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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第5章「民自党副幹事長 大河内尊」
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5-5


異変は東池袋のマンションに向かっていた時から既に感じていた。


おかしいと思ったのは、新たに拠点と決めたビジホを出てすぐだった。そこかしこに、私服刑事と思われる連中がいる。連中は見れば大体分かる。不自然に気配を消しているからだ。

すぐに何かがべルディアたちにあったのだと察した。これは、下手に動くとこちらも巻き込まれかねない。そもそも、俺の今の見た目自体も相当に目立つ。頭の角を隠すためのニット帽なぞ、この真夏には明らかに不自然だ。


「……参ったな」


俺は思案した。地上から向かうのを諦め、ビルの屋上伝いに行くか?ただ、これはバレると酷く目立つ。それこそ俺の方が捕まりかねない。

とすると……いっそのことこうした方がいいか。


俺は中池袋公園にいた私服警官2人組に向けて歩き出す。すぐに俺に気付いたのか、スマホで誰かと連絡を取り始めた。俺はわざとらしい笑顔で奴らに手を振ってみた。


「よお、朝からお疲れさん」


「誰だ、お前は」


「お前らの上司から話は聞いてないか?『もう一人の来訪者』と言えば分かるはずだぜ」


中年の刑事と、がっしりした体格の若手刑事が目を見合わせた。どうやら、俺のことはちゃんと伝わっていないらしい。


「少し待ってろ」


若手刑事に睨まれながら、俺は周囲を観察していた。脱走、という感じじゃないな。だとしたら街にもう少し緊迫感がある。むしろこれは……監視か。

数分後、中年刑事が電話を切って「お前が高松か」と呼びかけた。顔には緊張の色がある。俺は小さく頷いた。


「ああ。その分だと、町田は情報を警察の偉いさんにやっぱ流してたみたいだな。話が早くて助かる。

べルディアの所に行く予定だったんだ。少し、監視を解いちゃくれないか。奴らを警戒させたくはねえんだ」


「そういうわけにもいかない。俺たちはこの池袋から奴らを出さないためにいる。監視は解けない」


「……やっぱり何かあったのか」


「捜査関係者以外に情報は漏らせない。お前がいかに重要な人物だとしてもだ」


「そうか、分かったよ」


俺は黙って東池袋方面に向かう。「おい、待てっ!!」と呼び止める声が聞こえた。


「あんだよ」


「奴らのアジトに立ち入ることは許さんぞ!!もしそうするなら、公務執行妨害で……」


「分かってるよ。近くまで行くだけだ」


胸騒ぎがした。警察がこれほどの監視体制を敷いているということからして、昨晩何か動きがあったに違いない。逃げたということはないだろうから、その予兆となる何かを警察は掴んだのだ。

ただ、べルディアは馬鹿じゃない。こんな大勢で見張られていることに気付かないわけもない。そして、奴がその気になれば……


「やべえな」


俺は走り出した。警察の連中の動きが慌ただしくなったが、気にする余裕はない。もしべルディアが警察に牙を剥こうとするなら、俺は奴とやり合うか、あるいは代わりに警察を追い払うかどちらかを選ばなければならないのだ。

前者は力量差からして酷く分の悪い賭けだし、巻き添えも大勢出るだろう。となると後者だが、そうなるとこの世界での活動に酷く制限がかかる。正直、相当迷っていた。

べルディアが大人しくしたままでいてくれと願いながら、俺は「恩寵」を使って走る。追ってきた警察をあっという間に振り切ると、べルディアたちがいるマンションが見えた。


その時、俺はあることに気付いて立ち止まった。そして思わず膝をつく。



「……嘘だろ……」



べルディアの魔力の気配が、マンションから感じられないのだ。



気のせいかと思い、もう一度精神を集中する。しかし、あのざらついた感触の魔力は全く感じられない。べルディアほどの男なら、マンションから50mほど離れたこの距離からでも、俺は奴の魔力を感じることができるはずだ。



