006_1
共同生活の難点は、一人の時間が取れないことだ。
あかりは大きな布製のカバンを肩にかけて、木立の間を歩いていた。
もう、ずいぶん歩いている。
あかり「……ここなら、大丈夫かしら」
やっと落ち着いて一人になれそうな場所を見つけた。
校舎から離れた一本の木。
森と呼ぶにはささやかだが、幾本かの木々を超えた先の場所になる。
それでも、あかりは周囲を見回してから、木の陰に腰を下ろした。
カバンから二本の鋭い棒を取り出す。
それに、力なくうなだれた、見るも無惨な動物……
あかり「……ふふ……」
あかりは笑みを浮かべて、棒を突き刺し---
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共同生活の良いところは、孤独を感じにくいところだ。
だが時には一人になってしまうときもある。
今日は休日。授業は休みだが、隔離は解かれることなく、ユウたちは浮き島の中だけで自由に過ごすことを許された。
先ほどまで、ユウの側にはミナトとトーマがいた。
今日の夕食時に行う催しについて、楽しく会話を弾ませていた。
トーマが不意に、用事があるから、と言い出して別行動になった。
さらに、カオルにミナトが呼び出された。今日の夕食で確認したいことがあるらしい。
ユウ(……ボクもミナトと一緒に、カオルのとこに行けば良かった……)
唐突に訪れた一人の時間を、ユウは無性にさびしく感じた。
ノクス(お前、さすがにどうかと思うぞ?
金魚のフンみたいにどこに行くにもくっついてって……そのうち、ウザがられるからな?)
ユウ(……うるさいな……)
ノクス(ここ来る前は、ずっと一人だったじゃねえか。ぼっちでも楽しくやってたじゃねえか)
ユウ(……だからだよ)
ユウはいらだち紛れに足を進めた。
こんな時に限って、誰ともすれ違わない。
気がつくと、いつの間にか校舎から離れた木々の、しかも奥の方まで来てしまった。
きっと、こんなところには誰も……
ユウ「あれ……?」
あかり「げっ」
大きな木の下に、あかりが座っている。
ユウは満面の笑みを浮かべた。
ユウ「あかり!どうしたの?こんなとこで?」
あかり「……来ないで!」
あかりの声は遅く、いや、ユウが近づくのが早過ぎて、ユウの目に映ってしまった。
あかりの手に抱かれた、動物の半身……
あちこちほつれた、作りかけのあみぐるみ……
ユウ「……ウマ……?」
あかり「なんでよ、ネコよ、見りゃわかるでしょうが」
……分からない……
ユウは深刻な顔で見つめた。
あかり「……あーもー、なんで来るのよ……」
あかりは作りかけの自称ネコを手で隠しながら、つぶやいた。
何度もやり直したのか、ヒザの上は毛糸まみれだ。
ユウ「いや、ちょっと、散歩……」
あかり「じゃあ、すぐに通り過ぎなさいよ」
ぷいっと顔をそむけて、言い放つ。
ユウ「……」
あかり「……うるさいわね、わかってるわよ。ヘタって言いたいんでしょ、ヘタって……」
ユウ「いや、何も言ってな……」
あかり「さいあく……せっかく誰にも見つからないようにしてたのに……」
あかりはため息をついた。
ユウ「……ごめん……
でも、あの……隠れること、ないと思うよ?」
あかり「……」
ユウ「最初は誰でも初心者なんだしさ?
別に、誰も、笑ったりしないと、思う……」
あかり「……あんたは女同士を分かってない……」
ユウ「……」
あかり「……わたし、昔から編み物だけは苦手で……
他のことは何でも大体出来るから、不器用なイメージ無いのに、これだけ……」
ユウ「……不器用なイメージ……無い……?」
ユウはあかりの作った料理の数々を思い出したが、それ以上は考えるのをやめた。
あかり「……わたしだって、かわいいの、作りたいのに……」
あかりは不満の表情を浮かべたまま、あみぐるみの次のひと編みを進めようとした。
しかし、数回前の編み目を飛ばして編んでしまったことに気がついて、肩を落とした。
ユウ「……貸して」
ユウはあかりの手の上から編み棒を握り、すいすいと間違った箇所までほどいた後、正しい編み方でほどいた分を編み直した。
あかり「……なんで、出来るのよ……?」
ユウ「まあ、その……一人遊びに傾倒していた、というか……」
ノクス(ぼっちでしたって、ちゃんと言えば良い)
あかり「……ちょっと、この先で分かんないとこあるから……
……教えて……」
恥ずかしさにたえるように、目を逸らしながら、あかりが言った。
ユウ「もちろん!」
ユウの屈託のない笑顔に、あかりはさらに顔をそむけた。




