7-3
「シェイダさん、彼女を診て頂けませんか」
僕は魔術師団の団室に入ると、山下さんのお母さんを下ろした。シェイダさんは訝し気な視線を僕に向ける。
『私?それに、その女性は』
「気になる所があるんです」
山下さんのお母さんはぐったりとしている。意識も呼吸もあるけど、まるで人形か何かのような感じだ。
シェイダさんは渋々といった感じでしゃがみこんでいる彼女の側にやってくる。シェイダさんと僕との関係は良くない。ガラルドさんほどではないけれど、僕とジュリが国の中心にいるのを快く思っていないのだ。
それでも根が真面目な人なのだろう、頼み事はちゃんと聞いてはくれる。少なくとも、イルシアの平穏が守られているうちは自分から反旗を翻すような人ではないと僕は直感していた。
手を山下さんのお母さんの頭の辺りにかざすと、シェイダさんの表情がサッと変わった。
『……これって』
「やっぱりシェイダさんもおかしいと思いましたか」
『……魔力がゆっくりとだけど増大している……この人、こっちの世界の人間じゃないの?』
やはり気のせいじゃなかった。
この人は、イルシアの人たちに近い水準の魔力を持っている。
ジュリの力を分け与えられて気付いたことがある。この地域の人たちは、大なり小なり魔力を持っている。少なくとも、完全にこの大府集落と関わりのない綿貫さんや大河内さんに比べたらはっきりとした違いがある。
ジュリが魔力を多く使う「認識改変」を僕のお祖母ちゃんにかけた時、ジュリがそれほど消耗してなかった時点で気付くべきだったのだ。つまり、ジュリは少しの魔力でお祖母ちゃんの認識を変えられたということになる。
それはひいては、元々お祖母ちゃんに魔法の資質があったからに他ならない。あの時は全然そのことに気付かなかったけど、ジュリに魔法の力を目覚めさせられた今なら分かる。恐らく、この一帯がかなり特殊な地域なのだ。
山下さん一家がこの集落に関わりのある人なのかは知らない。ただ、目の前にいる山下さんのお母さんは明らかに普通じゃない量の魔力を持っている。そして、それは何故か膨らみ続けている。
「……れっきとしたこの世界の人です。彼女に何が起きているんですか」
『魔力欠乏症の逆、魔力中毒。小さい子供がなりやすいとは言われてるわ。魔力を自分で制御できず、暴走を防ぐための自己防衛本能が働いた結果、生命力のほぼ全てが魔力を抑え込むために使われているというわけ。
多分この人は、何かのきっかけで魔力を膨らませてしまった。その結果、生ける屍みたいになっている』
「治すことは?」
『過剰な魔力を吸い取ればいいから、それ自体はそれほど難しくはないわ。ただ、その後が問題。彼女、こうなってから多分大分時間が経ってるでしょ?急に『目覚めた』結果、心が壊れる可能性はある』
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
『……ゆっくりと彼女の中にある処理しきれない魔力を除去していくしかないわね。ラピノ、ちょっと処置お願いできないかしら』
猫耳の小柄な少女が『かしこまりましたにゃっ』と敬礼する。そしてそのままぐったりとしたままの山下さんのお母さんを運んでいった。
「それにしても……どういうことなんだろう」
僕は腕組みをした。この辺りの一帯の人たちに、妙に魔力があるのは多分間違いない。そして、それは僕の魔力が異常値にあることとも関係しているのだろう。
でも、どうしてこうなっているのだろうか。そもそも、ジュリは僕を見つけたからここに転移したと言っていた。それは多分嘘ではないにしても、何かおかしい。
『私にはよく分からないわ。そうそう、ワタヌキが昨晩連れて来た男の子。意識取り戻してるわよ』
「本当ですか?」
『ついていらっしゃい。救護室にいるから』
王城一階の隅の方に、その部屋はあった。お香か何か炊かれているのか、スッと肺がきれいになるような香りがする。
柳田君は身体を起こして「市川??」と目を見開いた。ここに来た時の彼は意識が朦朧としていて、僕にほとんど気付かなかったらしい。
「無事でよかった……『田園調布の魔女』と一緒にいたって聞いたけど、どうして」
「『どうして』はこっちの台詞だ!何でお前がここにいるんだ!?そもそもここはどこなんだよ!?」
「話すとすっごく長くなる。ただ、君も異世界の存在は知ってるんじゃないのか?あの『魔女』と一緒にいたんだから」
「異世界……あの、綿貫議員が言っていた『イルシア』か。とすると、ここが……」
