6-12
『一体どうするのですっ!!?』
午後6時過ぎ。イルシア王城は、バケツを引っ繰り返したかのような騒ぎになっていた。会議室でゴイルさんに詰め寄っているのはシェイダさんだ。その隣にいるガラルドさんも渋い表情になっている。
『一時的に結界が切れたのは仕方ねえとしても、どうも向こう側の連中にイルシアの存在がバレちまったみたいですぜ。どう落とし前付けるんです?』
2人はイルシアの自治を重視する立場だ。そして、僕らの世界の人間が介入することを快く思っていない。
僕の隣に座るゴイルさんはふうと息をついた。肩には午後に挿入されたカテーテルの端が見える。
『オオコウチが今こちらに向かっている。アムルとワタヌキもじきに『魔女』なる者をこちらに連れてくるらしい。その上で対策を協議するつもりだ』
『オオコウチにワタヌキ!?向こう側の人間の走狗ではないですかっ!!どうせいいように丸め込まれてしまうのでしょう?』
ギロリ、とゴイルさんの目がシェイダさんの方を向いた。
『今の儂らの立場を考えるのだ。魔法を使うにしても制限がある。しかもお主らも見た通り、向こうの軍隊の軍備は相当な物だ。もしあれがイチカワの言う通り、1秒で十数発も撃つような銃なら儂らなど数分もかからず殲滅されるわ』
『では、黙って従えと??』
『そうは言っておらん。こちらにもあやつらが持たぬであろう魔術的な物品がある。それを交渉道具にするつもりだ。
それにあのアサオという男はともかく、オオコウチやワタヌキはこちらの面子を立てようとする男だ。落としどころは見つけてくれよう』
『甘いっ!!』とガラルドさんが机を叩いた。
『全て希望的観測じゃないですか!!その甘い見通しが、モリファスに追い込まれた一因だっ!!もし向こうが俺たちを更に拘束しようものなら、その時はっ……』
「待ってください」
僕はガラルドさんを制した。『はっ』と彼が鼻で笑う。
『御柱様に気に入られたからと言って小僧が偉そうに。お前に何が分かるっ』
「僕はイルシアのことをよく知りません。ただ、あなたたちが知らない『攻め方』は知ってる。今上の部屋で『眠っている』ジュリの力を少し借りますが、多分現状に楔ぐらいは打ち込めるはずです」
『は?攻め方だと??』
嘲笑うガラルドさんに、ゴイルさんが『ちと聞かせてみよ』と僕の方を見る。その時、少し背が小さいおかっぱの女性が息を切らして会議室に駆け込んできた。
『申し上げますっ!!アムル様がお戻りになられましたっ!!』
『何だとっ』
僕らは一度会議を中断し、王城の外に出る。そこにいたのは、綿貫さんとアムルさん、それに長い金髪の女性だ。そして、その隣には……
「柳田君っ!??」
サスペンダーにワイシャツは、彼のトレードマークだ。そこに少し背の高い女顔とくれば、僕が見間違えるはずもない。
僕の数少ない高校の友人である柳田秀一郎は、ぐったりとした様子で兵士に支えられていた。僕の呼びかけにもほとんど反応がない。少しだけ頭を持ち上げようとした程度だ。
綿貫さんが彼を見やって言う。
「この女に魔力と生命力を相当吸われてる。急ぎ応急手当を。一応、秘書の郷原がメディカルスタッフを呼びに行ってるが……そっちでもできることがあれば頼む。まだ何とかなるはずだ」
シェイダさんが彼の元に駆け寄り、『これは酷い……』と絶句した。
「そんなにですか」
『この世界の人間が魔力欠乏症になるかは知らないけど、危ない水準まで来てる。残った『エリクシア』を彼に投与した上で、私が治癒魔法をかける。それで何とかしてみせるわ』
シェイダさんはシーステイアさんを呼ぶと、担架のようなもので柳田君をどこかへと運んでいった。ガラルドさんが汗を流しながら金髪の女を睨む。
『……あんたが、『魔女』か』
『疾くこの女を離せ。いい加減自由になりたいのじゃが』
綿貫さんが「そうはいかない」と金髪の女性を見て首を振る。
