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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第5章「民自党副幹事長 大河内尊」
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5-9


『今日はここに泊まるの?』


戸惑った様子でノアが言う。俺たちが要るのは新橋の少し高級めのビジホではあるが、それでも彼女には宮殿か何かに見えるらしい。


「らしいな。一応、シングル2部屋を押さえたって聞いた」


フロントで手続きをしながら俺は返事する。一応警察庁から連絡が行っているらしく、住所は俺の分だけ書けばいいとのことだった。

それにしても、随分と急な話ではあった。ペルジュードの連中を追うためには、俺たちが秩父から毎回こっちに出るのは不都合だという岩倉警視正の言い分はよく分かる。それにしても、これほど動きが早いとは。


会議では一通りの情報共有を行った。そして、べルディアの「前世」が猪狩一輝であるという前提の下、今後のプランも組み立てられた。

猪狩一輝がまず頼るであろう人物は、やはりボクシング界の至宝、猪狩瞬だろう。他に候補がいるかもしれないが、ひとまず一番ありそうなのはここだ。

そして、彼の周囲を内偵した上で潜伏場所を絞り込み、その上でどうアクションするかを考えるということでひとまず意見の一致を見た。

内偵は五島ら公安が中心になって行うとのことだ。そしてべルディアが動いたのを察知するため、必ずノアか高松が公安に同行することにもなっていた。今日は高松が応援に駆け付けたらしいから、順番的には明日は俺たちの出番になる。


フロントのテレビを見ると、さっきの小林官房長官の会見を報じるニュースが繰り返し流れていた。「強毒性の新型感染症が発生」とのテロップが、視聴者の警戒感を煽っている。

俺はふうと息をついた。政府がイルシアの名前を出さなかったのは流石だが、世論の混乱は免れ得まい。封鎖に動いても、どこかから侵入しようとしたり空撮を試みたりする連中を完全には止めらないだろう。そうなる前に、何か次の一手を打っておく必要がある。


画面が切り替わった。どうやら今度は秩父市の会見のようだ。会見の模様は録画らしく、答弁する阪上市長の下に「新型感染症については『現在調査中』と話した」というテロップが出ていた。

あの目立ちたがり屋の市長にしては随分と穏当だな……と思っていると、会見室の後方に見たことがある顔が座っているのを確認した。


『ねえ、あれって』


俺は小さく頷く。睦月と大河内議員だ。なるほど、国が圧力をかける形で会見を仕切ったのか。

それにしても大河内議員は夕方には首相公邸にいたはずだが、いつの間に秩父に移動していたのだろう。そのフットワークの軽さに、俺は正直舌を巻いた。


「これは、俺たちにペルジュードに専念しろというメッセージなのかもな」


『どういうこと?』


「正直俺たち2人で全てのことには対処できない。だから、大河内議員自らが陣頭指揮を執る形で市とイルシアの折衝をするということなのかもしれない。正直に言って助かるな」


『……ワタヌキはいい顔しなさそうだけど』


「あいつは魔力欠乏症対策で手一杯だからな。イルシアの権益を確保しようとしてた奴からすれば大河内議員が出張るのは本意じゃないだろうが、そこに口を出すほど奴は子供じゃないよ」


それに、大河内議員が好き放題しようものなら睦月が止めに入るだろう。あいつは大概に合理主義者だが、情を解する程度には人の心がある。少なくとも、再会前のあいつとは大分違って見えた。


エレベーターに乗り込もうとすると電話が鳴った。知らない番号だ。


「もしもし」


「俺だ。お楽しみ中だったか」


高松か。そう言えば「スマホがないのは連絡上不便でしょう」と、岩倉警視正が警察庁職員用の予備のスマホを貸与させたのだった。


「お楽しみ中も何も、まだそういう関係じゃない」


「『まだ』か。やっぱり気があるんじゃねえか」


俺は少しイラっとした。そして、「念話」が高松の言葉には適用されないことに安堵もした。ノアにはあまり聞かれたくない内容だ。


「冗談はよせ。用件はなんだ」


「はは、悪いな。明日のことなんだが、ちょっと調べたいことがあるんだ」


「調べたいこと?」


「ああ。もしべルディアが『猪狩一輝』だとしたら、そいつを池袋に手引きした人間が必ずいる。ちょっとそいつに接触してみようと思う」


「当てはあるのか?」


「まあな」と高松が得意そうに笑った。


「一応これでも『前世』では池袋が根城だったんでね。裏の世界の話にゃ、そこそこ通じてるんだ。木村会だけでなく自衛隊にもコネがあるような人間は、嫌でも限られてくる。

そいつを説得して連れてくるつもりだ。ぶっちゃけ、戦闘なんてことになったらマジでとんでもないことになるからな。そこで『死病』が発症なんてしたら、日本の終わりだ」


「『死病』ってのがヤバいって話は聞いてるが、そんなに一気に感染させるのか?」


「それもあるが、問題はそれだけじゃない。『ステージ1』は熱など普通の症状で、この時点での感染力はほぼない。問題は『ステージ2』で、ぶっちゃけ感染者が化け物みたいになる。ステージ1から大体数時間で以降することが多いらしいな。

