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正直に言えば、最初はただの思い付きだった。
受験生の娯楽は少ない。一応アプリでゲームをしたりはするけど、ガッツリのめり込むには時間も金も足りない。
短い時間でさくっと楽しめるのは、Tiktokのような動画サイトだ。エッセンスだけを詰め込んでバズらせる配信者に、憧れがなかったとは言えない。
もちろん、そんなことをしている暇なんて僕にはなかった。大学に入ったら少し手を触れてみようかなぐらいには思っていたけど、しばらくは動画配信なんて自分には無縁だろう、そう思っていた。
ただ、この一週間で状況は変わった。綿貫さんが動画配信で名を挙げているらしいことも知った。そして、そのノウハウがあれば――イルシアの存在を上手く発信できるんじゃないか、そうぼんやりと思うようになっていた。
イルシアの存在が明るみになったかもしれないと聞いた時、今がその好機なんじゃないかと僕は直感した。そして、どうすればいいか一気に考えがまとまっていったのだ。
多分、この機を逃すと後手を踏むとも思った。山下さん経由で、阪上市長がイルシアの存在をばらしたがっていると薄っすらと聞いていたからだ。
僕に政治や行政の世界は分からない。ただ、あの市長には何となくだが嫌な感じを受けていた。できるだけ、先手を打たなきゃいけない。行動するなら今だ。
そして今、僕はスマホを構えている。
「じゃあ行きます。3、2、1、スタート」
僕は月光の光を浴びるイルシア王宮をまず映した。最新のスマホは、夜間でもかなりはっきりと動画を残せるようになっている。
そしてスマホのカメラをイルシア城下町の町並みに移す。明かりはまばらだが、そこに人が住んでいることは明らかだ。
僕はカメラを一瞬だけ自分の方に向け、喋り出す。
「皆さん、こんばんは。僕は今、立ち入り禁止区域に指定された埼玉県秩父市の大府集落近くに来ています。自衛隊により封鎖されているこの地域ですが、何とか潜入に成功……うわっ!?」
誰かが僕のスマホを奪った。カメラは金髪の美少女を映し出す。
「アブ?イル・ディ・シア?」
「ちょ、ちょっと!!?君誰だよ!!?」
美少女はカメラを空に向けたり、王城を映したりする。そして、「うーん」と唸った後、カメラを彼女の方に向けて「あ、これがこの国の言葉だね」と流暢な日本語で話し始めた。
「君、誰?」
「それは僕の台詞だっ!!君こそ誰なんだっ!?」
「ボク?ボクはこの国の国王、みたいなものかな」
「国??」
「そう。ここはイルシア。異世界から難を避けてここに避難してきたんだ」
そう言うと、美少女――ジュリはスマホのカメラを自分の方から王城へと移し、空へと飛んだ。
「ここに住んでいるのは大体1000人ぐらい。皆、転移したくてしたんじゃない。戦争と、致命的な伝染病から逃れるためにここに来ざるを得なかった。
今の所、病気は発生してない。でも、いつか発生してしまうかもしれない。そのために、ボクたちはこの国の人たちに協力をお願いすることにしたんだ」
空高く飛んでいる彼女の声は、地上からは聞こえない。ただ、彼女のことだ。打ち合わせ通り喋っているのは何となく分かった。
そして30秒ぐらい夜空を旋回し、そして僕の目の前に降り立った。カメラが僕の姿を映さないよう、ジュリは注意深くスマホを返す。
僕はそのまま王城をバックにした彼女を映す。月光に照らされた彼女は、本当に神々しいほどの美しさだった。思わず自分が成すべきことを忘れてしまいそうになる。
「ボクらイルシアは、このニホンの人と共に歩むことを望みます。突然のことでビックリした人も多いと思うけど、どうか力を貸してください。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼女を撮り、そこでカメラを止めた。時間は約2分半。時間は申し分ない。後は、ちゃんと映っているかどうかだ。
