008_3
あかり「待った?」
ジャージ姿のあかりが、小声で聞いた。
ユウ「……今きたとこ」
こちらもジャージ姿のユウが、これまた小声で答えた。
ユウ(なんか……デートみたい……?)
ノクス(なにバカなこと言ってんだ?こんな時間の、こんな場所で……)
深夜の保健室前。
エレナの見回り後、二人は部屋を抜け出して保健室に来ていた。
ノクス(いや、逆にこういうのが良いのか?……ベッドもあるしな!)
ノクスは下品な笑い声をあげた。
今ここにいるのは、あかりとユウだけだ。
こはくは、あかりの誘いを、「ウチがいないと、エレエレ怪しむから」と断った。
その後、あかりに見えないようにユウに向かって親指を立てた。そして耳打ち。「ガンバレ。あかりんを任せたぞ」
ユウ(もう、何言ってんだよ!もう……)
ノクス(ぷくーっ。意識してるくせに!
……ましろちゃんは、いいのかなー?)
ノクスはいじわるな笑みを浮かべる。ユウをからかうのが楽しくて仕方ない、といった様子だ。
ユウ(だからさ、違うって!ほら、保健室にいるトーマを調べるだけで!)
あかりは音を立てないようにそっと、保健室の引き戸を開けた。
そして二人は、体を滑り込ませる。
あかり「……寝てる?」
トーマの寝顔を覗き込んだユウに、あかりが小声で聞いた。
ユウ「バッチリ寝てる……」
ユウもささやき声で答えた。
ノクス(なんか寝起きドッキリみたいだな……)
ユウ(なにそれ?)
ノクス(……いや、気にすんな)
あかり「じゃあ、もう一つのベッドを近づけて」
ユウ「……はい……」
あかりとユウ、二人でベッドを持ち上げて、寝ているトーマのベッドに近づけた。
勢いあまって、ゴン、とベッドをぶつけてしまう。
トーマ「……んん……?」
トーマの口から声が漏れて、あかりとユウは緊張した顔で顔見合わせて停止した。
そのまま、じっとトーマの寝息が安定するのを待つ。
あかり「……大丈夫かな……」
ユウ「……こわ……」
ノクス(……寝起きドッキリ……)
運んできたベッドの上に乗って、あかりは枕の上に座った。
あかり「さ、ユウも来て」
ユウ「う……」
同級生の女子がいるベッドに上がるという行為に、ユウは顔を強張らせた。
あかり「……なにしてんの?早く来なさいよ」
ユウ「……はい……」
ユウはおずおずとベッドに上がり、あかりから離れたところで横になった。
あかり「ちょっと……頭、ここ」
あかりは自らの膝を指した。
ユウの頭の中に、いろいろな妄想がぐるぐる巡り、目にバッキバッキに力がこもる。
ノクス(……おまえ、キモイぞ……)
ユウ「……よ、よろしくおねがいしまーす……」
ユウは恐る恐る、あかりの膝に頭を載せた。
緊張でもう、柔らかいのか柔らかくないのかすらわからない。
あかり「もう、こんなことで大騒ぎして……単なる調査のための準備じゃない……」
そういうあかりも、顔が赤い。ただ、この暗い部屋ではユウにも分からない。
あかり「じゃあ、能力使うから……眠って?」
ユウ(ね、眠れるかー!!)
あかりは異能力によって、眠っている人の夢に潜り込むことができる。
そこで深層心理や記憶を読み取ることが可能だ。
トーマとミナトの命名によれば……レムレイド~深淵の夢に侵入する影~。
ただし他人の夢に潜る行為には、危険が伴う。
夢は深層心理と深くつながっている。他人の深層に触れることで、あかり自身の意識が囚われ、帰ってこれなくなる可能性がある。
そこで、あかりと共に潜り、あかりという存在を認識するバディが必要になる。
今回、ユウに課せられた役割だ。
あかり「……やっと寝たわね……」
膝の上のユウから寝息が聞こえるようになったのは、1時間以上経ってからだった。
あかり「もう、わたしが寝ちゃうとこだったじゃない」
あかりは、膝の上のユウの頭をそっとなでた。
大丈夫。ちゃんと寝ている。
舞台は整った。
あかりは呼吸を整える。静かに、だんだん長く、深く。
手を伸ばし、トーマの頭の上に手をそっとかざす。
あかり「……眠りはまぶたを覆う、善きも悪しきも、すべてがそこにある……」
小さくつぶやくと、深い海にゆっくり沈んでいくようにして、あかりも意識を失った。
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気が付くと、ユウはゆっくりと下へ下へと落ちて行っていた。
ここはどこだろう?まるで現実感がない。
周囲には色とりどりのガラスの破片のようなものが漂っていて、一緒に落ちて行っている。しかし自分よりもわずかに落下速度が遅いようで、ゆっくりと上に消えていく。
ユウ(きれいだ……)
ひときわ色鮮やかなガラスの破片を見つけて、ユウは手を伸ばした。
その手は横から、だれかの手に止められた。
あかり「不用意に触ったらだめよ」
いつの間にか隣にあかりがいた。なぜか、ジャージじゃない。制服姿だ。一緒に落下している。
いや、あかりの方が落下速度が速い。さっき止められた手は、そのままあかりの手に握られて、ユウは下に引っ張られた。
あかり「この辺りは最近の記憶ね。修復力が強いから大丈夫だと思うけど、なるべく触れないようにして」
ユウ「うん……」
あかりはくるり、とユウの方に体を向けた。背中から落下するような格好だ。
ユウは手足を動かすことしかできないが、あかねはもっと自由に動けるようだ。
あかり「今は夢、見てないみたいね。古い記憶に直行するから、そこのものは本当に触らないで。
ここのより、ずっともろいから……」
あかりの赤い髪が柔らかく広がった。
漂うガラスの破片と相まって、それは幻想的な光景だった。
あかり「……ちょっと、聞いてる?」
怒気を含んだあかねの声に、ユウは慌てて答えた。
ユウ「ご、ごめん……その……
……キレイ、だったから……」
あかり「な、なにを言ってんのよ、もう……」
あかりは体を再び返して、ユウに背を向けた。顔が火照る。
あかり「それから、この手は絶対に放さないで。この先は、お互いがお互いの命綱になるから……」
ユウ「わかった」
ユウはあかりの手をギュッと握った。
あかりの顔がさらに赤くなったが、ユウには見えなかった。




