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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第6章「『御柱』ジュリ・オ・イルシア」
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6-6


「そうか、ありがとう」


睦月から日本政府との会談が終わったと聞き、俺は安堵の息を漏らした。


それにしても市川が会議のイニシアチブを握ったというのは少々驚いた。確かに頭の回る子ではあるが、海千山千の浅尾肇を向こうにして要求に折れないどころか、逆にイルシア側の要求を飲ますとは。


「次の会談は明後日。それまでに政府の対応策を大河内さん中心にまとめるみたい」


「明後日か、随分早いな」


「ええ。それまでに市の方も意見を集約しておかないと。阪上市長がこのまま黙っているとも思えないし」


「確かに。状況がこの2日で激変しないとも限らないしな。特にペルジュードの出方次第で話は随分変わる」


俺たちは横浜にいた。といっても、指示があるまでは何をするでもない。昼時なので家系ラーメンの総本山に並んでいたが、そのぐらいだ。今は適当にスタバで時間を潰しているが、待っているだけの時間というのもなかなか苦痛なものだ。


「そっちは動きはなし?」


「今のところは。さっき高松から『猪狩と接点がありそうな人物が見つかった』と連絡があったくらいだ」


「猪狩……話にあった、ペルジュードのリーダー?」


「ああ。また何かあったらLINEで共有する。秩父の方は頼んだ」


「ええ。……無理しないでね」


「分かった」と言って通話を切った。ノアを見ると、少し俯き加減だ。睦月と話しているから機嫌が悪い……というわけではない。今朝からずっとこんな具合なのだ。

何でも『どうにも体がだるい』ということらしい。熱はないが、頭痛は少しするという。食欲もいつもに比べればない。ラーメンも並を完食する程度しか食べなかった。


真っ先に疑ったのは魔力欠乏症だ。ただ、ノアが言うにはまず高熱が出ることが初期症状の特徴であるらしく、それは今の所ない。夏風邪か、それともこの異常な暑さでバテているのか。

動けないほどなら岩倉警視正に言って休ませてもらう所だが、そこまででもないのが悩ましい。結局、無理をさせない程度に今回の作戦に同行させることになったのだった。


日本政府とイルシアとの会談について一通り説明しても『……そう』とリアクションが乏しい。いつもならもっと食いついてきたり、自分の意見を言ったりするはずだ。

少なくとも市川が同席したことだけでなく、会談でこれだけ前に出てきたのに対しては何かしら思うところがあってもおかしくはないのだが。


「ノア、本当に大丈夫なのか」


『……うん。大丈夫』


気のせいか、顔がやや赤いように見えた。思わず額に手をやる。……気持ち、熱くなっているように思えた。


「熱があるんじゃないのか」


『平気。それに、あたしがいなきゃあいつらは捕まえられないから』


それもその通りだ。もしペルジュードの一行を捕縛するということになるのなら、戦闘がなかったとしてもノアの力はどこかで借りないといけない。

高松も魔法は使えるが、「俺のはどっちかと言えば戦闘向けだからな」とのことだ。ノアの方が使える魔法の幅が広く、こういった捜査には向いているらしい。


それでも、彼女が無理をしているのは明らかだ。もし彼女が風邪ではなく魔力欠乏症でこのようになっているのだとしたら……絶対に、魔法は使わせてはならない。

俺はふうと息をついて、バッグからドリンク剤を3本出した。


「とりあえず、後でこれ飲んどけ。万一ということもある」


『……ありがと』


その時、スマホが震えた。着信画面には「五島警視」とある。


「もしもし」


「町田君か。今、どこにいる」


「横浜です。ペルジュードの居場所が分かりましたか」


「いや、それはまだだな。ただ、気になる情報が入った」


「気になる情報?」


俺はスマホを持ち替えた。


「ああ。関内にある『ユーカリ総合病院』に、妙な患者が入院しているらしいんだ。病室に近づくとすぐにスタッフに制止されてしまうらしい。

あの病院は小橋ジムの一宮健吾トレーナーが非常勤で医者をやってるとこだ。必然的に、小橋ジムの連中も世話になってると聞いた。猪狩一輝との関係性がある所の一つとしてマークしていたが、案の定といったところだねえ」


「その患者が、ペルジュード関係者だと?」


「確定したわけじゃない。ただ、可能性はあるねえ。猪狩瞬かと思ったが、彼は今日普通にマスコミ対応をしていた。だから入院しているのは彼じゃない」


「これからどうするんですか」


「確認のために君たちに来てもらおうかと考えてる。ノアさんは近くにいる魔力持ちを感知できるんだろう?それで彼女が反応すればビンゴだ。

ペルジュード関係者であるなら、僕ら公安はその人物への監視を強めるつもりだよ。入院しているなら、必ず向こうからの接触があるはずだからだね」


俺はノアを見た。ドリンク剤をコクコクと飲んでいるが、やはり具合は良くない。彼女が魔法を使わざるを得ない状態になるのは、極力避けたかった。


「……私たちでなければダメですか。高松の方が、万一の時には」


「彼は今池袋だ。君たちの方が近いんだよ。何かそっちにあったのか?」


俺はノアの体調のことを伝えるべきか躊躇した。もし伝えたなら、こちらが軟禁されてしまいかねない。

それに、魔力欠乏症対策として中心静脈栄養を受けさせられる可能性も高くなる。そうなったら、ノアの行動は相当程度制限されてしまうはずだ。


一呼吸を置いて、俺は五島警視に告げた。


「……いえ、何も」


「分かった。じゃあ、今からユーカリ総合病院へ向かってくれ。深入りはしなくていいが、その患者が入院しているのは10階だそうだ。もし少しでも不穏な雰囲気があったら連絡してくれ。場合によっては滝川君にも協力を仰ぐことになるかもしれない」


「了解しました」と返事をして通話を切った。ドリンク剤を飲み終えたノアが頭をブンブンと振っている。


「本当に大丈夫か?」


『……うん。少しは楽になった。今のは、誰から?』


こっちに来た当初はスマホの存在に驚いていたノアも、すっかり慣れたようだ。俺は五島警視との会話内容をかいつまんで伝える。彼女が首を小さく縦に振った。


『分かった。カンナイってとこは、ここから遠いの?』


「いや、電車で数分だ。そこから歩いてさらに数分だから、それほど時間はかからない」


『電車……あのやたらデカい鉄の塊ね』


メジアには当然のことながら鉄道はないらしい。高松がいたというエビア大陸には汽車は走っているというから、同じ異世界でも文明レベルには随分と差があるようだ。

今朝新橋から移動するのに電車を使ったが、体調不良からなのかノアのリアクションは小さめだった。それでもやはり少しは驚いていたようだ。


「ああ。問題がなければ、今すぐに行こう。無理はするな、ということだ」


ノアがコクンと頷くのを見て、俺は席を立った。




数十分後、俺たちは「死病」の恐ろしさを知ることになる。




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