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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第6章「『御柱』ジュリ・オ・イルシア」
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6-13


「本気なのか??」


綿貫からの電話を受け取り、俺は思わず叫んだ。同室の入院患者の目が俺に向く。慌てて点滴のポールと共に廊下へと出る。


綿貫からの話は衝撃的なものだった。市川と御柱―—ジュリ・オ・イルシアの2人が主導し、ゲリラ的にSNSと動画サイトで「建国宣言」を行うのだという。

確かに、ツイッター上でイルシアの王城らしきものが映った動画は拡散されつつあった。関内の件もあって、もはや異世界の存在を隠し通すのは困難な情勢になっていたのは認識していた。それにしても、自分からバラすとは。


「僕も正直に言って驚いた。実際、多分これをやれば政府との関係は悪化する。少なくとも、浅尾のオヤジはブチギレるだろうな。

ただ、僕個人の考えだがありかなしかで言えば『あり』な判断だと思う。実は、ツイッターでの投稿を受けて9時から阪上市長が記者会見をするという話を山下さんから聞いた。間違いなくイルシアの存在をバラすつもりだろうな」


「……そして政府からの圧力を匂わせ、世論に叩いてもらうと。そして自分は真実を語ることを許されなかった弱者として振舞い、同情を誘うという肚か」


「流石に話が早いな。僕も全くの同感だ。そしてそんなことをされたら、アホなマスコミが騒いでできることもできなくなる。

このことを市川君が認識していたかは知らんが、会見に先んじてイルシアの存在を明らかにしてしまえば、確かに阪上への先制攻撃にはなる」


「で、話に乗るのか?」


「実はもう動いてる。僕のYouTubeチャンネルの動画編集をしているエムエスPRに頼んで、緊急でアカウントの作成と第一弾の動画編集をお願いしたところだ。第二弾以降で僕も協力者として顔出しするつもりでいる」


俺は「抜け目がないな」と苦笑した。イルシアの案件では大河内議員の方がイニシアチブを握りつつあったが、こうやって自分の存在をアピールしようということか。

綿貫はSNSや動画の利用では若手議員でも抜きんでた存在だ。そこにイルシアを乗っけることで、自身の知名度を一段と高める考えであるらしい。


「一応言っておくが、僕のためだけじゃないぞ。イルシアの今後を考える上でも重要と判断したからだ。

動画は2030に公開する予定だ。一応エムエスPRの息のかかった芸能人に拡散してもらう根回しは済ませてる。内容はまだ明かしてないけどな」


「文面もそっちが作っているってわけか」


「まあ、そういうことだ。社長の篠塚さんとは……まあ古い付き合いでね。話が通じやすいんだよ」


時計をちらりと見た。あと30分ぐらいか。


「イルシアの連中は同意してるのか?」


「御柱が同意したことだからと渋々……ってとこだな。撮影機材がないから、とりあえずは臨時で市川君のスマホから撮る格好にはなる。

一応、動画の流れは市川君から話は聞いてる。これから撮影で長さは3分弱。ツイッターで拡散しやすい作りにするそうだ。動画作成の素人が考えたにしては、なかなかよくできてる。伊達に開城高生じゃないってとこだな」


「そうか、ところで話に聞いた『魔女』は」


「魔法を封じられた状態で絶賛幽閉中だ。とはいっても1日間しか拘束できないらしいが。解放したタイミングでペルジュードの連中にぶつける形らしいが……正直不安はあるな。

そっちはどうなんだ?ノアちゃんは助かったらしいが」


俺は一瞬口ごもった。「魔紋」の話をしていいものか迷ったからだ。


「……まあ、一応な。ただ、今日一杯はICUだ。明日の様子を見て、カテーテルを外してもらって退院になると思う」


魔紋を見てから、何故か離れた所にいるノアの様子が分かるようになった。今は寝ているが、体力も魔力も大きく回復している。俺自身の体力がその分削られているが、栄養剤を静脈点滴していれば戻る程度だ。多分、明日にはベストに近い状態になって秩父へと向かえるだろう。

