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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第6章「『御柱』ジュリ・オ・イルシア」
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6-8


私はガードの隙間からラヴァリ……いや「ラヴァリだったもの」をじっと観察した。


ノア・アルシエルは恐らく「拘束イルカンジア」を使っている。強力に相手の行動を縛る、「死病」患者の第二形態すら封じ得る上級魔法だ。

ただ、あの娘は全く本調子ではない。もってあと30秒。その間に決着を付けねば、大惨事になる。いや、もっと時間はないかもしれない。あの娘にまで「死病」が発生したならば、私は2体を同時に相手にしなければならない。流石にそれはかなり難儀だ。


私は頭をフル回転させながら、この事態をどうして防げなかったか激しく後悔していた。



10分ほど前。潜伏していたマンションの前で、クラクションが鳴らされたのを聞いた。


『では、行ってくる』


私は立ち上がった。全ては想定の内だった。プレシアには「未来視」の能力が備わっている。10~15分ほど先の未来を予測するというものだ。

能動的に使うこともできるが、自分に身の危険が迫りそうな時にもヴィジョンが見えるという。プレシアは生まれ持ってこの力を使えたらしい。転生者ではないらしいが、事によると彼女はそれに近い存在なのかと思ったのを覚えている。


そして、私は一昨日小橋ジムを去る時に彼女にメモを託した。それはもし警察が迫ってきた時の立ち回りを示したものだ。それは彼女が「念話」を使って一宮さんにも伝えているはずのものでもある。

内容はシンプルだ。「ヴィジョンが見えたらすぐに病院のスタッフをアジトの前に向かわせ、車のクラクションでそれを知らせる」。スマホなど持てる立場にない私たちが彼女の危機を知るには、このぐらいしか手がない。


アジトから病院までは、飛行魔法を使えば1~2分で着く。隠密魔法を並行して使わねばならないが、私一人なら魔力切れを起こす懸念はない。

それに、1対多数であっても何とかする自信はあった。プレシアがいるのは病院だ。被害を考えれば警察とてそう派手な大立ち回りなどできはしない。

仮にあのユウという男が来たなら話は別だが。私の方が力量は上とはいえ、あの男は只者ではない。まだ若いが、死線を何度も潜っているのは明らかだ。来訪者が彼でないことを、私は祈った。


その時、ラヴァリがすっと立ち上がった。


『俺も行きます』


私だけではなく、エオラとべギルも怪訝そうな顔をした。


『やめておいた方がいい。それに、私一人でも事足りる』


『何でですか!?人手は多い方がいいでしょう??』


『君はこちらの警察を甘く見ている。銃は当然持っているだろうし、こちらを傷付けずに沈黙できるような特殊な武器も持っている。私一人の方が安全だ』


『……プレシアを迎えに行くのは俺の役目です。隊長だって、奥さんや娘さんがもしあそこにいたら自分が行くでしょう?それと同じなんすよ!』


ラヴァリはプレシアの婚約者だ。親同士が決めた政略的な関係であるにもかかわらず、どれだけ2人が愛し合っているかはよく知っている。

そして、だからこそプレシアは魔力欠乏症に苦しむことになった。潔癖で貞操観念の強い彼女は、エオラのように男から生気と魔力を「吸う」ことを良しとしなかったのだ。


私は一瞬考えた。この世界の魔素は薄く、かつペルジュードでは唯一の純粋な人間であるラヴァリには負担が重い。プレシアは一応人間だが、恐らくは何かしらの力を持たされて生まれている。私は転生者だし、べギルは巨人族、エオラは魔族とのハーフだ。

全員、魔力の容量は常人を遥かに超えている。ラヴァリは違う。戦闘力はなかなかのものだし、彼が得意とする「変身メルヴァルト」の汎用性も高い。ただ、あくまで常人の枠だ。2つの魔法を並行して使うことが、果たしてこの世界でできるのかはやや疑問だった。


少し考えて私は『分かった』と答えた。ここから病院までは僅か1~2分だ。その程度の時間なら、魔力欠乏症など起こさないだろう。そう思っていたのだ。



私の見立ては甘かった。ラヴァリを同行させるべきではなかったのだ。

それにしても第一段階から即座に第二段階になるのがあまりに早過ぎる。これまでそういう事例を見なかったわけではない。ただ、それは魔力を一気に使い切った時に限られる。そんな気配など、ラヴァリにはなかったはず……


……いや、可能性はあった。何故彼がここに来たがったのか、その理由も分かった。


プレシアは酷い魔力欠乏症にあった。いつ「死病」が発症してもおかしくはなかった。こちらで治療を受けたところで、劇的な回復など望めなかったはずだ。

そして、彼女は受動的に未来視を発動してしまった。そこで消耗された魔力を、誰かが補う必要があった。それができるのは……ラヴァリだけだ。


ラヴァリは非公式にではあるが夫婦の契りをプレシアと結んでいたと聞く。魔紋のように命や魂の共有とまではいかずとも、それに準ずるような魔法的契約はしていた可能性が高い。

つまり、ある程度の距離であれば魔力のやり取りができるような関係に彼らはあった。一昨日の夜、いつ致命的な病状になってもおかしくなかったプレシアがギリギリ持ちこたえられたのは、ラヴァリが彼女に魔力を送り続けていたからに他ならない。そのことに私は気付くべきだったのだ。


『……クソッ』


私は自分の見る目のなさを呪った。「前世」でもそうだった。私は間違えてはいけない選択を、冷静に考えれば正しい方を選べたはずの選択を間違えてしまう。軍人でありながら最後は情に流される、それは致命的な欠点だ。


しかし、後悔しても遅い。今は目の前の「ラヴァリ」に全力を注がねばならない。


私の「削り取る右手」は一撃必殺だ。ただ、周囲に巻き添えが出かねない以上魔力を放出する形では撃てない。直接身体に当てねばならない。

向こうは身動きこそ取れないが、魔力を圧縮したビームで攻撃はできる。あれをもう一度交わす自信は、正直に言ってない。何より、連射されたらアウトだ。


目線をノアに移す。もう、彼女はいつ倒れてもおかしくはない。考えている余裕はなかった。


一気にステップインする。「ラヴァリ」の腹の辺りには、小さなタコの口のような何かがある。そこに一瞬で魔力が集まった。まずいっ!!

咄嗟に右手を下方向に薙ぐ。同時に拳から魔力を放出し、「ラヴァリ」の立っている辺りを削り取った。


バランスを崩した奴は前につんのめる。そこにさらに踏み込んだ。右手を引き、ストレートを打つ態勢に入る。


その刹那、奴の目が輝いた。……目からもビームを放てるのか!??


だが、今から回避態勢には入れない。どちらが先に当たるか、一か八かの賭けだ。


命の覚悟をした、その刹那。吹き抜けに声が響いた。



『ラヴァリッッッ!!!』



その声に反応した「ラヴァリ」の動きが、ごく僅かに止まった。私は勢いのままに、右拳を奴の左胸の辺りに突き刺す。



『あ……が……』



奴の身体が白く光る。「削り取る右手」が発動したのだ。



『……すまない』


『た……隊長……』


消える直前、奴は正気を取り戻したのかはっきりとした声でそう言った。そして、悲しみに満ちた表情をその歪んだ顔に浮かべながら……ラヴァリ・サイファルドは、この世から消え去った。



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