007_1
エレナ「今日は授業を休みにしたい」
朝、ホームルーム。
エレナの突然の発言に、クラスはざわついた。
こはく「はいっ!休みたいです!」
手を上げ、いつになくハキハキと宣言する、こはく。
普段との態度の違いが、エレナには少しだけ腹立たしい。
エレナ「と、いうのも、だな。
新入生の学年は今日は1日、レクリエーションとのことだ。
地上の同級生が遊んでいる時に授業というのもどうかと思ってな」
ユウ(地上の同級生かあ……)
ノクス(まったく実感ないな)
ユウ(だよねえ……)
入学式に一緒に参加しただけだ。
エレナ「ただ、何をするか、考える必要がある。地上と同じことは出来んからな」
ユウ「地上だとなにしてるの?」
エレナ「学内オリエンテーリングだ。アカシア学院内で、チェックポイントを探す、というのが毎年の恒例行事になっている」
こはく「うっわ、つまんな」
こはくが顔をしかめて吐き捨てる。
トーマ「いーや、そんなことないんだよ、こはく」
エレナが口を開く前に、トーマが目を輝かせて言った。
トーマ「アカシア学院の中には、異能力研究の成果や残骸がたくさんあるんだ。
木々を操る異能力が暴走してできた、意思を持つ森ーーネメシスフォレア。
訪れる人によって蔵書が変化する図書館ーーシュレディンガーアーカイブ。
選ばれなかった世界線とつながると言われる回廊ーーオルビス・パス。
ここ、ヴァニタス・アークも含めて世界に類をみない特殊な場所がたくさんあるんだ」
こはく「ヤバ」
どれも、そんな異名はついていないが……エレナは口の中でつぶやいた。
トーマ「危険なところも多くてね。毎年何人か犠牲が出るらしい……」
こはく「ヤバ」
エレナ「毎年は言い過ぎだ。
去年は軽傷者だけで済んだからな」
あかり「充分危ないわ!中止なさいよ!」
こはく「ヤバ」
ノクス(軽傷者だけで済んでない一昨年とか、なにがあったんだろな)
ユウ(知りたくないなあ……)
エレナ「ともかく、隔離中の我々が同じことをすることは出来ない。
ここで出来ることを考えたい。
例えば……
今年一年の目標を定めて、書き初めするとか」
こはく「エレナぱいせん……
それは、ない」
エレナ「……」
いらだちをこらえるエレナを見て、ユウは思った。
ユウ(あの二人、相性悪そう)
ノクス(気質的に、ギャルと女騎士だからな)
トーマ「異能を使った模擬戦のトーナメント、とか、どうですか!?」
エレナ「却下だ。それこそケガ人が出かねん」
目を輝かせたトーマの発言を、バッサリとエレナは否定した。
金髪の少年「映画鑑賞などは、いかがかな……?」
少年が静かに手を上げた。金髪で瞳の色もやや薄い。リュカ・オルフェウス。バラが似合いそうな美少年で、常に気取った笑みを浮かべている。
エレナ「ほう。どんな映画が良いかな?」
リュカは、ふっ……と気取った笑みを見せた。
リュカ「古典が良いと思うよ。人間の深層を描く濃密な描写が、新しい映画にはない魅力だからね……」
エレナ「ふむ。私は詳しくないので、おすすめを教えてくれないか」
リュカ「ボクが選ぶなら……アイズ・ワイド・シャットか、愛のコリーダ……」
あかり「バッ……バカ!そんなのみんなで見れるわけな……!」
ユウ「……どうしたの?あかり?」
映画名に反応したのが、クラスで自分だけであることに気がつく。
あかり「~~~~~~!」
声にならない悲鳴を上げて、あかりは机に突っ伏した。
耳まで真っ赤だ。
ユウ「……どうしたの?」
リュカ「ふふ、どうしたんだろうね……」
状況がつかめていないエレナは、後で調べようと映画の名前を手帳にメモした。
こはくが立ち上がって、元気な声をあげる。
こはく「ここは、スイーツバトルっしょ。作って、デコって、映えた方が勝ち!」
カオル「……材料、じゃがいもで良ければ……」
こはく「ないわー」
すぐに席に身を投げ出す。
こはく「もー、自由時間でいいんじゃない?」
ましろ「はくちゃん、そんな風に言わないで……」
ルイ「おれ、寝てたい……」
ましろ「……!」
ユウ(ありって顔した……)
エレナ「もう少し、文化的な催しでも良いかもしれないな」
ユウ「写生大会、とか?」
あかり「あ、ちょっと良いかも。写生大会」
リュカ「うん……とても良いね……
シャセイ、大会……」
あかり「ユウ、止めないで。わたしはコイツを殴るわ」
ユウが止める間もなく、鈍い音が響いた。
エレナ「短歌や俳句、写真とかでも……」
こはく「だから、ないって」
エレナ「……」
こはくの無神経な言葉は、エレナの感情を逆なでした。
ユウ(ヤバ……)
ましろ「……はくちゃん」
たしなめるような、ましろの言葉。
こはくはなにかを言いかけたが、言葉が出てこず、ふいっと校庭に目を逸らした。
教室に気まずい空気が流れる。
トーマ「まあまあ、せっかくのレクリエーションだし、楽しくやろう」
沈黙を破ったのは、トーマの明るい、努めて明るい声だった。
トーマ「考えてみると僕たち、まだまだ知り合ったばかりだからさ。
……ユウ!なにか、協力しながら遊べるスポーツゲームを考えて!」
ユウ「えっえ?……え?」
突然のフリにユウは困惑した声をあげた。
トーマ「異能力ありで」
ノクス(……最後に、自分の趣味ぶち込みやがったな……)
ちなみに後日。
エレナは映画を調べて、「け、けしからん!」ってなった。