「あんたは危険に過ぎる。だから、ここにしばらくいてもらう」
『そうは言ってもこの女もそろそろ限界に近いようじゃがの?』
女性の手首を握るアムルさんは、見るからに辛そうだ。何かの魔法を使っているのだと直感したけど、多分もうもたない。
『ゴ、ゴイル様……『封魔の牢』の、使用許可を……』
『あれか。確かにあれは有用だが、この世界でも機能するかどうか……』
その時、『ボクが何とかしよう』と後ろから声が聞こえてきた。ジュリだ。
『御柱様っ!?』
『『封魔の牢』は確かにそのままじゃこの世界だと起動しない。でも、ボクが魔力を注げば作動すると思う』
『しかしっ、貴方の魔力はっ』
『ボクに限界が来るというんだろ?そこはあまり心配してないよ。アサトがいるから』
僕が魔力を供給することで当座を凌ごうということか。ただ、それでどこまでやれるのだろう。
僕の心を読んだかのように――いや、実際読んでいるのかもしれないけど――ジュリが『分かってるよ』と告げた。
『『封魔の牢』が使える時間は、多分今の所1日間が精々だ。ただ、僕の魔力の問題を何とかするための『同化の儀』が済んでしまえば、もう少し何とかなる。確か、同化の儀は明後日だよね?』
『その通りです』とゴイルさんが頷いた。
『ならそれでいいよ。『封魔の牢』の効果が切れたら、その時はその時さ。それに、多分……彼女は外に出さないといけない。そうですよね、ワタヌキさん』
綿貫さんが重々しく頷いた。
「ペルジュードの連中がこっちに来ている。どんなに遅くとも、明日中には直接ぶつからざるを得ない。しかも、あのべルディアという男は相当ヤバいらしい。僕は直接見てないが……」
『アサト経由でトモさんからの連絡は知りました。『消滅させる魔法』を使われたら、それこそ自衛隊もひとたまりもないと……。それはボクも同感です』
金髪の女性が不満そうに『妾を盾にでもするつもりか?』とジュリを睨んだ。彼女はその視線を真っ向から受け止める。
『ええ。貴女が、『魔女』ですね。見たところ、ボクと同族か……その劣化種のようだ』
『劣化種だと?妾を誰だとっ……!!?』
「魔女」の顔色が一瞬で変わった。ジュリがニコリと笑う。しかし、その目は全く笑っていない。
『貴女の存在を聞いた時、何者なんだろうって思ったんです。そして、ボクの中にある歴代の『御柱』の記憶を引っ張り出してみたら……なるほど合点が行きました。
貴女、ネプルーン大陸の神族の生き残りですね?それも、恐らくは傍流』
『……なっ……!!?』
『本物の『神族』を甘く見ないでください。知識としてなら過去に何が起きたかは薄っすらと知ってるんです。
今のメジアのようになって実質滅んだ、遥か南方の大陸——ネプルーン大陸。そこで何があったかは知りませんけど、とにかく150年ちょっと前にその大陸からマトモな生命体はいなくなったと聞いてます。僅かな生き残りが『壁』を作り、そこで細々と生きているとも。
そして多分、貴女は一人か身の回りの数人で転移してきたんです。今のボクらと同じように、一時の避難のつもりで』
僕を含むその場の全員が唖然として立ち尽くしていた。ジュリたちの前に、この世界に避難してきた人がいただなんて。
確かに、何故異世界人がこの世界にいるのだろうと不思議に思っていた。まさか、そういうこととは。
ジュリはなおも話を続ける。
『この世界で貴女がどういう生き方をしてきたのはか知りません。が、『デミゴッド』としての力を貴女は振るい、ここまで生きてきたのだろうということは見当がつきます。そして、その過程で心も魔力も捻じ曲がってしまった』
『だっ、黙れっ!!!小娘に何が分かるというのじゃっ!!!』
「魔女」は限界に達しようとしていたアムルさんを振り払い、何か魔法のようなものを使おうと手を前に出した。
……しかし、何も起きない。『え』と「魔女」は絶句する。
