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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第6章「『御柱』ジュリ・オ・イルシア」
68/175

6-3


僕は王宮に降り立つと、一直線で執務室へと向かう。そこにはゴイルさんがいる。ジュリの部屋に繋がる大扉は、彼かアムルさんでなければ開けないと聞いていた。


『な、何だね』


僕が部屋に入ると、ゴイルさんが驚きを隠さず言う。「ジュリの所まで連れて行ってくれませんか」と頼むと、彼は少し戸惑った後に俯いて答えた。


『……そ、それはできんのだ』


「どうしてですかっ!?僕は彼女と話し合わなきゃいけないんですっ!」


『お主、何故御柱様が部屋に籠られているか理由は知っているか?』


「……いえ。でも、そもそも彼女は僕の家にっ」


『御柱様がここを抜け出されていたことは知っておる。儂の目——『千里眼』は誤魔化されん。お主が然るべき量の魔力を御柱様に与えているから、儂は黙認していたに過ぎんのだ』


「……えっ」


ゴイルさんは辺りを見渡し誰もいないことを確認すると、執務室の椅子に座り大きな溜め息をついた。


『……今から言う話は、お主の中に留めてもらいたい。イルシアでも、先代様の『御柱付き』であった儂とアムル、それにノアの母親のランカしか知らぬことだ」


「『御柱付き』?」


『御柱様の世話と、時に魔力供給をする役目のことじゃ。アムルが儂の後任、暫定的な『御柱付き』となっておる。もっとも、これから言う理由でそれは宙に浮いとるがな』


ゴイルさんは窓の外に視線を向けた。どこか遠い目をしている。


『……そもそも、お主は御柱様の父親のことを聞いておるか』


「い、いえ。先代様というのが母親とは聞いてましたけど」


『そうであろう。何故ならば、『存在しない』からなのだ』


「……は?」


僕は耳を疑った。何を言っているんだこの人は。


当惑をよそに、ゴイルさんは話を続ける。


『イルシアの御柱様は、代々父親を持たぬのだ。『父親になる』ことはあれ、誰かと子を成すことはない。寿命が徐々に迫ってくると、御柱様は自らの分身をおつくりになる。そして、それが次の御柱様となっていくのだ』


「……クローン、ってことですか」


『『クローン』が何を意味するのか、儂はよく知らぬ。ただ、お主の想像するものと恐らくは限りなく近い。種族は代ごとに違うらしいが、見た目はほぼ同じだ。

そして、『継承の儀』で御柱様はご自身の力と精神をお渡しになられる。用が済んだ御柱様はそのまま荼毘にふされ、新たな御柱様が誕生するのだ』


ゴクリ、と僕は唾を飲み込んだ。さっきアムルさんが言っていたことと、よく似た内容だ。


「それは、『下天』とは違うんですか」


ゴイルさんが目を見開いた。


『それを、どこで……アムルの奴かっ!?』


「はい。何か、まずいことが……」


彼の目線が天井へと向き、さっきよりも大きく息を吐いた。


『……そうか。あやつもか……とうに、限界が来ておったのかもな』


「限界?」


『こっちの話だ。……先ほどのお主の質問に答えよう。かなり近いが、似て非なるものだ。継承の儀で受け継がれるのは、御柱様の力と記憶と人格だ。クト神のそれではない。

『下天』はその上位互換と考えてもらえば構わぬ。受け継がれるのが御柱様の力ではなく、クト神のそれだということだ』


「でも、リスクがあるって聞きました」


『左様。だから『下天』は禁術なのだ。このような状態に陥っても、なお使用を躊躇う程度には。

故にイルシアは、代々その次善策を取っておる。それが、神の力と血を色濃く引く者による、力の継承――継承の儀だ』


「ジュリは、それを……」


ゴイルさんが首を横に振った。


『受けておらん。受ける直前に、先代様が亡くなられたからだ』


「……え」


『3年前のことだ。先代様は御柱様が15になるのを待って継承の儀をされることと決めていた。その準備に取り掛かった矢先のこと……突然、何の前触れもなく先代様が亡くなられた。あんなことは、前代未聞だった』


「な、何で亡くなったんですか」


『分からぬ。普段通り政をされていた先代様が、急に倒れられたのだ。原因は儂にも、アムルにも、シェイダにも分からなんだ。ただ、その直後から『大穴』の拡大が始まったことと、死病の蔓延が広がり始めたことからして……何かしらの関連があったのではとは思っておる。

