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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第7章「『田園調布の魔女』メリア・スプリンガルド」
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7-6


「すまねえな、集まってもらって」


テーブルの中央に位置どったユウが、会議の参加者を見渡す。


会議室には「休養中」というジュリを除くイルシアの主だった面々と、こちら側世界の関係者の多くが集まった。東京で折衝中の大河内議員と、横浜の病院にいる町田、ノアはリモート参加だ。


「まず初めましての連中も多いから自己紹介だ。俺は高松裕二という。こんななりしてるが、一応生まれはこっちの世界だ。なろう系でよくある『転生者』って奴だな。厳密にはちと違うんだが、そこの説明は省くぜ。

既に町田かノア経由で話が行ってるかもしれねえが、俺もイルシアに用があって転移してきた。目的はペルジュードの連中と一緒で、『御柱』ジュリ・オ・イルシアの連行だ。死病対策ってことだが、勿論連中と違って平和裏にやろうと思ってる」


最強硬派のガラルドがユウを睨みつけた。


『ならば俺たちの敵ってことだな、ああ?』


「落ち着けよ。俺は平和裏にやるって言ってるし、そもそも今はここで喧嘩してる場合じゃねえだろ。

話を元に戻すぜ。俺はカルディアって国の使者だ。家はエビア大陸のヴァンダヴィルってとこにあるが、支援要請がこっちにあってね。ノア・アルシエルの母親、ランカ・アルシエルに頼まれてこっちに来たって次第だ」


ゴイルが小さく頷く。


『その旨は聞いておる。儂としてはお主の助力、頼もしく思うぞ』


『ちっ』というガラルドの舌打ちを無視してユウは話を続けた。


「あんがとよ。あんたが宰相のゴイルだな。ノアからは話聞いてるぜ。

んで、早速本題に入らせてもらおうか。これは完全に想定外も想定外だったが、このイルシアのある大府集落にはどうも向こうの世界と通じる『通路』があったらしい。あの魔女——メリア・スプリンガルドって言ったか。あいつがほとんど閉じていたそれを無理矢理広げようとしていたってわけだ」


『……それは全く初耳だぞ』


「だろうな。実際、何者かが大分昔にそれを『閉じていた』らしい。だからあんたらが今まで気付かなかったのも無理はないさ。

あのメリアって奴は多分『神族』——ジュリ・オ・イルシアに近い種族だ。んであいつは十分成熟しているからこそ『通路』の存在に気付いた。そして即座に閉じかかっていた『通路』をこじ開けにかかった……ってわけだ」


僕が「元の世界に戻るためだな」と言うとユウは小さく頷く。


「多分な。あんた、そこのとこの事情は知ってるのか」


「150年ほど前に彼女はこちらの世界に何らかの理由で来たらしい。そしてどういう事情かは知らないが日本に辿り着き、権力者を陰で操るフィクサーのような何かになっていたと聞いた」


市川が「補足させてもらいます」と手を挙げた。


「僕にはよく分かりませんでしたが、ジュリは彼女がネプルーン大陸の出身者だと言っていました。イルシアの人たち同様、こっちに逃げてきたらしいとも」


ユウが「ほお」と少し驚いたような声をあげた。


「ネプルーンか。道理で魔力の質に既視感があったわけだぜ。ひょっとすると、ポーラ・ジョルディアの親族か何かかもな……まあそれはいいや。

元の世界に戻りたいという理由はこれでよく分かった。そして、奴はその『神族』としての力を使って、魔力なしでも『通路』をこじ開けようとした。その結果があれだ。

あの牢は多分繋がれた奴の魔力を遮断する作りになっていたんだろうが、通路からあふれる魔力——異世界からの魔力を使ってあいつはそれを破壊した。その後の顛末は知っての通りだ。

魔力が十分『通路』経由で供給されたからこそ、あの女は『慢性死病』から来る戦闘力を十全に発揮できたってわけだ。まあ、それは俺もなんだがな」


「あの『通路』は、結局どうしたんですか」


「俺が破壊したよ。まあ、同じ方陣を作ればまた広げられるだろうがな。

直感だが、あれをずっと放置しておくのはかなりまずい。確かに異世界との行き来はできるだろうが、魔力が広がり過ぎて収拾がつかなくなる。あるいは、収拾がつかなくなる一歩手前ぐらいだったかもな。

実際、向こう側の『通路』はわけ分からん機械で滅茶苦茶制御されてる。それで『通路』がこれ以上大きくならないようにしてるってわけだ。あんな物騒な物は使わないに限る」


メリア・スプリンガルドはまた牢屋にぶち込まれた。魔力封じの牢は破壊されたから普通の牢だが、今の所大人しくしているらしい。ユウが「次やったらガチで殺す」と脅したのが効いたのだろうか。

この男は向こうの世界ではそれなりに名と立場のある工作員のような何かであるらしい。僕には戦闘のことなどさっぱり分からないが、あの怪物をあっさり沈黙させている辺り相当な手練れのようには見えた。そんな彼が「物騒」というのだから、余程の危険物なのだろう。


