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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第5章「民自党副幹事長 大河内尊」
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5-8


会場となった大府集落の町内会館は、50人ほどの住民で既に一杯となっていた。そのほぼ全員が高齢者で、若者は誰もいない。

そして、その全員が大なり小なり苛立ちを露わにしていた。いきなり自宅周辺を立ち入り禁止区域に指定されたのだから、それも当然だろう。


広間に入ると、一斉に視線が私たちに向いた。丸谷課長がビクっとしたのも分かった。事なかれ主義の彼にとって、こんなに強烈な敵意を向けられるのは多分生まれて初めてなのだろう。

それは私も同じだ。アーコン・コンサルティング時代にはタフな交渉を何度もやってきたけど、これほど最初から悪印象を持たれたことはなかった。心を落ち着かせるために深呼吸をして、席に座る。


「これより……住民説明会を始めます」


丸谷課長が弱々しい声で切り出した。私は頷くと、「皆さんに回してください」と2枚紙のレジュメを住民に手渡す。すぐに「何だこれは!!」と叫ぶ声が聞こえた。


「落ち着いてください。まず、こちらの説明から始めます」


紙には今回の概要が簡単にまとめられている。私はそれを手にしながら、口を開いた。


「今回、大府集落周辺に発令されたのは災害対策基本法です。新型感染症の拡大を抑えるため、皆さんの命を守るためのものとご承知おきください」


「だから何だその新型感染症というのは!!誰が罹った、言え!!」


「先ほどの政府会見でもありました通り、そこはプライバシーに関わることですので言えません。ただ、まだ感染が拡大していないことは保証します」


「だったら何で立ち入り禁止区域になったんだよ!!」


声の大きい、やや太り気味の老人が怒鳴る。トモから大府集落の事情は少しだけだが聞いていた。聞いていた特徴からして、この男が町内会長の大熊だろうか。


「万が一を防ぐためです。感染症発症はまだ初期も初期段階にあります。この病を全国、全世界に広げないためには少しの間我慢して頂くことが必要なのです」


「少しの間だぁ!?コロナの時は緊急事態宣言が一体何年続いたと思ってるんだ、あぁ!??」


「……数年ということはないと思います。それに、今回の立ち入り禁止区域の設定は少々普通のものと異なるのです。1ページ目中段を見て下さい」


そこには、大府集落の住民に対する行動制限の詳細が書かれている。「何だこりゃ」という声があちこちから聞こえてきた。


「完全に立ち入り禁止区域となるのは、大府集落の西側、元『ファンタジーランド』の建設計画地となっていた石上山から半径300m以内です。この範囲内に住む住民の方はいらっしゃらないと認識しております。

そして、大府集落入口には関門を設けます。皆さんはマイナンバーカードかそれに準ずる身分証明書を持っていただければ、外に自由に出ることができます。

逆に、外から大府集落に入るのは住民の方以外だと政府が特別に認めた人しか不可能というようになっています。宅急便などがこれに含まれます。つまり、皆さんの日常は極力保たれる、というわけです」


80代ぐらいの女性がすっと手を挙げた。


「石上山には何もないんじゃないですかのぉ?何故そこを封鎖するんですかな」


「それは今はまだ申し上げることはできません。ただ、近いうちに明らかにすると政府から連絡が入っています」


「この前トラックがそっちに向かっていった件とは、関係あるんですかの?」


「ある、と申し上げておきます。ただ、これ以上は現状言えることはありません」


またざわつき始めた。「何を隠してるんだ!!」と大熊町内会長らしき男が叫ぶ。


「隠しているわけではありません。ただ、皆さんの動揺を招かないために……」


「もうとっくに動揺しきっとるわ!!致死性の伝染病だのなんだの、国も市も本当のことを話せ!!」


その時、部屋の片隅から「そう言えば町田の小倅がおらんぞ」という声が聞こえた。「そうだ、町田だ」「あの小僧が感染したのか?」と一気に広がっていく。これはまずいことになった。

トモがいないのは、ペルジュード対策で東京に移ったからだ。そして、しばらくは向こうにいるだろうとさっきLINEでも連絡が来た。だが、このタイミングで彼が不在なのは……嫌でも余計な憶測を招いてしまう。


「皆さんっ!!患者の詳細情報は現時点では教えられないと言ったはずです!!」


「なら何で町田の小倅がおらんのだ!?ここに来る途中に奴の家の前を通ったが、電気もついてなかったし車もなかったぞ!?」


「とにかく落ち着いてください!!繰り返しますが、皆さんの行動の自由は最大限守られていますし、感染リスクも現状ではほぼ絶無と言い切っていいと思います。ですから、どうか普段通りに……」


「普段通りで済むかっ!!もう既に自衛隊がこっちに来とるのは知っとる!!あれを目にするだけで心穏やかではいられんのじゃっ!!」


「そうだそうだ!!」と同意する声が広間に響く。……ダメだ、話して分かるような人たちじゃない。

イルシアの存在を彼らに知らせる日は近いうちに来るのだろう。ただ、ただでさえ排他的な彼らだ。「異世界からの難民」であるイルシアの人たちを素直に受け入れるだなんてとても思えない。


