007_7
トーマ「デュエル・クロッシンッ!」
エレナは加速を全開にして、サキ・ルイチームのフラグに向かって走り出す。
サキの作り出す土壁は脅威だが、生成速度がそこまで早いわけではない。
有利な盤面を作られる前に、勝負をつけたい。
エレナは地面を蹴った。いや、蹴ろうとした。
エレナ「な……!?」
あてにしていた足場に裏切られ、エレナの全身からぞっと血の気が引いた。
穴だ。地面に穴が開いている。
サキの地面操作は生成するだけではなかったのだ。
無くすことも出来たのだ。そして、その速度は壁の生成よりも数段速い。
エレナ「……しまっ……」
体勢を崩してエレナは盛大に転倒した。
とっさに加速は解いている。加速したまま地面に衝突したら、その衝撃で負傷しかねない。
エレナ「くっ……」
痛みをこらえ、起き上がろうとしたエレナの視界に、競り上がる土の壁が映る。
エレナ「こはく!フラグを守れ!時間を稼いで……」
エレナが立ち上がる前に、ドーム状の檻が完成した。
土壁に閉じ込められた。
もう、声すら届かない。
暗闇の中、エレナは壁を叩くがびくともしなかった。
ここから抜け出すのにどのくらい時間がかかるだろう?
それまで、こはく一人で守りきれるだろうか?
エレナ「……くそっ……」
悔しい。思い通りに行かない。負けたくない。
自分の異能力は、望んだものじゃなかった。
でも価値あるものだと、思っていた。思いたかった。
しかし……やっぱり……
……こんな能力では……
こはく「エレナ!」
こはくの声とともに、光が差した。
そして、光はエレナを包んで広がって。
エレナ「なんで……」
テンアゲモードのこはくが、壁をこじ開けたのだ。
守りを捨てて。
こはく「行って!あんたなら間に合う!」
エレナは加速を最大限発動して、土の檻から飛び出した。
ルイかサキが、自分たちのフラグを取りに行っているだろう。
後ろを振り返る余裕はない。
それより前に相手のフラグを取るだけだ。
こはく「行けー!」
加速中の粘っこい空気をかき分けるようにして、走る。
もう少し。
フラグがせまる。
あと少し。
エレナは手を伸ばす。
その指先がフラグに触れーーー
ミナト「それまで!」
審判の宣告が響いた。
エレナの手は、フラグに届かなかった。
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ルイ「よっしゃー!三戦全勝!楽勝!」
フラグを掲げ、ルイが嬉しそうに跳ねた。
サキ「……なにが楽勝なもんか」
サキは腰に手を置いて、長い息を吐いた。
確かに3回とも勝利したが、簡単な勝利はなかった。
……それにしても、単なるレクリエーションがここまで盛り上がるとは、ね。
サキは最初、遊びで自分の異能力を人に向けることに抵抗を感じた。
だが始めてみると、そこには駆け引きが存在し、本気で勝利を目指して競い合うことが楽しかった。
そう。全員が本気だった。
異能力のことになると、クラス全員、入れ込みすぎるというか、ムキになるところがある。
サキにはそう感じられた。
おそらく、ここにいる誰もが、自分の異能力に依存している。
大なり小なり、異能力と自分の存在意義を重ねて考えている。……自分も含めて。
そこに危うさを感じる。
サキ「……フォローに行った方が良いかね……」
ふらり、とクラスの輪から離れて歩き出したエレナを、サキは見つけた。
だが……本当は、負けた相手の私ではなくて……
サキ「……そう、それが良い」
ほどなくして、エレナの後を追ったこはくを見て、サキは笑みをこぼした。
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こはく「……なに、たそがれてんのよ?」
浮き島のふちから空を見上げていたエレナに、こはくは声をかけた。
エレナ「……なにか、用か?」
エレナの固い声に、こはくは小さな救急箱を突き出して答えた。
こはく「しろのヤツが、これ押しつけてきて……
……ヒザ。出しなさいよ」
エレナは初めて気がついた。自分のジャージの右膝が破れて、血がにじんでいる。
こはく「……最後、ごめん……」
エレナのヒザに消毒液をつけながら、こはくは言った。
エレナ「なんのことだ?」