「うん。イルシアの王城。縁があって、今僕はここにいるんだ」
「縁……というかお前、その魔力は」
柳田君が魔力を感知できるのに少し驚いた。というより、彼もかなりの魔力を持っているようだった。あの「魔女」と一緒に暮らしていたというからには、それなりの何かがあるとは思ってはいたけれど。
「何か、元々持っていたみたい。色々あってこうなったけど……」
「確かにお前はボクと同じぐらいには魔力があった。教えて意味があるとは思えなかったから黙っていたが……いやしかし、頭が混乱する。ここは日本のどこなんだ」
「埼玉県秩父市の奥の方。イルシアの存在が明らかにされて、今日本中が大騒ぎになってる」
明らかにしたのは自分なのだけど、そこは敢えて黙っておいた。柳田君が反応したのは、意外な所だった。
「秩父……?」
「うん、僕も祖母がこっちにいたからここにいるという面はある。それがどうかした?」
「柳田家も元はこっちの出身らしい。それで先祖が、あの女に目を付けられた。以来、ずっとうちの家はあの『魔女』に囚われたままだ」
「先祖が?」
もちろんそんな話は初めて聞く。僕と柳田君は、遠い親戚だったりするのだろうか。何かもやもやしたものが自分の中に広がっていくのに気付いた。
「まあいいさ。あの魔女はどこに?」
「地下牢に繋がれてる。大丈夫、暴れないよう特別な魔法で縛ってるみたい」
「地下牢に?あの女をどうするつもりなんだ」
僕は言い淀んだ。ペルジュードの話を言っても、彼が理解できるのかどうか。
それに、あの魔女はとんでもない危険人物とは聞いている。柳田君が心配しているのもそこなんだろう。
日本語での会話が理解できずに訝し気に立っているシェイダさんを見た。もちろん「念話」を使って彼女が分かるように話す。
「あの魔女は、今どうしてますか?」
『今の所変な動きはないわ。彼女は『最後の切り札』ってことでしばらくはこのままにしておくつもり。
解放する時にはアムルが制御しながらになるわ。ただ、正直に言って不安もある。あれだけの魔力の持ち主を『魅惑』で操るとすれば、相当な負担になる。このままだと彼女の命も危険にさらしかねない』
そう言えばアムルさんも昨日はダウンしていた。あれからどうしたのだろうと訊くと、『ワタヌキが何とかしたみたいね』と返ってきた。綿貫さんも相当しんどいはずなのに、本当にすごい人だ。
シェイダさんは首を振って話を続ける。
『それでも、彼だけで何とかできるとも思えない。……協力者が必要よ』
「シェイダさんではダメなんですか?」
『私は魅惑を使えない。イルシアにそれを使えるとすればノアだけど……彼女も倒れてしまっている。メリア・スプリンガルドの解放は、現状では一種の賭けね』
柳田君が、ゴクンと唾を飲み込んだのが分かった。あの魔女との付き合いが長い彼には、彼女の危険性がよく分かっているのだろう。
「……やめるべきだ」
『でも、べルディアが来るならそのぐらいのことまで視野に入れないといけない。一番いいのは、このまま飼い殺しにしたままいなくなってもらうことだけど……』
それは多分難しいのも分かっていた。ペルジュードの残り3人の行方は未だに分かってないけど、恐らく今日中にはここに辿り着く。その時に犠牲者ができるだけ出ないようにするには、使えるものは全て使わないといけない。
ただ、不安は心の中にあった。昨日ジュリが言っていた『魔女はもう人ではなくなっているかもしれない』という言葉が引っかかったのだ。
「ちょっと、彼女の所に行かせてもらっていいですか」
『いいけど、ほとんどやることはないわよ』
「様子を見るだけです」
「ボクも行く」と立ち上がった柳田君だけど、まだふらついているので部屋にいてもらうことにした。地下牢に向かうのは、僕とシェイダさんの2人だ。
「封魔の牢」では、魔女がぐったりとした様子で繋がれていた。ただ……何故か気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「……アリュイ・ジーカ・ロサ……」
牢の器具で魔力を遮断されているからか、「念話」を使えない彼女の言葉の意味はさっぱり分からない。メジア語でもないらしく、シェイダさんも首を振った。
『何言ってるのかしらね』
「……ですね」
ジュリなら分かるだろうかと思ったが、彼女は今夕方の「同化の法」を控えて「繭の間」で寝ているところだ。今連れてくるわけにはいかない。僕らはそのまま踵を返した。
この時、彼女が話した内容を知ることができたなら……事態は大分変わっていたかもしれない。




