001_1
教壇の女生徒「諸君は未来、重大かつ大規模な犯罪を引き起こすと予知された」
入学式の後、18人の生徒が集められたのは、古くてボロボロの木造校舎だった。
教壇の女生徒「ただの犯罪者ではない。重大かつ広範囲に被害をもたらす凶悪犯だ。
諸君は未来囚という極めて特殊な立場となった。
よってここ……隔離矯正クラスで特別カリキュラムを受けてもらう」
久遠ユウ(くおんゆう)は突然の宣告を受け止めきれず、呆然と宙を見上げた。
ユウ「えーと……」
どういう感情をいだくべきか、わからない。
わからないが、期待に膨らみ舞い上がっていた気持ちが、しぼんでいったことは確かだ。
ノクス(ケケケケケ……どうせそんなこったろうと思ってたぜ)
ユウ(……ノクス。ちょっと静かにしてて)
教壇に立った女生徒は、自分以外の17人を見渡した。
呆然と宙を見上げる者、不満の表情を浮かべる者、顔を隠してうつむく者……
これが本当に凶悪な犯罪者の素養を持った者達なのだろうか?普通の少年少女に見える。
教壇の女生徒「詳細な説明を始める前に、全員に自己紹介をしてもらう。
曲がりなりにも、諸君は新入生でクラスメイトなのだからな。
私は天宮エレナ(あまみやえれな)。学年は2年だが、ゆえあって諸君の矯正プログラムを管理監督することになった。
異能力は---」
エレナはおもむろに教壇のペン立てをつかむと、頭上に放り投げた。
十数本のペンがバラバラに舞い上がって……一瞬の後、全てのペンがエレナの右手、指の間に挟まれていた。
エレナ「異能力は加速。自分の速度を上げることが出来る」
異能力。
超常の理によって通常の物理法則をねじ曲げる力。
ここ、アカシア異能学院は、優秀な異能力を持つ生徒を全国から集める特別訓練校だ。
つまり、ここにいる18人は全員何かしらの能力を持っていることになる。
エレナの曲芸じみた自己紹介に、教室が少しざわついた。
ユウ(さらっと言ってるけど、すごい能力じゃ……?)
ノクス(ああ。”当り”の能力だ)
異能力の種類は自分で選ぶことは出来ない。
どういった訳か、個人それぞれに異なった特別な力が発現する。
だから優秀で人生を好転させる”当り”の能力もあれば……
エレナ「次。そこのお前、起立して自己紹介しろ」
一番前の隅に座った、内気そうな少女が身体をビクッと震わせた。
先ほどから両手で顔を隠し、うつむいていた少女だ。
おそらく、泣いていた。
内気そうな少女「あ…あ……」
エレナ「起立だ」
エレナの有無を言わせぬ物言いに、少女はおずおずと立ち上がった。
内気そうな少女「あ……」
少女は声が出せず、怯えた表情で周囲を見回した。
そして、自分に集中する視線にさらに困惑しておどおどと立ちすくんだ。
優しげな青年「まあまあ!……彼女の順番は落ち着くまで待ちましょう」
少女のとなりの関に座っていた、青年が声を上げて立ち上がった。
穏和な顔をした青年だ。好青年を絵に描いたような爽やかさ。
そっと少女の背中に触れて、席に座らせる。
優しげな青年「僕は芹沢トーマ(せりざわとーま)と言います。
トーマと呼んでください。
憧れのアカシア異能学院に入学したと思ったら、こんなことになって、かなり困惑しています。
あはは」
トーマは爽やかに笑った。
ユウ(優しそうな人だ。良かった)
ノクス(簡単に気を許すなよ。全員、犯罪者予備軍らしいからな。
……ククッ。お前も含めて、な)
ノクスは面白くてたまらないといった様子で、笑った。
エレナ「能力についても、説明したまえ」
トーマは一瞬、エレナの顔をじっと見た。
能力を隠そうとするのか、と、エレナは警戒したが、杞憂だった。
逆だった。
トーマ「よくぞ聞いてくれた……。フッ」
トーマは突然、手で顔を半分隠し、背骨よ折れよと言わんばかりにのけぞったポーズを取った。
トーマ「クリムゾン・コード!それは己の血液を分子構造レベルで再構築して操る能力ッ!