綿貫さんがやって来て、動画を確認した。一緒に見たけど、ほぼ打ち合わせ通りの形だ。綿貫さんが「最初にしては上々も上々だな」と満足そうに頷く。
「これをまゆ……篠塚社長に回して、ざくっと編集してもらう。そして、20時半に公開をセットする。後は世間がこいつを信じるかどうかだ」
「生成AI産と見られないでしょうか?」
「その恐れはなくはないな。ただ、ジュリ君は一応上空からマスコミのヘリを撮ってる。動画公開後、マスコミはヘリからの画像に彼女が映っていないかを探るはずだ。
もし期待通りどこかの社が撮っててくれれば完璧だ。これが生成AIとドローンを組み合わせたフェイク動画でない証明になる」
「上手く行けばいいんですけど」
「そこは運だな。一応篠塚社長がプロモートしている芸能人やアスリートに動員をかけてるらしいが、蓋を開けてみないとどこまでバズるかは分からない。
一応、この後官邸で緊急記者会見の予定だ。秩父市の会見と良くて同時だが、君らが政府との関係を匂わせてくれたおかげで大分動きやすくはなるはずだ」
大河内さんはヘリで東京へと向かったらしい。山下さんは市長会見への対応とのことだ。阪上市長が何を言いだすかは分からないけど、そんなに大したことは言えないだろうという気はした。山下さんは情報を市長にほとんど上げていないからだ。
ジュリはというと、少し息を切らしている。「大丈夫?」と声をかけると「何とか」と汗を流しながら笑った。
「あの『魔女』を封じるのに随分魔力を使ったんじゃないか?」
「うん、まあ。でも……問題ない、よ」
ジュリが朦朧とした様子になりよろけたのを、咄嗟に僕は支えた。……かなりの熱だ。
「綿貫さんっ、例の薬をっ」
綿貫さんは無言で僕にドリンク剤を差し出す。苦いような甘いような、お世辞にも飲みやすいとは言えない味のその液体を、僕は無理矢理飲み干す。
そしてマウストゥマウスの要領で、僕はジュリに唾液を流し込んだ。いつものように強烈な虚脱感と快感が同時に襲って来る。ジュリの呼吸が落ち着いたのを見て、僕はその場に座り込んだ。
「市川君、大丈夫か?」
「ええ、まあ……しかし、やっぱりジュリに無理をさせ過ぎてしまってますね……綿貫さんこそ、魔力供給で消耗してるんじゃないですか」
「そうだな……町田の所もなかなか大変なようだし、共存も簡単ではないということか。ただ、僕はともかく君やジュリ君が倒れると結構まずいぞ。
明後日には第2回の会談がセッティングされてる。多分、次は非公式なものじゃなくある程度オープンなものにせざるを得ないはずだ」
「ええ。一応それまでにゴイルさんが言う『同化の法』を受けることになっているんですが……」
「……なんだか穏やかな名前じゃないな。本当に大丈夫なのか」
僕はその内容を告げるか迷った。一応、その儀式を受けた後も見た目上はそう変わらないらしい。遺伝子上の情報は同じになってしまうのかもしれないけど。
その時、王宮の方からゴイルさんとアムルさんが歩いて来た。
『そちらの用件は済んだかの』
「ええ、一応。後は配信を待つだけです」
『そうか。こちらも連絡がある。『同化の法』のメドが立った。明日夕刻から始められると思う』
「本当ですかっ」
意識が戻ったのか、ジュリも身体を起こす。
『ゴイル、本当なの?』
『一応、ですな。これが終われば、少なくとも御柱様におかれては魔力欠乏症の恐れは激減するはずです』
『そう……でもゴイル。何か隠し事をしてない?』
『いや、ありませんな』
ゴイルさんが返事をするまで、極一瞬の間があった。何かあるのだろうと僕は直感した。多分、ジュリもだろう。
『本当に?』
『隠し事をする意味がございませぬ。とにかく、明日午後5時から儀式を始めます。それが済めば、万事良い方向に向かうはずです』
『……ならいいけど』
僕も微かに嫌な予感がした。その時は気のせいだろうと思っていたのだけど。
*
翌日、僕は自分が本当は何者なのか知ることになる。
第6章 完