もう間違いない。あのマンションはもぬけの殻だ。奴らは別の所に既に移動済みだ。



「貴様っ!!何をするつもりだっ!!!」


刑事5人ほどを引き連れ、さっきの中年刑事が走ってくる。俺は立ち上がり、力なく首を横に振った。


「手遅れだ。もう逃げられてる」


「……何だと!?」


「間違いねえ。試しにガサ入れてみな。6階の610と611だ。すっからかんのはずだから」


刑事たちが顔色を変えてマンションへと向かう。監視役として残った刑事をよそに、俺は脳を最高速度で回転させた。


この分だと、マンションを出たのは早朝かそこらだろう。ただ、既に警察の監視はあった可能性が高い。つまり、奴らはこの監視体制を潜り抜けて脱出したのだ。

ただ、奴らはこの日本ではそれなりに目立つ。「マンションから出てくるスラブ系白人は全てマークしろ」ぐらいの指令が下っていてもおかしくはない。もちろん、タクシーだって呼べないはずだ。となると……


「……変装か」


ペルジュードの本来の任務は、隠密任務だ。彼らはモリファス最強の戦闘集団であると共に、最高の破壊工作集団でもある。とすれば、精密な変装技術を持っているか、ないしはそれに準ずる魔法が使える人間がいてもそれほどおかしくはない。

隠密魔法を使った可能性も考えたが、それでは池袋中にある無数の監視カメラの目を潜り抜けられない。まず間違いなく、変装か変化魔法を使って脱出したのだ。


勿論、これは魔力欠乏症を引き起こしかねない非常手段だろう。だが、それでもなおここを脱出したい理由が何かあったのだ。

一か八かイルシアに向かったのか?だが、イルシアの場所は俺すら知らない。そうなると……より安全な場所を見つけたってことか。


10分ほどすると、刑事たちが息を切らして戻ってきた。予想通り、誰もいなかったらしい。


「お前っ……どうして分かったっ!?」


「そりゃ俺が『異世界人』だからだよ。べルディアほどの奴なら、離れててもその気配は分かる。ちょっと、連絡入れさせてもらっていいか?」


「誰にだ」


「町田智弘って奴だ。あんたらの協力者のはずだぜ。上に連絡とってみ、確認が取れるから」


しばらくすると裏が取れたらしく、俺は公衆電話を使うことを許された。メモ帳に残してあった町田の電話番号を押す。すぐに奴は出てきた。


「もしもし」


「ユウだ。忙しい所すまない、緊急事態だ」


「何があったっ」


「ペルジュードの奴らが、池袋から消えた。これはかなりまずいことになったかもしれない」


「……何だと」


町田は絶句した。俺も大きく息をつく。


「俺も混乱しているんだ。連中、まんまと警察の包囲を誤魔化して逃げ切りやがった。多分、別の誰かの所に身を寄せたんじゃないかと思ってるが……」


「心当たりは」


「ない。日本の優秀な警察を以てしても、多分簡単には見つからないだろうな。それに、奴らは恐らく変装してる。ほとんど別人に見えるレベルの」


「どうして分かるんだ」


「勘だよ。それに、ペルジュードの本職はスパイや破壊工作だ。このことを考えたら、隠密任務に向くそういう魔法を使える奴が多分メンバーにいる。

となると、正攻法じゃ捕捉は困難になると思うね。俺も認識が甘かった」


重い沈黙が流れる。町田も相当参っているのだ。


しばらくして、奴が口を開いた。


「俺はこれからノアと霞ヶ関に行く。ペルジュード対策チームの結団式だ。お前にも協力願いたい」


「やっとその気になったか」


「お前を100%信用しろというのは無理だ。ただ、こうなったら協力できる相手とはできるだけ手を組みたい。そして少なくとも、お前は『田園調布の魔女』に比べたら多分遥かに話が通じる」


「『田園調布の魔女』?」


「それは後で説明する。こっちの手持ちの情報は、極力共有させてもらうつもりだ。時間は15時、霞ヶ関の警察庁で待ち合わせだ。それでどうだろう」


断る理由は何一つない。俺は「了解だ」と告げた。町田は「それともう一つ」と話を続ける。


「『エリクシア』の成分が分かったそうだ。後で会った時に詳しく伝えるが、一応多少マシにはなりそうな感じだ。根本的な解決策にもならないだろうが」


「……べルディアに伝えれられればいいんだがな。この前言った通り、あいつらは多分『死病』で1人死んでる。暴発を防ぐには、それが一番手っ取り早いんだが」


「……だな。とにかく、その点含めて後で会おう。よろしく頼む」


そう言い残すと、町田は電話を切った。



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