問題は、魔紋を勝手に見たことに対しノアがどう言うかだ。彼女を確実に救うためとはいえ、同意を得ずにやってしまったことだ。その反応がどういうものになるのか、不安でないと言えば嘘になる。


綿貫は「そうか」と少し間を置いて答えた。何か含みがあるように感じる。


「何か言いたげな感じだな」


「いや、僕の方も魔力供給と言う意味じゃ似た悩みを抱えているんでね。死にかけの状態からどうやって回復させたのか、少し興味があったというだけさ」


「アムルが危ないのか?」


「いや、こっちはまだそこまででもない。ただ、あの『魔女』を連れてくるのに相当に無理をさせてしまったからな。その分、僕が割を食っているというだけだ」


言われてみると、どことなく綿貫の声に張りがない。薬の力を借りているとはいえ、相当に消耗しているのだろうと察した。


「合理主義者のお前がそこまで自分を犠牲にするってのは珍しいな。惚れたのか」


冗談交じりで言ったのだが、「分からん」と返ってきた。そのことに少し驚く。女性不信気味だったこいつがそう言うのは、余程のことだ。


アムルという女がどういう人物かは、ノアから薄っすらと聞いている。本心をほとんど出さず、いつもニコニコしながら罪人や捕虜を「喰い殺して」いたらしい。

『あいつにとって人間は餌みたいなものね』と苦笑していたノアの言葉からすると、綿貫から聞く人物像は随分かけ離れている。短い期間ではあるが、随分と信用している様子が見て取れた。


「少なくとも、向こうは僕のことを憎からず思っているらしい。こっちの世界のことをちゃんと学ぼうとしているのも間違いない。日本語も学ぼうとしている。情が移ったと言われたらそうかもしれないな。

正直、僕も彼女を、そしてイルシアをどうしたらいいかよく分からんのだ。一つだけ言えることは、アムルが過ごしやすい環境は整えてやりたいと思ってる。お前もそうなんじゃないのか」


「……そうだな」


俺はもうある意味で一線を越えてしまった。ノアを切り離して生きることは許されない。彼女を救うためにその選択をしたのだが、それが正しいのかどうかは未だに自信がなかった。

ただ、俺も綿貫と同じような立場なのだろう。それが愛とか恋とかは分からないが、少なくともそれが今の俺の存在意義であることだけは確かだった。


「ククク」と綿貫が愉快そうに笑う。


「何が可笑しいんだ」


「いや、何となくな。落ち着いたら4人で飯でも食おう。いつになるかは分からんが」


「ああ。まあしばらくそういう機会はなさそうだがな」


そう言って、電話は切れた。俺はふうと息をついて、そのままエレベーターへと向かった。目的地は10階、ICU病棟だ。

受付の所には五島警視がいた。まだ病院にいたらしい。


「おお、お疲れ。そっちの具合はどうだい」


「まあ、ボチボチです。警視こそ、何故ここに」


「いや、さっきここに戻ってきたという方が正しいかな。一宮医師への事情聴取がさっき済んだ。ついでに小橋修二会長も」


なるほど、そういうことか。俺は頷いた。


「ペルジュードの件ですね」


「ああ。やはりあの男——怪物を消し飛ばした男が猪狩一輝であるのは確定だね。彼と小橋、そして一宮はそれなりに長い付き合いだったし、思い入れもあった。だから人情で協力したってことらしい。

勿論、彼らはペルジュードが何者かなんて一切知らなかった。犯人蔵匿・隠避罪の構成要件は満たしていなかったよ。まあ、僕も猪狩瞬のファンだし、こんなことで大一番が流れては困る」


「彼らにイルシアや異世界の話は」


「一応しておいたよ。もうそろそろ隠し通すのも難しくなっているだろう?SNSでも『秩父山中に突如現れた謎の城』ってことで話題になってたし、言える範囲で話しておいたさ。まあ、随分とショックは受けていたようだね」