こはく「……あんたの言うとおり、守って、時間を稼いでたら……」
エレナ「……ああ……」
最後の試合の話か。
エレナ「どのみち、間に合わなかった」
逆にもし私が、こはくを信じて待っていたら。土の檻から飛び出す前の判断の時間。その一瞬を稼げていたら……
エレナ「……それにしても、私とお前が組んで……全敗とはな……」
ルールを聞いて、当然のように自分は全勝すると思った。
……自分の異能力に向いた戦いの場だったのに……
もともと、異能力を使った身体競技で負けたことなど記憶にない。
それくらい、強力な異能力……のはずだ。
こはく「マジ、それ」
エレナ「……やっぱり、私とお前とで、開始直後の同時速攻が常道だったかも知れないな……」
こはく「あー……うん。それ……ウチも思ってた。
でも……」
エレナ「……うむ……」
エレナ・こはく「「……さすがに、反則かなって……」」
二人の声がキレイに重なった。
エレナ「……ふっ……ふふっ……」
こはく「くふっ……ふふふふっ……」
そのまま二人は、笑い合った。
エレナ「やはり、レクリエーションのゲームが一瞬終わってしまうのもな……」
こはく「ほん、それ。ちょっとは楽しくないとって、遠慮した。オモンパカった。
……でもさ、レクはもう終わるじゃん?」
エレナ「……?確かに、あと数試合で終わるが……」
こはく「じゃあさ、もう、遠慮する必要はないわけで……」
エレナ「ふっ……
リベンジ、受けるチームはあるかな……」
こはく「みんな、まだやり足りないっしょ」
エレナ「よし。やろう」
二人は顔を見合わせて、ニヤッと笑った。
こはく「……あんさ、もう一個、謝りたくて……」
エレナ「なんだ?」
こはく「ええとさ……レクなにやるか、決めてるとき……」
エレナ「ああ……」
こはくは、エレナの提案を執拗に否定していた。
こはく「……今回のレクはさ、自分一人でやるものじゃなくて、誰かと協力したり戦ったりして、そういうのにしたいなって……思って……」
エレナは小さく笑った。
エレナ「……では、次はそう言うといい」
こはく「……ウチ、そういうの上手く言えない人で……ごめん……」
エレナは、こはくの頭に手を置いた。
なんだ、可愛い後輩じゃないか。
どうしてさっきまで、あんなに憎らしく、腹立たしく感じていたのだろう。
エレナ「……ちゃんと聞くから。
……今回も、こうして、こはくと話せるようなゲームになって、良かった」
こはく「……うん……
……ね、エレエレって、呼んでも良い?」
エレナ「それはイヤだ」
こはく「えー?今、OKする流れじゃん!超かあいいと思うんだけど?」
エレナ「もう、いいから行くぞ」
こはく「わあったよ。エレエレ」
エレナ「だからダメだって」
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ノクス(……あー……ツマンネ……なんだありゃ?)
ユウ(こういうのは、良かった、って言うんだよ)
二人のやりとりを物陰でうかがっていたユウとノクスは、頭の中で会話した。
ましろ「上手く行ったみたい……
ユウくん、一緒に来てくれて、ありがと」
ましろが小声で、ユウの耳元にささやいた。
ユウ「あ、いや、その……全然、大丈夫……」
ノクスが二人のケンカを見たがっていたし……
ユウは口の中でつぶやいた。たとえ、そうじゃなくても、ましろに頼まれてユウが断るようなことはなかっただろう。
ユウ「延長戦、やるのかな?」
もう、最後の試合が終わるころだ。
ましろ「きっと、そうなるよ。
……行こ?」
ましろが立ち上がって、ユウに手を差し伸べた。
ユウ「いや、うん……大丈夫……」
ユウは照れて、ましろの手を取らず、立ち上がった。
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こはくとエレナが提案した延長戦には、サキ・ルイチームをはじめいくつかのチームが参加した。
そして、その全てを、こはくとエレナは開始直後の同時速攻で打ち破った。
ユウとミナトは、ルールを変更すべきか、こはくとエレナのペアを禁止にすべきか、真剣に話し合うことになった。
エレエレの発音は、
エ→レ↑エ→レ↑
エレナには「へべれけ」の親戚に聞こえている。




