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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第7章「『田園調布の魔女』メリア・スプリンガルド」
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7-8


滝川が光の粒となって消えていく光景を見た時、俺は全身から力が抜けていくのを感じた。あってはならないことが起きてしまった。

俺は自分の見通しの甘さを心底悔いた。迎撃計画にはそれなりの自信があった。しかし、こんな事態は――「マナキャンセラー」を破られる事態は想定していなかった。


佐藤を交え、ペルジュードの連中がイルシアに来た際の立ち回りは昨晩綿密に話し合っていた。べルディアが説得に応じる可能性はほぼないが、彼を殺すことは躊躇するだろうというのが佐藤の見立てだった。

それを利用してイルシア城壁外で待機している自衛隊――滝川の到着までの時間を稼ぐというのが作戦の骨子だった。魔法の存在を加味しても、自衛隊の武器は異世界のそれを遥かに凌駕する。サブマシンガンなど重火器への対応策はないと俺は思い込んでいた。それが1つ目のミスだ。

奴が恩寵の力を身に纏わせ、「自分に飛来する全ての物質を消す」ことができるとは全く考えもしなかった。いかにべルディアが化け物とはいえ、そんな恩寵の運用ができるというのは想定外も想定外だった。


そして、俺は「切り札」である「マナキャンセラー」を過信してしまっていた。こいつは周囲10mほどの全ての魔法を使えなくさせるという代物だ。

べルディアは肉弾戦でも十分すぎるほど強いが、あの「消す力」の恩寵がなければ自衛隊なら何とでもなる。特にあの滝川という男は、白兵戦ではべルディアにも劣らないと聞いていた。問題なく捕縛できると思い込んでいたのだ。


しかし、奴は……恐らくは生命力を魔力に変えている。


命——魂を削ることで短い時間だが魔力を爆発的に増大させる術を、俺は知っている。そして、それを使えば「マナキャンセラー」の効力は破れる。それは3年前に経験していたはずのことだった。

だが、そんなことはしないだろうと俺は無意識のうちに考えてしまっていた。人間、命を大幅に削る勇気などそうそう持てないのだ。そして、そもそもその術を知るものはほぼいない。だから、「マナキャンセラー」を発動した時点で俺は油断してしまっていたのだ。


「クソォッッ!!!」


俺は自分への苛立ちも込めて叫んだ。鞘から「封魔の剣」を抜き、半身で構える。

べルディアは俺を一瞥し、そのまま目の前の自衛隊員に殴りかかった。パンチのヒットと同時に、1人、2人と光の粒になって消えていく。


「皆逃げろっ!!!俺がここで止めるっっっ!!!」


べルディアが振り向き、俺の方へと右手をかざした。即座にバックステップで「消失の光」をかわす。ホールの床には小さいが深い穴が開いた。


『べギル、連中に構うな。ジュリ・オ・イルシアの元へ』


『了解』


巨体の男が大階段を駆け上がる。しまった!!?


『させませんわ!!!』


飛行魔法を使ったのか、長い黒髪の女が扉の前に立ちはだかる形で舞い降りる。それに続いて、小柄な少年も扉の前に立った。


拘束イルカンジアッ』


『ぬうっ??』


女が印を結ぶと、巨体の男の動きが僅かに鈍くなった。その刹那、俺は強い殺気を感じる。べルディアの右ストレートが、俺の目の前を通り過ぎた。


「ちいっ!!?」


向こうの戦況など気にしていられる状況にはない。こっちは一発食らったら即終了だ。しかも体術は向こうの方が数段上と来ている。マトモに戦ったら勝ち目なんて全くないっ!


俺は咄嗟に足元をゴムへと変え、大きく跳躍した。即座にべルディアの右手がこちらに向けられる。空中では避けにくいと思ったかっ!

