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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第6章「『御柱』ジュリ・オ・イルシア」
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6-2


全身のダルさを何とか堪えながら、僕がイルシアに着いたのは11時少し前だった。入口となるゲートの前には、十数人もの自衛隊の人が重装備で立っている。鼠一匹も入れないというほどの厳重さだ。

バリケードが何重にも張られ、その奥に簡易ゲートが見える。その一番手前で、山下さんと大河内さんが待っていた。


「すみません、遅れてしまって」


「大丈夫?顔色が悪いようだけど」


「え、ええ。まあ」


とても万全とは言えない状況なのだけれど、僕は無理して答えた。大河内さんは「ふむ」と僕の顔を覗き込む。


「な、何ですか」


「いや、確か『御柱』なる人物が君の所に入り浸っていたなと思ってね。魔力供給の反動かなと思っただけさ」


「……!!よく分かりますね」


「いや、さっきまで似たような顔をした奴がいただけだよ。噂をすれば」


奥からオールバックのがっちりとした男性と、少し背が高く胸の大きい赤毛の女性が現れた。綿貫さんとアムルさんだ。大河内さんの顔色は、確かに少し青白く見える。


「大河内さん、イルシア側の準備はほぼ終わりました」


「すまないね。『中心静脈栄養』の説明はどうだった」


「正直、あまり反応は芳しくないですね。ゴイル氏ぐらいですよ、進んで受けると言っていたのは」


綿貫さんが僕に気付いた。「今日はすまないな、よろしく頼む」と手を差し出される。僕は恐る恐る手を握った。


「こ、こちらこそ。でも、僕は何をしたらいいんですか?ジュリを説得しろとか、そのぐらいしか言われてなくて」


「基本的にはそこにいるだけでいい。『親父』——浅尾副総裁の視察の際、イルシア側は彼に相互不可侵を持ち掛けると聞いてる。そこで浅尾副総裁が動かなかったり、逆に無茶な要求をして来たらジュリ・オ・イルシアが彼の認識を『書き換える』と聞いてる。

ただ、認識の書き換えには彼女も相当な魔力を使ってしまうらしい。それが限界に来た場合、君の出番になる」


「……魔力供給をするわけですね。しかし、僕の体力は……」


「見りゃ分かるよ。僕と同じで、魔力供給をした反動で疲れ切ってるというんだろ」


綿貫さんは小さな瓶を取り出した。そこには黒い丸薬みたいなのが2粒入っている。そしてそのうちの1粒を僕の掌に出した。


「……これは」


「魔力供給をする側が飲む薬だ。強壮剤みたいなものらしい。事前に飲んでおくのがいいらしいが、事後でも十分効き目はある」


「でも、残りが1粒しか……」


「解析データがついさっき出てね。こちらは『エリクシア』と違ってある程度再現可能なものらしい。

特定の漢方薬を複数種飲めばそれに限りなく近い効果は得られると理研の連中は言ってた。だからひとまずは問題ない」


僕は一瞬躊躇したけど、とりあえず「ありがとうございます」とそれを飲み込んだ。やたらと甘くて苦い味がする。


「これ、『田園調布の魔女』の所で入手したんですよね」


「ああ。僕らはこれが終わったら彼女の所に向かわなきゃいけない。彼女を回復させると約束してしまったからな……。

とりあえずこの場は大河内さんと君たちに任せる。僕らの役割は、あの女をコントロールすることだ」


「コントロール?」


綿貫さんが「そういうことだ」と頷いた。


「ペルジュード対策の切り札として、彼女をこちらに呼び寄せる。勿論、どんな要求をされるかは分かったもんじゃない。ただ、奴らに明らかに対抗できるのは、彼女ぐらいしか思いつかなかった。