ヘモグロビンを硬質化させての刃はもちろん、血漿タンパクを分子間架橋しての凝固性防御壁!自己抗体を変質化した毒・煙などあらゆる形態が可能!
遠隔操作によって血液の弾丸を飛ばすことも!
しかし、リスクも存在する!」
エレナ「う、うむ……分かった。もういい」
突然スイッチが入ったように、ポーズをつけてまくし立てるトーマに、エレナは戸惑いの表情を浮かべた。
トーマ「新しい血液が作れる訳ではない!そのため、使いすぎによる貧血、失血死のリスク!
しかぁし!芹沢トーマはそれでこそ美しき自己犠牲の芸術と考える!
命を代価に己に神を宿し……」
エレナ「もういい!」
どこまでも続きそうな口上を、エレナは遮った。
トーマ「あ……すいません……
異能力のことになると、その、我を忘れてしまい……」
好青年の顔に戻り、トーマは恥ずかしそうに頭を掻いた。
ノクス(血が騒ぐってわけだ)
ノクスの言葉に、ユウは不覚にも吹き出した。
エレナ「つまり、血液操作か」
トーマ「クリムゾン・コード!」
エレナ「次の者からは簡潔に述べるように。次!」
トーマの自己紹介によってほぐれたのか、先ほどよりは教室内の空気が和やかになったように、ユウには感じられた。
そのまま席順に自己紹介が続く。
さすが、異能エリート校のアカシア異能学院というべきか、だれの異能力も優秀で強力で、魅力的だった。
いわく、雷を発生させる、いわく、空気を操る、いわく、視線の先を爆発させる……
ユウは自分の順番が近づくにつれ、だんだん胃が痛くなってきた。
エレナ「次」
ユウの番だ。
ユウは観念して立ち上がった。
ユウ「えと……久遠ユウです……」
こいつが、久遠ユウか。
エレナは、気弱そうに背を丸めて立つ、ユウを注視した。
********
エレナ「おばあさま……これが、隔離矯正クラスの名簿、ですか?」
エレナは手渡された紙の束をめくった。
それは、17人の少年少女の名前と簡単なプロフィールが書かれている。
エレナにおばあさまと呼ばれた、気品を感じさせる老婆は、ティーカップを手にうなづいた。
老婆「エレナさんには苦労かけるわ。その子たちを導いてあげて」
エレナ「問題ありません」
固い声で返答したエレナに、老婆は少しだけ悲しそうな笑みを返した。
エレナは真面目な顔で名簿を読み込んでいる。
エレナ「おばあさま。質問があります」
老婆「はい、どうぞ」
エレナ「それぞれのプロフィールに、手書きで加えられているこの数字は、何の数字でしょうか?」
老婆「それは私が予知した、未来の被害者数です。その子が将来、奪ってしまうかも知れない命の数」
エレナは驚いた表情を見せて、もう一度資料を見返した。
そこには、2桁後半から3桁の数字が書かれている。暑いわけでもないのに、エレナの額に汗が浮かんだ。
これから私が相手にするのは、とんでもない凶悪犯候補、というわけだ。
資料をめくるエレナの手が止まった。
エレナ「1人、とんでもない者がいますね……」
久遠ユウ。取り立てて特徴があるようには思えない彼の資料には、書き殴ったような乱れた字で、80億と書かれている。
それはおおまかに世界の人口と等しい数だ。
老婆「もし、予知通りになってしまったら、その子が人類が滅亡させる、ということになるわ」
エレナ「そんな……どうやって……?」
老婆は悲しげに眉を寄せた表情を作って、首を振った。
老婆「分かりません。
予知は断片的で不確実……でも根拠は必ず存在するわ。
ごめんなさい。もうちょっと詳しいことが分かれば、苦労させることもないのだけれど……」
彼のプロフィールの異能力の欄には、不明、とだけ書かれている。
どんな異能力なら、人類を壊滅させるような事が可能だろう?
