010_2
ルイ「新しい先生が来たと思ったら、その翌日からテストかよ……」
小さな紙に何かを細々と書きながら、ルイはぼやいた。
こはく「なにしてんの? それ」
ルイ「これ? 願い事書いてペンケースに入れといたら叶うってやつだよ。
テストがなくなりますように……と」
こはく「はあ? 小学生のとき流行った、おまじないじゃない。
好きな子の名前書いて持っとく、みたいな」
ましろ「ふふ……かわいい」
ルイ「いやー、そうなんすよ、姉さん。ボクこういう、かわいい一面がありまして……」
こはく「うわ、あんたのペンケース小さい紙だらけじゃない」
ルイ「そりゃ、クラスの女子全員分の『身も心も許し合える仲になりますように』ってお願いが入ってるから」
こはく「きも」
ルイ「ちゃんとお前のもあるぜ、こ、は、く」
こはく「うわ、トリハダたった。ちょっと貸して、全部捨てとくから」
ルイ「やめろよー」
ユウは、そのやりとりを横目で見ていた。
ユウ(願い事、か……)
ユウはそんな流行を知らなかった。一人だけのクラスで、流行なんて起こるはずもない。
ちょっとした気持ちで、ノートの端を小さく破った。
ノクス(ユウ、それはやめとけ)
ユウ(なんだよ、ちょっとやってみたいだけだって)
ルイ「なんだ? ユウもやるのか?」
ニタニタとした笑みを浮かべて、ルイはユウの手元をのぞきこんだ。
ルイ「なになに? 最初の文字は、ま~?」
ましろにも聞こえるよう、大声で読み上げようとする。
ユウ「ち、違うよ」
ユウはあわてて、『ま』と書くための二本の横棒を『テ』に変えた。
『テストが延期になりますように』。
この願いは、思いもよらない形で叶えられる。
********
こはく「よ~っす。遅くなったわ」
深夜。こはくは、手を上げてあいさつをした。
校舎から一歩だけ外に出た、玄関口。その数段の階段が、毎夜、二人の会合の場所となっていた。
彼女の言う『夜更かしガチ勢』の会だ。
こはく「なんかさー、エレエレも自分の学年のテスト受けるって張り切って勉強してんの。
睡眠時間削って勉強とか、エレエレがんばり過ぎ。いつか倒れるわ、あれ」
ペラペラと軽口を叩きながら、手に持ったタブレットを差し出した。
こはく「これ、ホントはエレエレの部屋から持ち出すなって言われてんだから、感謝してよ。
で、なに見るの? エロいやつ?」
タブレットを受け取った人物は苦笑いを浮かべた。何事か入力し、こはくに画面を見せた。
こはく「うっわ。わかんね」
画面には、黒いコンソールに流れる無数の文字列。早々に理解を諦めたこはくは、星を見ながらブラブラと短い散歩を始める。
階段を降りきったところで、後ろを振り返った。
意外だな、と、こはくは思った。
コンピュータとか、プログラムとか、そういうハイテクなものに強いようには見えなかった。
じっと、タブレットの鈍い光に照らされた顔を見上げる。
初めて見るような、真剣な表情。
トーマがアリスと実質くっつく感じになって、こはくの彼氏探しは白紙の状態になった。
彼はその候補になるだろうか?
ふと浮かんだ考えを、こはくはすぐに振り払った。
ましろと誰かを取り合うなんて、ほんの少しも考えたくない。
こはく。
名を呼ばれて顔を上げると、タブレットが落下してくるところだった。
あわてて、こはくはタブレットを空中で受け止めた。
無造作に投げて寄越したのだ、と分かって怒りの言葉を口にする。
こはく「ちょっと、壊れたらどうすんのよ!」
こはくの抗議を歯牙にもかけず、無機質な言葉が返ってくる。
用事が出来た。今日はもう帰れ。
こはくはさらに怒りを爆発させる。
こはく「はあ?! こんな時間に何の用事よ!
前から思ってたんだけど、アンタ、夜だけオレ様じゃない?
ねえちょっと、ユウ!」
********
ノクス「まずい……まずいぞ……」
ユウの体を操り、ノクスは校舎の廊下を足早に進んだ。
ついさっき、タブレットの通信履歴を洗うことで知り得た情報を思い浮かべる。
『登録と異なる能力を持つ三名の生徒について』
それは鈴木光代からエレナに向けての報告だった。
そして、その三名の中に久遠ユウの名があった。
幸い、エレナはまだ見ていない。未読の状態で、タブレットの情報は削除することが出来た。
しかし鈴木光代の報告には、未確認の生徒の確認が取れたら学院に向けての報告を行う、とあった。
おそらく、ソウガとあかりの確認が終われば、学院に知られてしまう。
ノクス「今日の内に手を打たねえと……」
********
翌朝、みっちゃんこと、鈴木光代の死体が見つかった。