とにかく、継承の儀を1年先に控えた御柱様は、恐らく史上初めて『未完成』のまま御柱の座に就くこととなった。そして、力を徐々に受け継ぎながらここまで来たのだ』


僕はジュリのことを思い出していた。彼女が「御柱」という地位に似つかわしくない天真爛漫な子というのは、そういうこともあったのだろうか。

そして、僕はあることに気付き戦慄した。ジュリが僕と最初に会った時に話していたこと。それは……


「まさか、あなたたちはっ……ジュリを御柱として育て上げるために、ずっとこの場所に監禁していたんですかっ!?」


ゴイルさんが息をつき、小さく頷く。


『……先代様の御意思だ。御柱は15になるまでこの王宮の『繭の間』で育て上げられる。そして、『御柱付き』がその世話をするのだ。それは決して揺るがされてはいけない宿命であり、戒律であり、義務なのだ。

イルシアのみならず、メジア全土を導く存在であるためには……数百年にもわたり続いてきたこの儀式を、破るわけにはいかなかったのだ』


「あなたも、そう考えていたんですか……」


僕は、ゴイルさんの言葉の端々に後悔があるように思えた。そして、それは彼の自嘲気味の笑いによって証明されることとなった。


『そうせざるを得なかったのだよ。この国において、御柱の存在は絶対だ。逆らえば死が待っている。だから、そうしたくなくても、やらざるを得なかったのだ。儂も、アムルも』


「さっきアムルさんが限界と言ってたのは……」


『……継承の儀をすると、人格が受け継がれると言ったな。じゃが、そうだとすると『元の人格』はどうなる?』


「あっ」と思わず声を出した。全ての違和感が、ぴったりはまった気がした。


「そうかっ……アムルさんは、元のジュリのままでいて欲しかったのか!!だから、『御柱付き』の座を放棄しようとした。そして、あなたも……」


『……儂のは過去形じゃよ。儂と先代様は、若い頃愛し合っておった。継承の儀の前まではの。じゃが、それは先々代の継承の儀によって割かれた。それがイルシアのためであり、メジアのためでもあると知っておっても……釈然としないものは残っておったのだ』


遠い目をしながらゴイルさんは話す。この人が何歳なのかはよく分からないけど、きっと何十年も後悔しながら生きてきたのは分かった。

ただ、まだ釈然としない所は残っている。


「……もう、『継承の儀』なんてしなくていいんじゃないですか?人格や力を受け継ぐ相手となる、先代は死んでるんですから」


『それがそうもいかぬ。少しずつだが、御柱様は『繭の間』で事前に保存されていた先代様の力を吸収せねばならぬ。そして、いつかは御柱として『完成』されねばならぬのだ』


「どうしてですかっ!!?あなたも、ジュリも、アムルさんもそんなことは望んでないんでしょう??

たとえイルシアの中の誰かがそれを望んでいたとしても、国のトップであるあなたなら止められるはず……」


『止められるものなら止めておるわっ!!!』


ゴイルさんが机を叩き語気を強めた。僕は思わず気圧され、ビクっと身体を震わせてしまう。

彼はまた頭を振り、ふうと息をついた。


『……すまぬな。だが、儂にもどうにもならんのじゃ。御柱様は『未完成』なのじゃ。それは、御柱としてだけではない。生物としてもだ』


「そりゃジュリはまだ子供かもしれませんけど……」


『違う。定期的に繭の間で御柱の力と魔力を得ないと、あの御方は生きられんのだ。継承の儀を行うべき1年前に、先代様は亡くなられた。その1年分だけ、あの御方は生物として十分な生命力と魔力を持っておらぬのだ。

それを補うため、3年間あの御方は『繭の間』におった。そしてだからこそ、外に出ないよう結界を張っておった。転移によって破れてしまったがの』


「……じゃあ、この世界に転移したのって」


『いや、全く成算がないわけではなかった。それがお主の存在だ。御柱様が転移座標をわざわざここにずらしたのは、自身に最も合う魔力の持ち主であるお主がいたからに他ならぬ。あるいは、お主がおれば継承の儀なしでも生きられると踏んだのかもしれんな。

ただ、その見立ては恐らくは甘い。お主も知っておろう?たった『認識改変』を数度使っただけで、御柱様は魔力欠乏症になりかけてしまった。確かにあの魔法は存外負担は大きいが、それだけではない。『未完成』なあの御方には、負担が大きすぎるのだ』