僕のノートPCに挙手のアイコンが表示された。大河内議員だ。


「一つ、いいか。君の言いぶりだと君はその通路の向こう側を知っているようだが」


「ああ。クレスポってとこにある。雪山の最深部で、しかも守護者の偏屈な野郎が近くにいる。今はたまに麓の街に下りてるらしいが、まあとにかくめんどくさい奴だ。

仮に、もし無事にこの『通路』を使って向こうの世界に出られても、俺の案内抜きじゃ氷漬けにされるのがオチだな」


「なるほど。それともう一つ、質問いいか。さっき機械とか何とか言ったな。向こうの世界の文明は進んでいるのか?」


「『通路』関連は古代文明の遺物だからな……こっちの世界より数段進んだレーダーシステムやら瞬間転移システムやらは一部にあるが、基本的にはエビアは20世紀前半ぐらいだと思うぜ。メジアはもうちょい文明レベルが低い……ってこれは失言だったか」


ゴイルが苦笑し『気にせずともよい』と言うと、ユウは「すまなかったな」と言って話を続けた。


「まあ誰が何のためにそんなものを作ったのかはよく分からねえが……逆にこっちの世界の『通路』を塞いだ人間もまたいる、ってことにはなる。

それでも極々小さい穴みたいなものはあって、それがこの一帯の魔力を高めているっぽいんだがな」


市川がハッとした表情になった。


「まさか……僕の魔力が高いのも、ひょっとして……」


ユウが訝し気な表情で市川を見る。しばらくして軽く首を横に振って「気のせいか」と呟いた。


「何が気のせいなんですか」


「いや、俺の知っている奴に魔力の質が少し似てたんでな。ただ、同一のものじゃない」


「知ってる奴?」


「そこは時間のある時に2人きりになることがあったら話す。ただ、基本気のせいだろうな。変なことを言って悪かった。

話を元に戻すぜ。とにかく、このイルシアの戦略的重要性は思っていたより遥かに高い。そして、ここ経由で向こうの世界に行くことができるというのも重要だ。

さっき言ったように、メリアが勝手に広げたように『通路』を放置しておくのは滅茶苦茶にマズい。だが誰かが制御すれば、一応向こうに行くことは可能だ。残念ながらイルシアのあるメジアじゃないし、俺抜きで行くのは自殺行為に近いが」


僕はゴクリと唾を飲み込んだ。これは日本にとってとんでもない好機かもしれない。

少なくとも、イルシアの連中を排除しようとする政府内の勢力には牽制になるはずだ。退陣寸前の石川首相が聞いたら、喜んで飛んできそうな案件でもある。


ただ、これには一つ重大な前提がある。


「『通路』を広げられるのは、メリア・スプリンガルドだけか」


僕の問いにユウは目をつぶって押し黙った。


「現状ではな。あるいはジュリ・オ・イルシアなら可能かもしれないが……」


ゴイルが『難しいでしょうな』と首を横に振った。


『あの御方はまだ『完成』されてはおらぬ。そして、あの御方自身もそれを拒んでおる』


『だから『継承の儀』を完遂すべきと申し上げたではありませんか!』


叫ぶシェイダに『ならぬよ』とゴイルは否定した。


『あの御方の御心が何にも優先される。少なくとも無理強いはすべきではないのだ。

とにかく、そうなると我らの帰還の鍵はかの『魔女』が握っておるということになろうな。本来なら再び大転移魔法が使えるようになるまで待つという方向だったが……』


「まあ、そういうことになるな。この馬鹿でかい城はここに残すことにはなるが、単に帰るだけならできなくはない。

ただ、帰還先はクソ寒い雪山の中だし、そもそも大陸自体が違う。その話はかなり慎重にやらないといけねえだろうな。

んで、ここからが本当の本題だ。……ペルジュードがここに来た際、何よりも守らなきゃいけねえのが2人に増えたってことだ。『御柱』ジュリ・オ・イルシアは勿論、あの女も保護しないといけねえ。元の世界にほぼノーリスクで戻れると知ったら、間違いなくあいつらは利用に動くぜ」


「帰還にリスクなんてあるのか」と訊くと、ユウは左手首の腕時計のようなものを見やって小さく頷いた。


「俺は一人だけで来たから、この使い捨ての『帰還デバイス』を使えばいい。ただ、こんなもん連中が持っているわけがない。こいつは古代文明の遺物の改造品で、ほぼ唯一の品だからな。

連中が戻るとしたら、多分自分の命、それと周りの命と引き換えにジュリ・オ・イルシアを連行しにかかるぜ。そういう方法がないわけじゃねえのは知ってる。

あるいは向こうから単独で転移できる奴——『大魔卿』を待ってるのかもしれねえがな。それにしたって帰還には命を削る可能性が高い。だからこそ、あの女と接触させちゃいけねえんだ。

あの女にとっての最優先事項は『元の世界に戻ること』だ。今は俺の脅しでこっちに従ってるが、仮にそれが効かない状況になったらあいつは確実に裏切るぜ」


「そうなると、防衛体制の再構築が必要ということか」


「そうなるな。とりあえず、外に待たせている佐藤とまずは説得を試みることになるが……守りはジュリ・オ・イルシアだけじゃなく、『魔女』にも手厚めにした方がいい。

多分、外でこの一帯を包囲してる自衛隊はあんま意味をなさない。俺なら空から来るね」


僕は頷いた。隣にいるアムルも同じことを言っていた。正直、水際で何とかするしか手がなさそうではあった。



その時、外が騒がしくなった。



『て、敵襲ですっ!!!』



会議室に緊張が走った。こう言っているそばから来やがったか!!




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