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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第7章「『田園調布の魔女』メリア・スプリンガルド」
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7-2


「てめぇ、どう落とし前付けるんだ、あぁ??」


ドスの聞いた声で俺に言うのは浅尾副総理だ。ヤクザもかくやというような凄み方に、流石の俺も冷や汗が流れる。

だが、ここで「すみません」とは言えない。綿貫のアイデアに乗った時点で、俺もルビコン川を渡ってしまったのだ。


俺は浅尾副総理の目を見据える。


「ではお言葉ですが申し上げさせてもらいますが。他にどういう手段があったんですか?イルシアを武力制圧しろと?」


「まだほとんど誰も連中の存在に気付いてねえだろ?それで騒動が起きて向こうの連中が一人か二人死んだとしても、法には問われねえだろうが。奴らは異世界人だ、何でこっちの法律を適用しなきゃいけねえ?」


「自衛隊に被害が出たら言い訳が利かないでしょう??ソフトランディングするなら、あそこでイルシアの存在を向こうからバラすのはそれほど悪くもないでしょう?

何より、ご丁寧にあのジュリという子は日本政府と協力関係にあるとも明かしている。『高度な政治的判断で情報を制限している』で通るでしょう??」


「ちっ」と浅尾副総理が舌打ちをした。


「分かってねえな。不法滞在外国人に対する風当たりが強いこのご時世だ、奴らを変に保護したりするとまた頭の悪い連中が騒ぎ立てるだろうよ。

そもそも『不法滞在』という一点においては連中もそう変わりゃしねえ。だからこそ、極力隠密理に話を進めるっていう話だったんじゃねえか?」


「彼らは埼玉の某市にいるような連中とは違います。むしろ限りなく難民に近い。それも、強制送還先のない難民です。

彼らを武力で制圧したら、それこそ左巻きの連中が黙ってないですよ?ただでさえ参院選で大敗した後です、民自党政権が揺らぎかねない」


「……4年生議員が偉そうに」


浅尾副総理は葉巻をくわえて首を振った。こういう時の彼は、冷静になろうとしている時だと経験則上知っている。

煙を吐き出し、しばらく考えた後で彼は口を開いた。


「まあ、振られてしまった賽子はもう投げ直せねえな。会談は予定通りやんのか?」


「そのつもりです。名目上は、『第一回会談』ですが」


「何で俺が行くんだって声も出そうだが……まあ、石川に行かせるわけにもいかねえか。総理辞任手前のあいつは、絶対にパフォーマンスに使いたがるだろうしな」


石川重治総理は、非主流派からのし上がった男だ。浅尾派をはじめとしたほとんどの派閥とそりが合わない。特に、故綿貫信平とは犬猿の仲だった。この件に息子の綿貫恭平が関わっていると知れば、必ずいっちょ噛みしてくる。


「でしょうね。まあ、幸いあまりの事態にあたふたするばかりのようです。小林官房長官は呆れ返ってましたよ」


「小林が総理ならこちらも喜んで協力させてもらうんだがな。まあ、石川に上げる情報は最小限にしろ。この件の権益は、全て俺たちがもらう。

んで、『異世界難民特別補佐官』にお前を任命する。副補佐官は綿貫だ。くれぐれも言っておくが、俺に隠し事はするんじゃねえぞ」


「……分かってますよ」


強欲な浅尾副総理は、なおもイルシアの全てを自分のコントロール下に置けると思っている。だが、それは多分間違いだ。

俺もできればイルシア関連の利権を手の内にしたいと思っている。だが、あの少女……ジュリ・オ・イルシアはなかなかの曲者だ。自分たちを「難民」ではなく「主権国家」としてアピールしようとしている。

そうなると、日本があの国の独立を認めるかどうかという話にもなる。基本的にはそれはあり得ない話だが、それでも相応の自治は認めざるを得ない。ジュリ・オ・イルシアはともかく、向こうには強硬な自治派がいると聞いている。連中の感情を逆なですることは避けたかった。


まあ、イルシア内部の統制はあの少女とそれに付き従っている市川少年に任せるより他ない。高校生にこんな国家の重要事を託すのは不本意ではあるが、彼女の信任を得ている彼が今や一番イルシアに食い込んでいる人物だ。