エレナには思いつかなかった。
エレナ「いえ、充分です。要注意人物として対処します」
老婆「……忘れないでね。
この子たちはまだ罪を犯した訳ではないの。
無限に分布する未来の中で、極端に大きな被害をもたらす可能性のある子どもを選別しただけ……」
老婆は悲しげな表情を濃くした。
老婆「予知を根拠に、逮捕することも、もちろん処罰することも出来ません。
私に出来るのは、自分が理事長を務めるこの学園に、無理矢理、特別教室を開講して更生の機会を作ることくらい……」
エレナ「おばあさま……」
老婆「そして、信頼できる孫娘を送り込むこと……ね」
老婆はエレナの肩に手を置いた。
エレナは頼られたことが嬉しくてたまらない、というような表情を浮かべたが、すぐに固い無表情に押し込めた。
老婆「頼むわね、エレナ」
エレナ「おまかふぇ……ください!」
隠しきれないニヤけた口元から嬉しさがこぼれ出た。
老婆は孫娘のかわいらしい一面に、笑みをこぼした。
秘書「理事長、そろそろお時間が……」
じっと老婆の後ろに控えていた、黒スーツの秘書が老婆に声をかけた。
エレナと老婆は目を見合わせ、老婆がしっかりとうなづく。
エレナ「失礼します」
エレナは理事長室から退室しようと立ち上がった。
心なしか、足取りが軽い。
秘書が扉を開けた。エレナは廊下に出たところで振り返り、深々と頭を下げた。
扉を閉める際、秘書が一言つぶやいた。老婆には決して届かない、しかしエレナには確実に届く小さな声。
秘書「一族の面汚しが」
扉が閉まる。
少しの時間、エレナはその姿勢のままじっとしていた。
次に顔を上げた時、その顔は再び固く、口元は強く結ばれていた。
********
ユウ「えと……久遠ユウです……」
エレナはしっかりとユウを見据えた。
気弱そうで、やや小柄な少年だ。
尊敬する祖母の予知がなければ、この少年が犯罪者になるなんて、エレナにはとても信じられなかっただろう。
ましてや、人類を滅亡させるなどと。
ユウ「……田舎の村に住んでいました。
全校生徒3人の学校だったので、こんなにたくさんの、その、友達が出来そうで、嬉しいです」
気恥ずかしそうに視線を宙にさまよわせている。
エレナ「能力は?」
ユウ「その……能力……能力、は……」
そう、それが聞きたい。
人類滅亡の手段を。
エレナはわずかに身を乗り出した。
ユウ「えっと……その……」
注意して聞いていなければ、いや、注意していたとしても聞き逃しそうな、小声だった。
ユウ「……幻聴……です……」
エレナ「……は?」
ユウ「頭の中に、変な声が聞こえる……能力、です」
ノクス(ひひっ、ひぃーっひゃっひゃっひゃっ……)
頭の中の変な声、ノクスは笑い転げた。
エレナ「……それだけ……?」
ユウは羞恥で顔が赤くしながら、うつむいた。
ユウ「……だけ、です……」
幻聴で人類をどう滅ぼすというのか。
エレナは思わず吹き出しそうになった。
エレナ「……それは、また……能力と言うより……ぷふっ……病気の症状だな……」
エレナの言葉を皮切りに、どっと教室内に笑いが広がった。
トーマ「……」
ただ一人、トーマだけが、けげんそうな表情を浮かべていた。
エレナの自己紹介、ペンを投げて片手で受け止めるパフォーマンスですが……
実はこっそり、鏡の前で練習してます。