そうか。今朝もキスだけで足りないような感じだったのには、そういう理由があったのか。

つまり……ジュリの限界は、かなり近づいてきている。この状態で、浅尾副総裁らに「認識改変」を使えば……最悪の事態が、頭をよぎった。


「僕が行かないとっ」


綿貫さんからもらった薬の効き目で、大分体力は戻っている。もう一度、追加で魔力供給すれば……


部屋を飛び出しかけた僕に、ゴイルさんが『待て』と呼び止めた。


『追加で魔力を与えようというのか』


「決まってるじゃないですか!!それに、もうそんなに時間は残って……」


『それはその通りだ。ただ、2つ言わねばならぬことがある。まず、この場は乗り切れたとしてもいつか必ず限界は来る。継承の儀を完遂し、『完成』させないことには』


「でも、それはあなたが望むことじゃ……」


『話は最後まで聞け。お主なら、御柱様を『ジュリ・オ・イルシア』として生かすことはできよう。ただ、それには相応の覚悟が要る。二重の意味でな』


「……え」


ゴイルさんが目を閉じ、しばらく黙った。


『……そのうちの一つを、これからお主は試されることになる。もし、『真実』を知ってなお御柱様を救い、愛そうというのならば……お主こそ、真に『御柱付き』に相応しいと言えよう。

その上で、お主は選択を迫られることになる。トモという男と同等か、それ以上に重い選択をな』


「何でそこで町田さんが?」


『それは後で教えよう。まずは、『第一の覚悟』を試させてもらう。ついて来るが良い』


ゴイルさんがドアを開く。そして、あの大階段の一番上にある重々しい扉へと向かっていった。あの向こうに、ジュリがいるのか。


その時、王宮のホールに声が響いた。階段の下に、2人の人影がある。


『ゴイル様、どこへ向かわれようというのです!!?』


シェイダさんだ。隣にはガラルドさんもいる。


『お主たちには関係のないことであろう?』


『確かに私たちは『繭の間』への立ち入りを禁じられております。しかし、その異世界人も一緒とはどういうことなのです!?』


『儂が決めたことだ。文句は言わせぬぞ』


低い声でゴイルさんが階段の下を睨む。ガラルドさんが剣を抜いた。


『あんたが御柱様に継承の儀を強いてないことは知ってる。だが、そろそろ頃合いだ。さっきのワタヌキって男の言っていた魔力供給法なんざ、死んでも受けられねえ。それがエリクシアの代わりになるとしてもだ。

何とかするには、御柱様が真の意味で『御柱』になるしかねえんだ。そして、このニホンという国の言う通りにされないためにも』


シェイダさんもそれに頷いた。


『その異世界人——アサトが膨大な魔力を持っていることは知ってます。それこそ、ノアにすら匹敵するほどの。ただ、その少年に何ができるというのです?まさか、アムルを廃して彼を『御柱付き』にしようとでも?馬鹿げておりますわ』


『馬鹿げているかは、蓋を開けてみなければ分かるまいよ。第一、まだ決めたわけではない。『試練』を受けてもらう』


『……試練、ですって??』


『そうだ。全ては、それが済んでからでもおかしくはあるまい。ひとまず、ニホンの為政者に会う準備を整えよ。お主らにはお主らのすべきことがある』


そう言うと、ゴイルさんは扉に手をかざす。ギィ……と大扉が自然と開いた。


『しばし待て。すぐに戻る』


扉の向こうに歩を進めると、それはひとりでに閉まった。廊下にポッポッと明かりが自然と灯っていく。

廊下の壁は銀色の金属だ。……これは、ファンタジーの世界にしてはあまりに似つかわしくない。むしろ宇宙船の内部か何かのようだ。


ゴイルさんは無言で歩く。10mほど歩き、僕らは金属製の扉の前で立ち止まった。


『これより、お主には真実に向き合ってもらう。心の準備はいいか?』


「真実って……何の」


『『御柱』という存在の真実だ。覚悟は良いな』


僕は一瞬躊躇って、首を縦に振った。


『よろしい。ならば開けよう』


ヴィーン、というモーター音と共に扉は開かれた。目の前に広がっていたのは、小さなドーム状の空間だ。


その中央には……2つのカプセルがある。1つは人が丸々入れるぐらいの大きさで、何かの液体で満たされた中には裸のジュリが浮かんでいた。

彼女は糸の切れた人形のようにぐったりとしている。……というか、気持ちしぼんでいるようにも見えた。


そして、その後ろには……



「何なんだ、あれはっ……!??」



少し小さめのカプセルも、青色の液体で満たされている。その中にあったのは、紐なのか何なのかよく分からない物体だ。

それらは複雑に絡み合いながら物凄い勢いで動いていた。紐には目も鼻も口もなく、絶えず色が変わっている。とても生物には思えない。見てるとどこか気が狂いそうになる。



そして、次の瞬間……僕の脳内に声が響いた。



『……アサト、来ちゃったんだね』



全身から汗が噴き出るのが分かった。そのジュリの「声」が、どこから発せられたものか瞬時に理解してしまったからだった。



まさか……御柱というのは。



ゴイルさんが重々しい声で告げる。



『左様。……あの紐状の物体こそ、『御柱』の本体。肉体は、ただの入れ物に過ぎん』




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