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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第5章「民自党副幹事長 大河内尊」
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5-7


午後4時58分。総合調整課の面々の視線は、テレビに釘付けになっていた。勿論、私も例外じゃない。

NHKのテロップには「まもなく緊急記者会見 新型感染症について」とある。多分、官邸の記者にはちゃんとした会見内容は伝わっていないのだろう。


私たち秩父市の人間にも、「大府集落周辺で新型感染症発生の恐れ」という大雑把な内容しか伝えられていない。イルシアについての情報を知っているのは、私と市長、それと私の直属の上司である丸谷課長くらいなものだ。大河内代議士が市長に圧力をかけた結果だろうと、私は思った。


「山下君……本当に、大丈夫なんだろうね」


丸谷課長が耳打ちをした。この会見が終わった午後7時に、大府集落の住民を対象とした説明会が開かれる予定だ。こちらは、私と丸谷課長で対応することになっている。

そしてその後の午後9時から、マスコミを対象とした会見がある。こちらは阪上市長が出るが、イルシアについて余計なことを喋らないか不安だ。一応こちらにも私が出るが、彼を止められる自信はあまりない。


テレビに小林官房長官が現れた。会見が始まるようだ。


「……本日皆様にお伝えしますのは、埼玉県秩父市西部で発生しました新型の感染症についてであります。

調査しましたところ、感染力が極めて高く、かつ致死性も相当なものであることが判明いたしました。これ以上の感染を防ぐために、感染症の発生地である秩父市西部の大府集落一帯を立ち入り禁止区域に指定し、災害対策基本法に準じる形で取り扱うこととした次第です」


ざわざわと、会見場がざわついた。コロナの時の記憶が鮮明にあるだけに、記者の間でも動揺が広がったようだ。


小林官房長官は話を続ける。


「現在の感染者数、死亡者数については回答を控えさせていただきます。無用な動揺を広げないためです。大府集落域外の感染者については現状確認されておりませんが、慎重に調査を進める次第であります」


やはり、イルシアのことを明かさない方向で来たか。勿論、いつかは明かさねばならないだろうけど、現段階ではこれがベストだろうと私も思っていた。

封鎖が完了して、イルシアに誰も立ち入れなくなってから事実を明かした方が動揺は少ない。大河内代議士なら、そうするだろうと思っていた。


……それだけに、問題は阪上市長だ。彼はイルシアのことを口にしたがるだろう。そして、自らが友好大使として振舞いたがるはずだ。あの自分しか見えていない市長なら、今日の会見で口走ってもおかしくはない。

誰かが口止め役にならなければいけない。ただ、私でできるだろうか?丸谷課長は勿論当てにならない。温厚で人はいいけど、それしか能がないような人だからだ。


そんな私の想いをよそに、会見はなおも続いていく。「新感染症の症状は」や「発覚した経緯は」といった質問を、小林官房長官はのらりくらりと交わしていく。

当然「何か隠していることがあるんじゃないのか」という怒号が飛んだけど、官房長官は「調査が完了次第お話しします」と逃げの答弁に徹し続けた。私は民自党の支持者ではないのだけど、この質問のかわし方は職人芸だなと妙に感心した。

そして、当然阪上市長ではこんな返し方はできない。質問する記者のレベルが多少下がろうと、彼は恐らく失言するだろう。そうなったら、トモや大河内代議士の努力は水の泡だ。


怒号と混乱の中、丁度30分で記者会見は終わった。職場もざわついている。


「睦月ちゃん、怖いわねえ。秩父はどうなっちゃうのかしら」


言葉とは裏腹に、全然深刻そうな感じに見えない広田さんが話しかけてきた。私は苦笑する。


「さあ……なるようにしかならないんじゃないですか」


「でもコロナの時みたいになったら大変よお?また観光客が来なくなっちゃう」


この人は万事がこんな感じだ。私は「そうですね」と苦笑する。丁度その時、スマホが鳴った。……大河内代議士からだ。会話内容を聞かれないよう、私は人気のない会議室に入る。


「今会見終わりました。そっちはどうですか」


「え、ええ。市役所の皆も動揺してるみたいです。……結局、イルシアの話は」


「やはり時期尚早という結論になりました。明日の浅尾副総理の訪問を経て、然るべきタイミングでと」


「大河内さんなら、そうするだろうと思ってました。ただ、問題はこれからですね」


「阪上市長のことですね。会見はいつですか」


「午後9時からです」


大河内代議士が黙った。そして10秒ぐらいの沈黙の後「何とかしましょう」と返事が返ってきた。


「何とかとは?」


「それはその時のお楽しみですよ。大丈夫、決して彼に失言はさせませんから」


大河内代議士は結構な自信があるようだ。どういう方法なのだろう。

彼は話を続ける。


「それはさておき。町田君から話は聞いてませんか?イルシアの追っ手、ペルジュードの件ですが」


「いえ、まだ何も」


「先ほど会議が終わりまして、私も報告を受けました。ペルジュード対策班の結成に伴い、しばらく彼らには東京にいてもらうことになったそうです」


「……えっ」


正直、これは予想外だった。トモはしばらく、こっちに来ないのか。

無意識のうちに彼の存在を当てにしていた自分に気付いた。市と住民の間に立てるのは、彼ぐらいしかいないと思っていたのに。


絶句する私に、大河内代議士は「住民との話なら心配要りませんよ」と笑う。


「そこも手を打ってます。政府としても、住民の皆様に納得してもらいたいですから」


「手を打ってる?」


「まあ、こちらもそのうちに分かりますよ。むしろ問題は、イルシアをどう抑えるかですね。こちらについては、町田君以外でないと……」


「綿貫代議士では、ダメなんですか」


「彼もパイプ役にはなれると思いますが、別件で手一杯です。だから、別の人間が要る」


別の人間?イルシアの人々と仲が良く、しかもある程度説得できそうな人物なんているわけが……



いや、一人いた。



「その点、私に任せてもらえますか」


「貴女がですか?しかし、キャパオーバーになるのでは……」


「大丈夫です。一人、心当たりがあります」


私の脳裏に浮かんだのは、眼鏡の童顔の少年――市川朝人だ。彼はイルシアのトップ「御柱」と仲がいいと聞いている。彼を通して「御柱」に働きかけるのなら、イルシアの動揺も抑えられるかもしれない。


大河内代議士は「なるほど」と同意した。


「貴女がそういうならお任せします。ひとまず、本件についてはまた後でゆっくり話しましょう。では」


彼は少し急いだ様子で一方的に電話を切った。国会議員の中でもそれなりに重要ポジションに就いている彼のことだ、色々忙しいに違いない。


私は天井を仰ぎ、「……よし」と一人頷いた。ひとまず、覚悟を決めよう。ゴチャゴチャ考えるよりも、まずはやってみることだ。




そして、住民説明会の時間となる午後7時がやってきた。




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