イルシアの連中を信用してないわけじゃない。ただ、彼らの手を煩わせたくもなかったんでね」


「そう言えば町田さんたちは、どんな感じなんですか」


「ひとまずペルジュードのアジトの絞り込みをしている。そこは町田たちに任せるしかないな。何にせよ、ここ数日がヤマになると思う。

大府集落近辺の安全が確保できたタイミングで、イルシアの存在を世間に公表する――そんな感じでいいんですよね、大河内さん」


大河内さんは「大体いいと思う」と頷いた。


「正直浅尾副総裁がイルシアをどうしたいかは、俺でも分からない所がある。ただ、もし危ない方向に行きそうになったら『御柱』が何とかしてくれるとも思ってる。

イルシア側の不穏分子を抑えることも、彼女がやってくれるという理解でいいのかな」


「はい、多分。朝も少しそんなことを言ってましたし。ただ……」


どうにも引っかかる所があった。「できれば副総裁には会いたくない」だとか「好きでこんなことはしてない」だとか、ジュリの言葉の端々にやる気のなさを感じたのだ。

もちろん、彼女が自分に与えられた責任をぶん投げるような子とは思えない。ただ、何かを彼女は隠している。それも、相当重大な何かを。


「ただ?」


「……ちょっと、視察が始まる前に僕だけジュリに会っていいですか。ゴイルさんが許すかどうかですけど」


ずっと黙っていたアムルさんが『それがいいと思いますわ』と口を開いた。そう言えば、彼女がジュリの身の回りの世話をしていたのだっけ。


「アムル?」


『皆さんもそろそろ知っておいた方がいいと思いますの。何故私たちがこの世界にやってきたのかという真相を。

勿論、モリファスや『死病』から逃れるためというのは嘘でも何でもありませんわ。ただ、私たちが『何をしたいのか』ということは、御存知ないのではなくて?』


「転移先で力を蓄え、モリファスや『死病』に対抗する手段を持ち帰るためなんじゃないのか」


アムルさんは首を横に振った。


『確かにゴイル様やガラルド、シェイダはそう考えていると思います。ただ、実の所それだけなら転移などする必要はなかったのです。

御柱様は……いえ、彼女と私は、もう一つの手段から『逃げた』。それをすることの代償が、あまりにも大きかったからですわ』


「一体何なんだ、それは」


アムルさんは一拍置いて、綿貫さんの質問に答えた。



『『ヨト神』との一体化――『下天』ですわ。……それは、大魔卿『ギルファス・アルフィード』が彼女に強いようとしていたことでもあるのです』



綿貫さんは「それのどこが悪いんだ?」と理解できないという風で彼女に訊く。僕も「下天」とかいう単語は聞いたことがない。


『『下天』には相当な代償と危険を伴いますわ。存在するだけで地上の魔力を大量に消費し、しかもその死は即大陸全土の消失にすら繋がる。

そして何より、基本的に下天の対象となる人物の自我は失われてしまいますわ。それは、これまでの御柱に対しても部分的に行われてきたことではあるのですけど……

『先代様』は、下天のために御柱様を『造られた』。将来来るであろう災厄のためにそうするのだと先代様は仰ってましたが、その事実を御柱様は酷く忌み嫌っておりましたわ』


「……ペルジュードを撃退しなければいけない理由は、そういうことでもあったのか。ただ、下天とかいう手段があるのは、イルシアにも知っている人がいるんじゃないのか」


コクン、とアムルさんが頷く。


『ガラルドは、ある程度反転攻勢の準備が整ったらそのようにすべきだと考えているようですわ。ゴイル様やランカ様ら、ほとんどのイルシア人は反対してますけど……』


「……なるほどな。イルシアの中にも派閥があるということか」


『ええ。そしてここからが大事な所ですわ』


アムルさんが僕らを見渡した。



『彼女の、そして私の願いは、この世界で『一人の人間として』生きていくことですわ。二度とメジアに戻ることは考えていませんの』



こんなに暑いのに、すっと体温が下がっていく感じがした。ジュリの願いが、一体何を意味しているのかを僕らは認識してしまったからだ。


大河内さんも同じだったらしい。「ちょっと待ってくれ」とアムルさんに詰め寄る。


「とすると何か?仮に日本とイルシアが同盟を結んでも、それは無意味になりかねないってことか??」


『そこまでは言っていませんわ。御柱様はイルシアの民のことはちゃんと考えています。ただ、その先にあるのは『普通の市民として生きていく』こと。勿論これは彼女の願いでしかないですけど』


僕にすら分かった。この状況は、かなりマズい。


何故綿貫さんや大河内さんのような人がここにいるか、その理由は「異世界や魔法の権益を極力日本で独占すること」にある。

彼らの仕事は政治家だ。国益をどう高めるかをこの人たちは考えている。もちろんそうでない人も多いけど、少なくとも彼らはそう考えて動いていると思っていた。

ただ、その権益自体が存在しないのなら?ジュリはそんなものを一切合切放棄しようとしているのかもしれない。だとしたら、日本側にとっても、イルシア側にとっても、このまま突っ走るのは物凄く危ない。


僕はイルシアのあるバリケードの向こう側に走り出した。


「市川君!?」


「すみませんっ!!今すぐにジュリと話してきますっ!!」


自衛隊の人が「何だ君はっ!?」と道を阻んだ。僕は飛行魔法を使い上空へと飛び、そこから王宮のある辺りに急降下する。

結界の破り方は知っている。「いつアサトが王宮に来ても大丈夫なように」と、基本的なやり口はジュリに教えてもらっていたのだ。


「バリィッッ!!!」とガラスが割れるような感触と共に、目の前に王宮が見えた。


視察まで残り1時間。それまでにジュリと話し合っておかないと……大変なことになるかもしれない。



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