「これから、彼らは」


五島警視が肩をすくめる。


「どうもしないさ。猪狩一輝を止められるなら猪狩瞬しかいないだろうとは思うが、何せ彼は明日にはラスベガスに飛ばないといけない。こればかりは仕方ないな。

僕がここに来たのは、プレシアなる女性に会うためだ。一応事情聴取名目だが、正直言葉の問題がありそうでねえ」


言葉の問題、か。向こうが「念話」を使ってくれればともかく、そうでない限りは意思疎通などできそうもない。

通訳ができるとしたらノアしかいないが、彼女はまだ夢の中だ。そのことを五島警視に伝えると、「まあ、そうだよねえ」と肩をすくめた。


「彼女が起きたら事情聴取を始めようと思ったのだが、これは日を改めた方がよさそうだ。僕は一度手を引くよ」


「……いや、何とかなるかもしれません」


「ん?」


「メジア語、多分少し理解できます。俺が通訳代わりではダメですか」


ハッタリではない。魔紋を見たせいなのか知らないが、ノアの知識はある程度共有できるようになっていた。それは「念話」の使い方にしても同様だ。魔紋を見たことで、俺も多少は魔法が使えるようになっているようだ。

俺がここに来たのも、プレシアに話を聞くためだった。向こうが話すことすら拒否してきたらどうにもならないが。


「そうかい!頼まれてくれるかい」


「ええ。こちらこそよろしくお願いします」


ICU病棟は病院側の許可なしでは面会ができない。ただ、五島警視が一宮医師に圧力をかけたのかあっさりOKをもらえた。

病室がICU病棟の最奥にあることは分かっている。その扉を開けると、茶髪のボブカットの女性が虚ろな目で天井を見上げていた。


「少し、いいか」


『……』


念話を使って声をかけたが、返事がない。ここまでは想定の内だ。恐らく、あの怪物は彼女にとって極めて親しい人間だったはずだ。その死がどれほどのショックだったかは、想像に難くない。


「話したくなければそれでいい。少し、聞いてくれ。

ペルジュードのリーダーのべルディアは、今イルシアに向かっていると推測されてる。君の元には、多分来ない」


『……』


視線を動かそうともしない。覚悟の上だったのだろう。


「君がそれを受け入れているならそれで結構。ただ、もしこちらの世界の人間と戦闘になれば……誰かがあの怪物のようにならないとも限らない。それこそ、べルディア自身がそうなるかもしれない」


『……っ』


僅かに動きがみられた。俺は五島警視の方を見る。彼は頷くと、彼女に向けて話しかけた。


「僕はこの国の警察だ。ただ、君たちを逮捕するつもりはない。現状では、君たちを逮捕するような罪状はないからね。猪苗代の件にせよ、多分何しても物証は出てこないだろう。

重要なのは、君のお仲間が騒ぎを起こして僕らの国の人間に被害を与えることを防ぐことだ。何より、誰かがあの怪物みたいになったら……今度こそ甚大な被害が出る。それを防ぐために、君の力を借りたい」


念話で同じことを彼女に喋ると、視線がこちらへと向いた。


『被害が……出る?』


「そういうことだ。恐らく、明日……そういう局面が来る可能性がある。君にも協力をお願いできないかと思ってる」


『……もう、たくさんなの』


俺は、その言葉があの怪物のことを指して言っているのだと直感した。言葉に力を込めた。


「だったらなおさらだろう?多分、死んだあの怪物は君の旦那か恋人かだったはずだ。辛い気持ちは推測はできる。

だが、君が動かなかったらもっと大勢の人が死ぬぞ。同じような境遇に誰かを追いやってもいいのか?」


『……放っておいてよ』


返事が返ってくるまでに少しの時間があった。そう言っておきながら、彼女も迷っているのだ。


俺は溜め息をつき、五島警視の方を振り返った。


「多分、今日は無理ですね。明日、もう一度やってみましょう」


「交渉の余地はありそうなのかい」


「ええ。明日はノアと一緒に説得してみます。べルディアとやり合うなら、この子の力があった方がいい」


病室を出てスマホを見る。時刻は20時25分ほどになろうとしていた。そろそろ、「独立宣言」の時間だ。




そしてこの日——8月15日は、終戦記念日とは違う意味でも人々に強く記憶される日となった。




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