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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第7章「『田園調布の魔女』メリア・スプリンガルド」
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7-4


日は徐々に高くなろうとしていた。結界越しにも、上空をヘリが飛んでいるのが分かる。僕はカーテンを閉め、改めて目の前のPCに視線を移した。


やるべきことは山積している。日本政府との調整、秩父市との折衝。そしてイルシアのPR戦略の構築。どれもそれだけで身体が一つ必要になりそうなほどの重要ミッションだ。

勿論、そんなもの全て僕一人で処理できるはずもない。幾許かは大河内議員や山下に丸投げし、重要な物に今こうやって対処している。それでも、迫る時間の中でやれることは限られている。


焦りと疲労で圧し潰されそうになるのを、僕は特注の栄養ドリンクを口にすることで誤魔化した。猛烈な甘さと刺激が舌に伝わり、それだけで目が覚める。

これは「エリクシア」の模倣品だが、僕たちこっちの人間にも効果があるらしい。これに加えてアムルに魔力を与えるための薬——「ソルマリエ」も口にし、無理矢理流し込んだ。


アムルはというと、部屋に備え付けてあるベッドで寝息を立てている。勿論手は出していない。そんなことをするような状況でもない。

昨日、メリア・スプリンガルドを拘束するのに彼女は相当な魔力を使ってしまった。僕経由で何とか補充はしたものの、やはり相当疲弊していたらしくすぐに深い眠りに入ってしまった。

僕自身の体力も削られたが、まだマシなのは例の薬のおかげだろうか。ただ、これからあの魔女を枷から解き放つことを考えると、正直不安しかないのも確かだった。


『ん……』


アムルが目を覚ました気配がした。僕は「エリクシア」の模倣品が入ったグラスを手に取り、彼女の元に向かう。


「起きたか、具合はどうだ」


『……そこまで悪くはありませんわ』


と言っておきながら、その声には力がない。僕は無言でグラスを彼女に差し出した。


「とりあえずこれを飲んでくれ。少しはマシになる」


『……ありがとうございます』


コク、コクとアムルは少しずつ飲み薬を口にする。僕はそれを見て、軽く息をついた。


「無理をするな……と言っても無理をするのだろうな、君は」


『私にしかできないことですから。ペルジュードは、まだ』


「ああ。こちらには連中が現れたという報告は来てない。どこかにいるのは間違いないんだが」


彼女は少し厳しい表情になって、視線を落とした。


『彼らはどこに……』


「分からない。少なくとも網にかかってないのは間違いないが、思いつく方法はあるか?」


『隠密魔法と飛行魔法の合わせ技なら。地上でどんなに関所を張っていようが無駄ですわ。ただ、魔素の薄いこの世界でやるとなると魔力欠乏症の危険性と背中合わせにはなりますわ。いかにペルジュードとはいえ、かなり危い方法かと』


「魔力欠乏症のリスクか……」


それは今僕たちが背負っているリスクでもある。少し魔法を使うだけで生命の危機になるというのは、取れる選択肢を狭めることになるはずだ。

逆に言えば……魔力欠乏症にならない方法を、彼らは採っているのだろうか?


そのアイデアをアムルに伝えたところ、ハッとした表情になった。


『……できなくはないかもしれませんわ』


「何だって?」


『ペルジュードの一員、エオラ・フェルティアならあるいは。彼女は私同様『誘惑カイルペリア』の使い手と聞きます。それを使って下僕にした人間の生命力を吸い取ることができるのなら……』


「……吸い取る?つまり、殺しているってことか」


『恐らく。そして、魔力を十分に得たエオラが隠密魔法を残りの2人にかければ、さっきの方法での移動は不可能ではないですわ』


僕の背中に冷たいものが走った。すぐに大河内議員経由で知った岩倉警視正に電話をかけ、不審死が東京市部か神奈川、あるいは埼玉県に発見されてないかを聞いた。

アムル曰く、ミイラのような死に方になっているからすぐにそれと分かるらしい。果たして、電話から数分後に折り返しがあった。町田市、青梅市とそれに相応する男性の遺体が見つかったという。