……可能性があるとすれば、市川君だ。彼は夏休みを利用し祖母の家に滞在しているという。そして、彼と仲がいいイルシアの「御柱」って子は、人の認知を書き換えることができるらしい。

この状況を打開するには、「御柱」に頼んで認知を書き換え、彼らの態度を軟化させるぐらいしか手はない。ただ、「認知の書き換え」は相当負担が大きいらしいことも聞いていた。正直、上手く行くかは……一種の賭けだ。



住民説明会は紛糾したまま時間切れとなり、私たちは逃げるように町内会館を後にした。既に自衛隊による封鎖は進んでいるらしく、集落の入口には関門ができていた。


助手席の丸谷課長が「ふう」と息をついて額の汗を拭う。


「……何とか、終わったねえ。でも、全く納得してもらえてないけど」


「ええ。ただ、あそこにいるのがネットも使えなさそうな高齢者ばかりだったのは救いだったのかもしれません。説明会の様子がすぐにマスコミに漏れるなんてことはないでしょうから」


「そうだねえ……でも、これからのは違うからねぇ……」


また丸谷課長が大きく溜め息をついた。これから開かれる市の記者会見の方が、遥かに厄介なのは間違いなかった。どうあの阪上市長の口を止めるのか。

もし「イルシア」やら「異世界」やらの単語が出たらその時点で終わりだ。しかも彼はこちらの苦労なんか知るはずもない。ただ、自分が目立ってアピールできればそれでいい。そういう人物なのだ。


市役所に着くと、既にテレビ局の中継車が何台も停まっていた。やはり今回の会見は相当に注目は高いらしい。

会見場となる大会議室にも、記者が十数人集まっていた。勿論、テレビカメラも数台入っている。ゴクリ、と私は唾を飲み込んだ。


一応、さっき町内会で配った資料は準備している。ただ、これで納得するような記者たちではない。何か失言があったら、その言葉尻を延々と捉えてくるような連中だ。さっきの小林官房長官のような器用な立ち回りをできる人物がいればいいのだが、生憎こちらの発言者は阪上市長だ。


「おお、大分集まってるな」


いつの間にか会議室前に市長がやってきていた。まだ会見予定時間までは5分ある。彼の登場に気付いた記者が色めき立った。


「市長!!これはどういうことなんですかっ!?」


「ああ、それは会見で話しますよ」


どこか余裕があるような笑顔で市長は記者に返事する。大河内代議士の言葉が脳裏によぎった。「絶対に何かやらかす」。その嫌な予感は、私の中でさらに膨らみ始めていた。



その時、痩せ気味で白髪交じりの髪の男性がぬっと市長の後ろに現れた。そして「先ほどはどうも」と肩を叩く。



「あ……あんたはっ……!!?」



ニコリとその男性——大河内代議士は市長に笑いかけた。確か彼は、ついさっきまで首相官邸にいたはずじゃ……


彼が私の方を向いてウインクする。「何とかする」と言っていたのはこういうこと!?


市長が震える声で大河内代議士に言う。


「な、何であんたが、ここに」


「政府からの派遣ですよ。先ほど石川総理から連絡を受けましてね。私が『大府集落感染症対策特別補佐官』に任命されたというわけです。

ここでの会見内容も、極力私の指示に従ってもらいます。こちら、急ぎ作った台本です。これを読んでもらうだけで結構」


ホッチキスで止められた台本が阪上市長に手渡された。唖然としながら彼はそれを見つめる。


「お、俺に発言の自由は」


「ないですよそんなもの。勿論破ってもいいですけど、その場合公認は絶対しませんからそのつもりで」


怒りで市長の顔が真っ赤になるのが分かった。「覚えてろよ」と捨て台詞を吐き、彼は副市長らと会見室へ入っていく。

「私たちも後ろで聞きましょうか」と促され、記者の後ろの関係者席に付く。台本通り読むか、睨みを利かせているのだ。


「それにしても、よくこんな短時間で来れましたね」


耳打ちすると大河内代議士は笑う。


「無茶を承知でヘリを使わせてもらいました。大滝にヘリポートがありましたから。

陸路で行くとどんなに飛ばしても2時間以上かかりますが、ヘリなら30分で済む。政府特権を使ったからこそです」


「まさか、住民対策も……」


「説明会は上手く行かなかったでしょう?それは仕方ないです。だから、金で動かす。『見舞金』『生活支援金』の名目で」


市長の会見が始まった。硬い表情で、台本を棒読みしている。チラチラこちらを見てくるのは、やはり警戒しているからなのだろう。


「大河内さん、他の仕事は大丈夫なんですか?」


「ええ。政府の任命を受けて、しばらくこっちに専念しようかと。明日は浅尾副総理も来ますしね」


「専念?」


大河内議員はニコリと笑い、私にメモを手渡した。


「はい。しばらくこっちに厄介になることにしました。これが、私の泊まっているホテルです。何かあれば、こちらに連絡を」



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