて!」
しかし、遅かった。
しおん「え……?」
かぐらはしおんの腕を掴み、引き寄せた。
べきん。
骨が折れる音が、あかりの耳まで届いた。
しおん「あああぁ!」
腕を折られたしおんが、悲痛な悲鳴をあげた。
かぐら「ちょっと、人質になってもらうッス」
かぐらの声は、あくまでも明るい。
後ろからしおんをハグするように抱き寄せた。
かぐら「しおんちゃんの能力、今やられたら、ひとたまりもないッスから、片手ふさがせてもらったッス」
悪びれる様子もなく、かぐらは言った。
しおんの爆破能力のことを言っているのだ、とあかりは気がついた。
たしか、発動条件は両手を向けたもの、だったはずだ。
しおん「あ……あ……」
痛みで、しおんの目から涙がこぼれた。
かぐらは、しおんを引きずるようにして、いや、自分の体すら引きずるようにして、部屋の奥に移動する。あとには赤い血の跡。
ユウ「かぐら!」
部屋に飛び込んで来たのは、ユウだった。
いや、ユウ一人じゃない。
横にルイ、一歩下がってカオルとミナト、奥にはソウガまでいる。
ユウ「もう、逃げられないぞ……」
今にも噛みつきそうな顔で、ユウは言った。手には赤黒いナイフ。
あかりには、ユウが最も似合わない表情をしているように思えた。
かぐら「近付いちゃダメッス。うちの能力で、しおんちゃんがどうなるか……わかるッスよね?」
ぎりっと音がするほど、ユウは歯をむき出しにして、怒りの表情を作った。
ルイ「なんだよ、全然わかんねえよ……
みんな、楽しくやってたじゃねえか。なんでみっちゃん殺して、こんなことになってんだよ?!
なあ?!」
ルイが一歩進んで、言った。その拳は小さな雷をまとっている。
かぐらはルイに見えるようにして、しおんの首を掴んだ。いつでも殺せる、と誇示しているのだ。
かぐら「楽しかったッスね~」
かぐらは笑みを浮かべて、天井を見上げた。
かぐら「おままごとみたいな授業と訓練、夕食時にはゲーム……
異能力ぶつけあうあの遊び、なんていってたッスか? しおんちゃん、チームメイトだったッスね!
……いやあ、ホントに学生になったかと思っちゃったッス」
かぐらの明るい声に、どこか怨嗟の響きが含まれたような、あかりにはそんな気がした。
ルイ「じゃあ……なんで……!」
かぐら「いつか、自分という存在が、なにかに組み込まれたら……わかるッスよ……
なんて」
かぐらは照れくさそうに笑った。
ルイ「……なあ、とりあえず、しおんを放してさ、な?
もっと話をすれば、わかり合え……」
ユウ「やめろよ」
ユウの声には、押し殺した怒気がにじんでいた。
ユウ「こいつは、トーマを斬った。エレナさんも。
今だって、ボクたちを殺せるんだ。
任務のために、生かしたいだけで」
かぐらはにっこりと笑った。
かぐら「ユウくんが正しいッスよ。
もっと言うと、しおんちゃんを諦めて全員でかかってくるのが正解ッス。何人か死ぬかも知れないッスけど」
かぐらのこの言葉を境に、重い沈黙が流れた。
しおんの、声を殺した泣き声だけが、聞こえていた。
しおん「あのね……かぐらちゃん……」
涙の合間に、しおんは途切れ途切れに言った。
しおん「私のね、能力……
……細かく言うとね……圧縮と開放で分れててね……
……一瞬で、両方……やるから……爆発になって……」
かぐら「……
なんのことッスか?」
しおん「……だからね……
……ごめんね……」
ばぐん。
かぐら「あ……」
かぐらの脇腹が、大きくえぐれた。
しおんの後ろ手に回した手のひらが、向いた先。
片手分のしおんの能力によって、圧縮されたのだ。
かぐらは崩れ落ちながら、手を振ろうとして……やめた。
そんな風に見えたのは、あかりの思い違いか。
かぐら「本当に、退屈……し……な……」
言葉を言い切る前に、かぐらの目は力を失った。
しおん「ああぁ……あああぁ……」
しおんは、声をあげて泣いた。