俺は「封魔の剣」をロッド代わりに奴へと向ける。同時に奴を中心とした半径3mが大きく陥没した。


「なっ!?」


奴は態勢を崩した。俺はそのまま奴の足元をゼリーへと変える。飛行魔法で脱出したのか、奴は飛び出しそのまま俺の前方10mほどでホバリングした。


『空中ならその得体の知れない『恩寵』は使えまい』


忌々し気な目でべルディアが俺を見る。


「……そうでもねえぜ」


俺は「封魔の剣」を天井へと向けた。ゼリー状に変化させられた大理石の天井が奴の頭上に降り注ぐ。俺はその素材を、ゼリーから元の大理石に戻した。即席・俺流の「ストーンシャワー」だ。


『小賢しいっ!!!』


奴はそれをそのまま受けた。「消失の力」でそれらが身体に当たる直前で「消している」のだ。勿論、これで何とかなると思っているわけじゃない。


べルディアが俺に向けて突っ込んできた。時間を加速させているわけでもないのに、凄まじいスピードだ。そして、俺に受けるという選択肢はない。逃げるしかないのだ。


「だあっ!!」


俺はそれを天井へと上昇する形で避ける。すぐさまべルディアが追ってきた。その差はすぐに縮まる。これは流石にまずいかっ!?


だが、追いつかれる寸前で俺の頭は天井に触れた。「錬金術師の掌」で天井をゼリーへと変えると、そのままの勢いで俺は王城外に飛び出す。

べルディアはというと、追って来ていない。……やはりだ。


あいつは「消失の力」を身に纏ってはいる。だが、恐らく身体の周囲精々数センチだ。つまり、天井を一気に消すことはできない。多分、それができるのはあの右手経由で力を使った時だけだ。

そうなると、奴の取り得る選択は2つ。俺を諦めてさっきの男に加勢するか、このまま追って来るかだ。


あの女と少年はどちらも大した魔力を持っている。だが、べルディアを何とかできるほどじゃない。もし前者の手段を取られたら、かなりキツい。だが、俺は奴が追って来る方に賭けた。奴にとっても、俺の存在はなるべく早く消しておきたいはずだ。


固唾を飲んで待っていると、10秒ほどして俺が抜け出した辺りが一気に消えた。そしてそこから、べルディアが恐ろしい勢いで飛び出してくる。


『逃げて勝てると思ってるのか』


「……思ってるぜ」


俺は再び「封魔の剣」を構えた。同時に、再び奴が特攻を仕掛けてくる。……かかった!!

右手を振りかぶり、剣を奴に投げつけた。剣は奴に当たる前に消え……ない。消えるわけがない。何故ならばその剣は、全ての魔法的存在を拒絶する「反魔力デバイス」だからだ。勿論、「消失の力」など封魔の剣に効くはずもない。


その事実に目を丸くした奴は、右手でそれを弾いた。弾き飛ばされた剣は、そのまま王城に当たり地面へと落ちていく。


『何の悪あがきだ』


「悪あがきじゃねえぜ。……お前の負けだよ、ムルディオス・べルディア」


訝し気な表情をべルディアは一瞬浮かべる。すぐにその顔は驚愕で歪んだ。


『なっ!!?』


剣を弾いた右手には、小さい切り傷ができていた。こんなのただのかすり傷に過ぎない。……普通の剣ならば。



だが、この剣の場合は違う。傷口からは、魔力が流れ出す。

そして、こんな小さな切り傷でも十分なのだ。何故ならば……



『ぐおおおっっ!!!?』



べルディアがいきなり苦悶の叫びをあげた。そして茶色の髪がみるみるうちに白髪へと変わっていく。


読み通りだ。寿命と引き換えに手にしたあんな無茶な魔力など、数分も維持できない。それは経験上分かっていることだ。

そして、無理矢理膨らんだ魔力の器に少し傷をつければ、パンパンになった風船が破裂するがごとく一気に衰弱する。そうなれば、あとはこっちのものだ。


力尽きようとするべルディアは、王城の穴から落ちていく。まだ飛行魔法をコントロールできているのか、自由落下という感じではない。俺はそれを追った。



だが、王城内部に戻った俺が目にしたものは……



「グオオオオオオオッッッッ!!!!」



「死病」を発症したと思われる大男が、無差別にその触手を振り回している姿だった。




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