『今のボクには攻撃魔法は使えないけど、どうすればそれを無効にできるかは知ってる。だから『真の神族』を甘く見ないで欲しいと言ったんですよ』
「何をしたんだ?」と訊くと、「それはアサトもこれから分かるよ」とウインクされた。屈辱からか、「魔女」は歯噛みをしている。
『ふざけるなっ……ぐふっ』
ガラルドさんが「魔女」を後ろから取り押さえた。手錠のようなものをはめると、『こいつを『封魔の牢』に連れて行けばいいんですね』と訊いてくる。ジュリは『それでいいよ』と頷いた。
唖然とする綿貫さんを残し、僕らは王城の中へと入る。ガラルドさんは地下牢へと向かった。その奥の奥に、鋼鉄の扉のようなものが見える。
扉をガラルドさんが開くと、そこには両手両足を固定するような磔状の器具が見えた。拷問器具のようなそれに、僕は思わず息を飲む。
「これに、この人を縛り付けるわけ?」
『うん。魔法が使えなくなるような特殊な造りになっててね。どんな強力な魔導士でも、これに繋がれればただの赤子みたいになるってわけ。
食事を取らせないと死んじゃうけど、まあ1日ぐらいなら問題ないでしょ』
そう言うと、牢の片隅にある機械にジュリは手をやった。ボウッと辺りが薄青色に光る。
『これで良し』
ジュリが汗を拭った。魔力はかなり使っているみたいだから、やはり僕が少し供給してあげないといけないみたいだ。
「魔女」はと言うと、忌々しげにこちらを見ている。
『何故殺さぬのじゃっ』
『さっきも言ったでしょう、貴女の力が必要だからですよ。それに、貴女はもうボクには逆らえない。多分、貴女……自分より格上の存在に出会ったことがないでしょ?』
『ふざけるなあぁっっ!!!』
喚きながら「魔女」はガラルドさんによって牢に繋がれた。そして、それを見届けると僕らは外に出る。ジュリが「ふう」と息をついた。
「大丈夫?」
『うん、まあ。しかし……ちょっと気になるな』
「気になるって、何が」
『……気のせいなのかもしれないけど……あの人、もう『人ではなくなってるかも』しれない」
「……え??」
ジュリが『いや、ボクのただの直感なんだけど』と前置きして話を続ける。
『あの魔力……何かいびつなんだ。この世界に長くいて、何かが変わっちゃったのかもしれない』
「いびつ……だとしたら、何かあるの」
『分からない。ただ、何かよからぬことが起きなきゃいいけど』
*
僕らは再び会議室へと戻った。今度はジュリも一緒だ。シェイダさんは柳田君の治療をしているためか、まだ戻ってきてはいない。
『で、イルシアの存在がバレた件だ。あんた、何か妙案があるってのか』
早速ガラルドさんが問い詰めてきた。僕はジュリの方を見て頷く。
「ええ。ジュリがここに来てくれて、話は進めやすくなりました。僕の『攻め方』には、彼女が不可欠ですから」
『……ん?ボクがどうかしたの?』
状況が飲み込めてない彼女に、僕は一通り状況を説明する。そして、僕の考えているアイデアについても。
それを聞いたゴイルさんとガラルドさんの顔色が変わった。
『なっ……!!?しょ、正気か貴様っ!!?』
「正気も正気ですよ。それに、あなたたちはこれの力を知らない」
僕はポケットからスマホを取り出し、ポンと叩いてみせた。
「大事なのは情報です。そして、誰がそのイニシアチブを握るか」
またシーステイアさんが会議室に来た。大河内さんたちもこっちに到着したという。
「メンバーが揃いましたね」
『お主、まさか……今の考えを彼らにも伝えるつもりか??』
僕はゴイルさんに頷く。
「ええ。大河内さんが来た方が話が早いですから。準備ができたら始めようと思います」
ジュリは僕の意図を理解したのか、『そういうことか』と手を叩いた。
「うん。大事なのは『先制攻撃』、ということだね」
そう。これから僕らがやろうとしているのは――一種の「建国宣言」だ。