俺らはこれを『変異体』って呼んでるが、こいつが病原体をばらまきながら暴れまわるのが問題なんだ。べルディアほどの男が『変異体』になったら、それこそ自衛隊が空爆なり何なりしないと殺せないんじゃないか」


ゴクリ、と俺は唾を飲み込んだ。そこまで無茶苦茶な病気だったとは。


高松は話を続ける。


「んで、『ステージ3』になると活動を止めて風船みたいに膨れ上がる。んで、爆発して周囲の土壌ごと汚染して終わりだ。

だから発症前にやるしかないが、万全のべルディアなんて俺にだって無理だ。正体を知った今、滅茶苦茶合点が行ったよ」


「そんなに有名なのか、猪狩一輝は」


「知る人ぞ知る、だな。あの滝川って自衛隊の人が言ってた通り『怪物』だったらしい。自衛隊に入る前は、それこそ猪狩瞬より強かったぐらいだったそうだ。

俺もボクシングは好きだったから多少は知ってる。『消えた天才』という話では真っ先に名前が挙がるぐらいの奴だ」


「だから、戦闘を避けるためにできるだけのことをするってわけだな」


「そういうこと。俺が新橋に宿を取らなかったのも、池袋でやることが残ってたからだ。とりあえず、明日は横浜だっけか。いい報告待ってる」


「分かった」と、俺は通話を切った。会話内容がよく分かっていないノアに、俺は簡単に説明をする。『なるほどね……』と彼女は思案顔になった。


「何かマズいことでもあるのか?」


『情に訴える作戦なのかもだけど、何かちょっと引っかかって。恩人を説得して連れて来たところで、べルディアが心を動かすかしら』


「話はそれなりに通じる奴じゃないのか」


『それ以上に任務には忠実な男よ。あの蒙昧無知なセリス1世に未だに仕え続けているわけだし。『御柱様』を奪還しろと言われたら、何が何でもやり遂げようとする。そういう奴だと聞いてる。

そして、今あいつらはイルシアの場所を知ってしまった。態勢が整ったら、強引にやってきかねない。オオコウチが下した決断は確かに一理あるけど、一種の賭けみたいなものだとあたしは思ってるわ』


ノアの言う通りだ。確かに迂闊に突っ込みにくくはなったが、逆に言えば全員が万全になれば確実に喧嘩——というより戦争を仕掛けてくるだろう。

だからこそ、極力早く、かつ奴らを刺激しない形で今の潜伏場所を突き止めねばならない。チャンスは、多分1回。2回あれば上出来だろう。


「明日は、失敗できないな」


『……うん。とりあえず、ゴトウからの連絡待ちだけど』


公安は間違いなく猪狩瞬の所属する小橋ジムに向かったはずだ。勿論、もしべルディアと接触していたとしてもそう簡単に口は割らないだろう。ただ、そこを起点に徐々に絞り込みに入るはずだ。そこで俺たちの出番が来る。


どうすればいいかは思案していた。ノアの存在は向こうを警戒させてしまう。だから、俺が間に立って交渉を仕掛けるより他ない。

そこで高松がべルディアが「猪狩一輝」だった頃の知り合いを連れてくればなおよい。情に訴えかけるだけではなく、理詰めでも説得をする。それが最善に思えた。

後は、交渉人としての俺の力量次第だ。商社時代に積んだ経験がどこまで生きるだろうか。まあ、躊躇したところで何も始まらないのだが。


ここで長話していても仕方ないのでエレベーターの上りボタンを押す。すぐに目の前の扉が開いた。


「腹は減ってないか?一応、さっき菓子パンは食べたが」


『うん、大丈夫』


ノアは笑って返した。彼女は会議が終わった後に夕食代わりにパンを3個ほど平らげている。ただ、正直に言って彼女がいつも食べている量からすれば少ない。俺にとってはまあまあな量だが、もう少し食べてもよかったのではないか。


エレベーターの扉が開き、俺たちはそれぞれの部屋へと向かう。カードキーの使い方が分からなかったノアにそれを教え、代わりにドアを開けた。


「もし部屋を使うに当たって困ったことがあったら、遠慮なく俺の部屋に来てくれ。呼び鈴はここを押せばいい」


『うん、分かった。……じゃあ、おやすみなさい』


ノアは軽く手を振ってドアを閉めた。何か、いつもと比べると元気がない気がする。そのことに微かな不安を抱いたが、俺は気のせいだろうとカードキーを取っ手に押し当てたのだった。




この時俺が異変に気付いていれば、俺とノアの人生は大分違ったものになっていたかもしれない。




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