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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第5章「民自党副幹事長 大河内尊」
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5-11


ホテルに帰り着いたのは夜の11時前だった。会見は大きな波乱なく終わった。記者からの質問は全て無回答、ないしは「調査中で通せ」というこちらからの指示を一応は阪上は忠実に実行したからだ。

奴の刺すような視線が度々こちらに向けられたが、その場で何か言うことはなかった。ただ、あの男のことだ。何か仕掛けてくる予感はある。


そもそも、阪上が市長になる前の経歴を調べるとなかなか香ばしい。大学卒業後はベンチャー企業を起業し、それが上手く行かなくなると不良少年・少女更生を目的としたNPO法人の代表になったらしい。そしてその伝手で立政党とのコネを作り、政界に転身といった具合だ。

野党系の政治家で、この手の経歴をした人間にマトモな人間がいた試しがない。市長になったのも、前市長のスキャンダルを徹底的に叩き、SNSなどを活用したパフォーマンスで知名度を高めたことによるものだ。

今回も、それに近い手を使う可能性はある。タイミングを見計らい、部下か自身の関係者にイルシアのことをネットに流す可能性は十二分にあり得た。


「……急がないとな」


俺は冷蔵庫からビールを取り出し、独り言ちた。イルシア周辺の封鎖は完了している。ただ、マスコミがヘリを飛ばして空撮するのは止められまい。

魔法で外見はカムフラージュできているが、それを維持できるのは精々あと2、3日であるらしい。魔力不足に、もはやイルシアの連中は耐え切れなくなっているのだ。


対応策は一応綿貫から聞いていた。「中心静脈栄養」による、高カロリー・高栄養の点滴だ。恐らく完全な対応策にはなり得ないというが、それでも多少はマシだ。


ただ、これには大きな問題がある。QOLクオリティ・オブ・ライフの低下だ。


中心静脈栄養では、首や太ももにカテーテルを挿入し、大静脈に到達させる必要がある。そして、一日数時間は安静にしておかねばならない。移動には大きな制限がかかり、しかも感染症防止のために抗生物質も投与しておく必要がある。健常な人間に対する措置としては、精神的にストレスがかかるのものなのだ。

それをイルシア国民約1000人に受けさせるとなると、相当な抵抗が予想された。だから綿貫は「これは応急措置にとどめるべきです」と言っていたのだ。


綿貫が政府の――いや、俺の判断にそれほど大きな異論を唱えなかったのはやや意外ではあった。政府・与党内での存在感を高めたいあいつにとって、イルシアに首を突っ込もうとする俺の存在は邪魔だったはずだ。少なくとも、イルシアの存在を明らかにすることについてはかなり消極的だった。

それが然程文句も言わず、魔力欠乏症対策に動いているのはどういうことなのだろう。「田園調布の魔女」を復活させねばならないからか?それとも、もっと別の理由があるのだろうか。

とにかく、そっち方面については俺も町田も手が回らない。町田もそう考えているのかもしれないが、俺も綿貫にしばらく委ねることにするか。あいつがもっと負担の少ない魔力欠乏症対策を提案してくれるなら、それはこっちにとってもありがたいことだ。


窓に近寄り「プシュッ」とビール缶を開ける。外の夜景は、明かりがまばらでそれほど見るべきものはない。それを見ながら、俺は缶に口を付けた。


そう言えば山下は会見が終わるとそそくさと帰ってしまった。今後の相談も兼ねて飯に誘ったのだが、デイサービスに通わせている母親を迎えに行かねばならないらしく断られた。

彼女の年齢は精々20代後半だろう。それにしては母親がデイサービスを使っているというのは、かなり訳ありに思えた。この辺りは深入りしなかったが、彼女を落とすのはなかなか大変そうだ。


俺は苦笑した。こんな時でも女のことを考えるか。どうにもこの性分は宿痾であるらしい。


とにかく、俺がすべきことはイルシア一帯の隔離だ。その上で、彼らを日本政府の完全なる管理下に置く。まずはそこだ。住民を黙らせる自信はあった。田舎のジジババほど、金で釣られてくれる連中はいない。見舞金をばらまけば、ひとまずは大人しくなる。その自信はある。

問題はイルシアの連中だ。彼らのガス抜きをしなければいけないと、山下は言っていた。そして、そこは彼女に任せてほしいとも。どこまで委ねればいいものだろうか。

彼女はこの田舎には似つかわしくない程度には頭が切れる。だから、それなりの自信と裏付けがあるのだろう。ただ、どこまで彼女を信頼していいものかはやや確信が持てなかった。


そろそろ、「1日の報告」をしておこうか。


俺はビールをテーブルに置き、代わりにスマホを手にした。電話帳から、一人の男の名前を見つけるとそれをタップした。

3コールほどして、「もしもし」としわがれた声が聞こえてきた。


民自党副総裁・浅尾肇だ。


「夜分恐れ入ります」


「おう、今日はお疲れだったな。TVにも少し映ってたな」


「まずかったでしょうか」


「そのうち気付かれるかもしれねえが、現状はそれほど問題でもねえよ。お前が特別補佐官に任命されたのは発表済みだしな。

明日、俺も秩父に入る。調整の方、よろしく頼むぜ」


「はい。明日朝、秩父市の山下総合調整課主任経由でイルシア側にも連絡が行くはずです。大府集落一帯の封鎖も完了してます」


「流石だな」と浅尾副総裁が笑った。


「ただメディアはやっぱかなりうるせえな。『政府が何か隠してる』の一点張りだ」


「はは、実際隠してますからね。ただ、封鎖が完了し、かつイルシアの連中が落ち着かないことには開示はできない」


浅尾副総裁には俺がイルシアのことを知ってから毎日のように最新情報を上げていた。勿論、俺が知り得る範囲の話ではあるが。岩倉からの連絡も併せれば、ほぼ浅尾副総裁が持つ情報のレベルはこちらと同じのはずだ。いや、公安からの情報も考えるとそれ以上かもしれない。