幸い、彼は高校生にしては頭が回る。綿貫が言うには、あの動画は市川少年の発案であったらしい。早速SNS上でジュリの美貌を受けた「イルシアブーム」が起きているところを見ると、それはかなりの効果を上げていると言わざるを得なかった。


浅尾副総理はまた葉巻をくわえた。そろそろ緊急閣議に出なければいけない時間帯だ。


「……で、例のペルジュードとやらは足取り掴めたのか」


「……いえ。とりあえず、秩父市を通る国道140号、299号、一応念のため近隣の254号にも関門設けていますが。無論、西部秩父駅、並びに秩父線沿線の駅にも警察は張り付かせてます」


「それでも今の今まで出てこねえのか。もう秩父に入って潜伏してるんじゃねえのか?」


「ホテル、漫画喫茶に確認を取りましたが、怪しげな外国人風の連中はいないと」


「……どうにも妙だな。そこは俺の専門外の領域だが、マジで頼むぞ。連中が暴れたら全て吹っ飛びかねねえからな」


葉巻を灰皿に押し付け、すっと浅尾副総理は立つ。「頼んだぜ」と言い残し、議員会館の浅尾肇事務所には私だけが残された。


べルディアたちの行方は杳として知れない。車で移動しているはずだが、タクシー会社に問い合わせてもそれらしき人物は確認できていないという。

小橋ジムの連中の協力も考えたが、それもどうもなさそうだった。駅の監視カメラでも映っていないとなると、これは思っていたより遥かに厄介な連中かもしれない。


俺はスマホで岩倉の連絡先をタップした。すぐに奴が出てくる。


「もしもし、早くからすまない」


「こちらこそすまない。ペルジュードの件だな、八方手を尽くしているんだが……」


岩倉の声は憔悴しきっていた。多分、マトモに寝ていないのだろう。それは俺もだが。


「そうか……心当たりはないか」


「捜査範囲を広げてはいる。流石に野宿しているとも考えにくいしな。べルディア——猪狩一輝は裏の世界にはそれなりに精通しているらしいから、誰かに匿ってもらっている線は否定できないが」


「だがお前はそうは思ってない」


「……まあ、その通りだな。木村会の高島を殺したのがペルジュードなら、ヤクザに頼るのは難しいはずだ。足がついていないにしても、疑われてはいるだろうから。

とにかく、奴らが向かう先が秩父市大府集落なのは疑いない。自衛隊と連携しながら、警戒態勢を取るより他あるまいよ」


岩倉の言う通りだ。現状、守りを固めるしか手がない。よりによって魔力を探知して動けるノア・アルシエルはまだ入院中だ。今日中には退院できるらしいが、あてにはできない。


「……騒ぎにならなきゃいいけどな」


「ああ。ただ、関内の病院の一件とイルシアを結びつける向きはボチボチ出てる。実際、イルシア封鎖の大義名分はいつアレと同じ症状を起こす連中があそこに出てしまうか分からない点にあるんだろう?

僕たちとしては、ペルジュードとの戦闘中にああいう化け物が出たら正直お手上げだ。警察は誰かを攻撃するようにはできてない」


「自衛隊の滝川一尉は配備済みなのか」


「彼とその部下は遊軍ということで機動的に動いてもらうよう手筈は整えてる。戦闘においては、自衛隊で彼の右に出る人間はいないからな……ただ、正直不安しかないな。

綿貫君は『田園調布の魔女』を確保したらしいが、あれは最後の切り札だな。僕は彼女についてそれほど詳しくないけど」


俺はふうと息をついた。綿貫も分かっているはずだが、彼女は諸刃の剣だ。彼女の気まぐれで、綿貫信平など何人かが殺されたことを俺はよく知っている。腹立ちまぎれに無差別に殺戮するなんてことだって十二分にあり得る。


「その通りだ。とにかく、何事もなく、目立たないよう確保できるよう祈るしかないな」


それがほぼあり得ないことを分かっていながら、俺はそう返事をした。




日本にとって、歴史上最も長い1日が始まろうとしていた。




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