「……ビンゴだな。ただ、飛行魔法といってもどこまで行けるものなのか?」


『そこまでは。だからこそ『補給』が必要なのですわ』


町田、青梅と確実に連中はこちらに近づいてきている。とすると、次は……飯能辺りかっ。


僕は急いで岩倉警視正に一報を入れる。「協力助かります」と、すぐに厳戒態勢を敷くと告げられた。

とはいっても、もう手遅れかもしれない。そして、もし空中から来るとすると……地上の防衛線は、何の意味もなさない。


「極めてまずいな」


全身から汗が噴き出るのを感じた。もはや、一刻の油断もならない。


「アムル、一度魔女の様子を見に行こう。こちらも準備が必要になる」


『分かりましたわ』


地下牢に向かおうとすると、市川とすれ違った。彼も丁度魔女の様子を見に行っていたらしい。


「何か異変はあったか?」


「何かニタニタしながら訳の分からないことを言ってましたが……メジア語でもないみたいで、何とも言えないです」


「……何だか気味が悪いな」


アムルを見ると、少し顔が青ざめているように見えた。「どうした」と訊くと、少し考えた後に口を開く。


『妙な魔力の流れがある気がするんです』


「……?どういう意味だ」


市川と一緒にいたシェイダという女も首をかしげている。確か彼女が、この国の魔術部門のトップだったはずだ。


『アムル、説明してくれないかしら』


『極々僅かなんですけど、魔力がどこかから噴き出している感じがするんです。多分、地下の方から』


『そんなの私も感じなかったわよ?』


『多分、私かノアか、御柱様でないと気付かないぐらい極々小さな変化なんです。こんなこと、これまでなかった』


『……まさか、あの魔女が何かしたというの?』


『かもしれません。それを確かめに行きます』


僕たち4人は地下牢へと向かった。魔女はまだ牢に繋がれたままだ。奴はニタリとこちらを見て笑う。


『……魔力が、強まってる』


シェイダの顔色もさっと変わった。


『あの女、何をしたというの!?』


『分かりませんっ、でもこのままじゃマズいです!』


何が起きているのか、魔力なんて感じ取れない僕にはさっぱり分からない。ただ、何か緊急事態が起きているのはすぐに分かった。

アムルが両腕を組み前に突き出す。『グエッ』という叫びと共に、魔女が何か縄か何かで縛られたように身動きが取れなくなった。そして、シェイダが魔女の足元にある何かに気付く。


『これはっ……!??』


『シェイダさん、何があったんです??』


『ごく簡単な方陣よ……ただ、どこからか魔力が溢れてくるような、未知の仕組みになってる。私じゃこれを封じられないっ』


『え??』


『どういう理屈か分からないけど……こいつ、まさかっ!!?』



その次の瞬間、「ビキビキビキッ」と何かが割れる音がした。



……そして。



ドゴォォッッッ!!!



「うわっ!!?」


『キャァッッ!!?』


牢には、自力で枷を外した魔女――メリア・スプリンガルドがニタリと笑みを浮かべて立っていた。


『妾をよくも封じてくれたのぉ……このツケ、高くつくぞ』


『させませんわっ』


アムルが印を強く結ぶ。『ほぉ』と魔女は余裕の笑みだ。


『そうか……この『経路』を開いたことでそなたらにも魔力が供給されたわけじゃな?じゃが、この程度』


『むん』と力を入れると、魔女の近くにいたアムルとシェイダは弾き飛ばされた。あまりのことに、僕と市川は唖然としたまま立ち尽くすだけだ。


「な……何をした」


『一度何者かが封じた『経路』を、方陣を使って広げただけよ。この場であれば、妾の魔力がなくとも方陣さえ描ければゆっくりと『経路』は開けると思うておったわ。

そして、この『経路』さえあれば……妾は全盛期の力を取り戻せる。そしてそなたらの力など借りずとも元の世界に戻ることができるのじゃ』


「……は??」


魔女は嘲笑を浮かべる。


『何も知らぬのじゃな。まあ、そなたらこの世界の人間は与り知らぬことよの。そして、この愚かなイルシアなる国の連中もこの土地が何であるか知らぬと見えた』


「この土地?一体ここに何の秘密がある?」


『ククク』と愉快そうに笑うと、メリア・スプリンガルドは僕たちを一瞥した。


『まあ良い。知ったところですぐにそなたらには消えてもらうつもりじゃからの。妾を虚仮にした報い、しっかりと受けてもらうぞ!』


魔女が構えたのを見た市川が「まずいっ!!」と叫んだ。弾き飛ばされてしゃがみこんでいるアムルやシェイダの顔もひきつっている。

僕には分からないが、何か最悪な事態が起きようとしているのは確かだった。


『では去ねっっっ!!!』


魔女が叫んだその瞬間、彼女の足元が大きく揺らいだのが見えた。バランスを崩した魔女は、そのまま派手に後ろへと倒れ込む。

地下牢入口に、人の気配がした。そこにいたのは、ニット帽に褐色の肌の男だ。その後ろには、初老の男性もいる。



「間に合ったみたいだな」




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