010_3
エレナ「残念な報せがある」
教壇の上で、エレナは逡巡を見せた。本当に、このことを彼らに伝えなければならないのか。
いや、言わなければならない。
この隔離空間で起こったことを。
エレナ「昨日、このクラスに赴任された鈴木光代教官が、今朝、自室で亡くなられた」
しん……と教室は静まりかえった。
エレナは少し息を整えてから、もう一度口を開いた。
エレナ「他殺が疑われる状況だ」
教室がわずかにざわつく。
エレナは全員の顔を確認しようとした。きっと、いや、間違いなく、この中に犯人がいる。考えたくないし、誰一人疑いたくない。
それでも、目は違和感を探している。
エレナ「一人ずつ順に話を聞く。呼ばれるまで、黙って自習をしているように。
最初は……結月あかり。ついてきてくれ」
あかりが立ち上がった。
教室から片足を踏み出してから、エレナは思い出したように振り返った。
エレナ「わかっているとは思うが……テストは延期だ」
ルイがペンケースから小さな紙を取り出して、破った。
ユウも自らのペンケースを見た。その中の、小さく折りたたまれた紙を開く。
『テストが延期になりますように』。
力一杯、その紙を握りつぶした。そして、制服のポケットにつっこんだ。
まるで、隠すように。
********
エレナ「あかり。昨日、一日をどう過ごしたか、出来るだけ詳しく教えてくれ」
隣の空き教室。向かい合わせに座るなり、開口一番、エレナはそう言った。
あかり「ほとんど寝てたわ。昼、一度様子を見に来てくれたでしょ?ずっとあんな調子。
夕食だけ、食堂に行ったけど……それ以外はベッドの上ね。
……結局、一度も鈴木先生には会っていないのよ」
だから、なのかもしれない。あかりはクラスが動揺する中、一人、冷静でいられた。
エレナ「夕食後、君が部屋にいたと証明出来る人はいるか?」
あかりはため息をついた。
やはり、こんな話になってしまうのか。
あかり「ルームメイトのしおんが一緒にいたわ。
……ねえ、こんな……アリバイを調べるようなこと、これからクラス全員にするの?」
エレナは伏し目がちに、机の一点を見つめた。
エレナ「……仕方がないだろう。隔離空間で人が死んだんだ」
あかり「ねえ、人が……死んだのに、どうして警察や他の教師が来ないの?」
あかりの疑問はもっともだろう。
……許してくれ。これは君たちを守るためで……
エレナは、のどまで出かかった言葉を飲み下した。
エレナ「今日は、風が強いようでヘリが飛べないようだ」
あかり「ふぅん?」
天気は良さそうだけど、とあかりは窓の外を見た。
地表とは気候が違うのだろうか。
エレナ「鈴木教官は首を深く斬られて亡くなった。凶器は見つかっていない。
……凶器など、ないのかも知れないが」
あかり「……能力で?」
切断することのできる能力……何人かの顔が浮かぶ。あかりは頭を振った。
すぐに、級友を疑う思考になってしまったことに、自己嫌悪を感じた。
エレナ「鈴木教官は、人の異能力を鑑定できる、希有な能力者だった。
君たちの教育にプラスになると、おばあ……理事長に頼み込んでお越しいただいたのだが……」
そんな貴重な人材がここで失われてしまった……いや、今考えるべきはそこじゃない。
エレナ「異能力を詐称している者が、いるのかも知れない。
教官の情報端末は、念入りに破壊されていた」
……本当にそうだろうか?
あかりは、エレナの言葉に違和感を感じる。
異能力の鑑定が可能な人間が、簡単にそれを明かすだろうか?それも、将来の重大犯罪を予知された生徒たちの前で?
エレナ「きっとそうだ。教官は、その生徒を指導しようとして、それで……」
あかり「エレナ、ちょっと待って。その話、全然根拠が……」
あかりはエレナの目を見て、分かった。
エレナが怯えている……いや、不安と責任で押しつぶされそうになっている。
あかり「エレナ……」
そうだ。
いつも凜とした態度のエレナだから、こんな当たり前のことを忘れてしまっていた。
エレナは、自分と1年しか違わない、女の子なんだ。
あかり「……エレナ、どうか私を……」
頼って。なんでも話して。
全部……全部、聞くから……
あかりがエレナにそう伝えようとしたときだった。
あかりの言葉を遮るようにして、怒鳴り声が響いた。
エレナ「なにか、あったのか……?」
エレナが立ち上がった。
……このとき、是が非でもエレナと話をするべきだった。エレナの胸の内を知り、支えるべきだった。
あかりは後に、強く後悔することになる。
********
こはく「……ユウ……関係、ないよね……?」
音を立てないようにしてユウの隣に来たこはくが小声で尋ねたのは、エレナとあかりが教室を出てすぐのことだった。
ノクス(チッ……)
ユウ「……なに……?」
ユウは、心底驚いた表情を見せた。
こはく「昨日の、夜さ、用事があるって、帰ったじゃん……?
あの後さ……その……違うよね?」
ノクス(おい、適当に話し合わせとけ)
ユウ(……なに、言ってんだよ?
こはくはなんでこんなこと聞くんだ? ノクス! 何か知ってるのか?!)
ユウ「……なんのことか、分からない……」
まったく心当たりのない、という顔をするユウから、こはくは一歩、距離を空けた。
こはく「なに言ってんの……?
昨日……夜さ、ちょっと会ったじゃん。なんでそんな見え見えのウソつくの?」
ユウ「そんな、こと……!」
ノクス(ユウ……頼むから……)
ユウ(……いやだ……
ノクス! なにかあったのか?!)
ノクス(分かった、後で説明するから……)
ユウ(今、すぐに説明しろよ!)
ノクス(……)
ルイ「おい、ユウ! ……お前、なんか知ってんのか……?」
横からルイが口を出した。
最初のささやき声は、もう教室全体に響く大声に変わっている。
ユウ「知らない! ボクは昨日、ちゃんと寝てただけで……!」
こはく「ウソ! だから、なんでそんなウソ……?!」
ユウ「こはくこそ、なんでそんなこと言うんだ?! まさか……」
ルイはユウの胸ぐらを掴んだ。
ルイ「お前、ちょっと変だぞ? 怪しまれたくなきゃ、ちゃんと説明しろよ!」
ユウ「だから、なにも知らない!
なんだよ? 望み通りテストなくなって気まずいからって、ボクにあたるなよ!」
ルイ「……んだと?」
ルイは手を振りかぶった。バチィッ、と手の周りに電撃が走る。
その手を止めたのは、トーマだった。
トーマ「やめろよ……落ち着いて、話そう」
ルイ「ハッ。保護者のお出ましか? じゃあ、コイツにちゃんと言っとけよ!
怪しいマネして、ただで済むと思うなよ!?
このクラスのだれかがやったんだ!
みっちゃんを殺したヤツが、ここにいるんだよ!」
ルイの言葉を最後に、教室は再び静かになった。
アリスのすすり泣きの声だけが、小さく響く。
重苦しい空気が流れた。
エレナ「……なんの騒ぎだ?」
エレナとあかりが教室に戻ってきたのは、この時だった。
ノクス(いいか、オレの言うとおりにしゃべれよ?)
ユウ(いやだね)
ユウ「エレナさん、ボク、犯人を知ってます!」
ノクス(あ?! なに言ってんだ?!)
ユウ「みんなを解散させて、二人きりになるならしゃべりますよ?
どうしますか?!」