「明日は、いつ頃来られますか」


「昼ぐらいだな。メディアの連中を撒くため、俺もヘリで現地入りするつもりだ」


「了解です。お迎えに上がりましょうか」


「いや、気遣いはいらねえよ。自衛隊の連中に俺が乗る車のナンバーだけ伝えればそれでいい。

つーか、かなり事態は切迫しているしな。俺に気を遣う余裕なんてないはずだぜ」


「……ええ。阪上市長がこのまま黙っているとは……」


「ちげーよ。ペルジュードの親玉のことだ。話聞いてねえのか?」


そっちのことか。岩倉から猪狩一輝なる男がその人物であるとは聞いている。あの「無双」猪狩瞬の兄であるらしい。


「あ、すみません。聞いてます。公安中心に、追い込みかけると聞きましたが」


「知ってたなら話は早いな。こっちもちょっと情報収集した。ありゃかなり難物だぞ」


「自衛隊第一空挺団史上でも、屈指の戦闘能力を持っていたと聞きましたが」


「外務省からの情報だが、ウクライナで戦死してたらしい。『転生』ってのがどこまでマジか分からないが、もし本人なら厄介極まりねえな。

ウクライナじゃロシア軍が相当恐れた存在らしい。それこそ第二次世界大戦の時のシモ・ヘイヘ並みかそれ以上にな。たった1人で300人を一晩で屠ったという逸話があるぐらいだ」


……1人で300人??そんな馬鹿な。


「……魔法とやらを使って、ですよね?」


「んなわけあるか。武器と素手でだ。そこに魔法を加えたら、どうなるかは見当がつくだろ?イルシアの連中もペルジュードを恐れに恐れているということだが、そりゃ当たり前だな」


「……何を仰りたいんです」


「要は今の包囲網でいいのかって話だ。そりゃマスコミは締めだせるだろうが、猪狩一輝は止められんぜ。俺の方から自衛隊に話は付けておく。多分、ペルジュード対策班にいる第一空挺団の滝川って奴が明日か明後日にはこっちに派遣されるはずだ」


俺は思わずビールを口にした。水分を取って、気持ちを落ち着かせたかったのだ。


「水際作戦、ということですか」


「街中でドンパチされるよりは遥かにマシだ。岩倉にも絶対に手は出すなと伝えてる。移動を試みてきたら、刺激せずそのまま秩父に誘導しろともな」


「アジトの把握は」


「それはやっていいとも伝えてる。ただ、正直ある程度血が流れるのは覚悟の上だな。明日、イルシアの連中にもそのことは伝えておかなきゃいけねえ。その辺りの交渉は、俺に任せろ」


「……そんな怪物、自衛隊だけで対応できるものなのでしょうか」


「そこだがな。既に『切り札』は綿貫には伝えたぜ」


「……何を、ですか」


「ふふ」という笑い声が聞こえた。



「メリア・スプリンガルドだよ。毒を以て毒を制すだ」



私は思わず「えっ」と口にした。あの狂気の女——「田園調布の魔女」を??

浅尾副総裁は「まあそう言うだろうと思ったよ」と苦笑する。


「実は綿貫からの報告も受けてる。中心静脈栄養をあの女に対して実行する。明日にでも『メリア様』にお伺いを立てて、その上で実行だ。

勿論、どこまで回復するかは分からねえ。いつあの女が動けるかもな。ただ、猪狩一輝にぶつけるならあの女だ。共倒れになってくれれば万々歳ってとこだな」


「なるほど……しかし、あの女自体が不穏分子では」


「だから手段を選んでいられるほどの余裕はねえんだよ。そこの話は、綿貫に任せようぜ。もし失敗しても、民自党の『不穏分子』は排除できる」


私はハッとなった。浅尾と綿貫の父、綿貫信平とは決して仲は良くなかった。そんな彼の息子を浅尾派で囲っているのは、友情によるものではもちろんない。単に「不穏分子」だから監視しやすいように自派に入れているだけだ。

綿貫は弁は立つし頭も切れる。俺としては普通に右腕にしたいと思っているほど買っているが、この老人にとってはそうではないらしい。「出る杭は打たれる」との諺通り、台頭し始めた若手の綿貫をここで切りたいと考えている。額に汗が流れた。


……いや、あるいは俺も対象になっているのか。自分以外の権力者を認めようとしない、浅尾副総裁らしい考えではある。


「……相変わらず、エゲつないことを」


「手段が邪道でも、結果が正しいならそれでいいんだよ。マキャヴェリの『君主論』じゃねえけどな。

ま、とにかく期待してるぜ。明日は『失敗のないようにな』」


そして電話が切れた。俺は残っていたビールを一気に飲み干す。



……明日は俺の人生で、最も重要な日になる。そんな確信があった。



第5話 完




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