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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第5章「民自党副幹事長 大河内尊」
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5-4


「……本当かよ」


睦月から一通り説明を受けた俺は愕然とした。このタイミングで開示?幾ら何でも時期尚早だ。激しい怒りが睦月に向けて沸き上がったが、俺はすんでの所でこらえた。彼女は大河内議員の言う通りに動いただけだ。


そして、気持ちを落ち着けるために大きく深呼吸する。大河内議員とは少し話した程度の関係だが、あの人物にうるさい綿貫が特に文句も言っていなかった点からしてかなり出来る人物なのだろう。

そもそも47かそこらで「田園調布の魔女」に謁見しているのだから、間違いなく総理候補の一角とみなされている人物だ。そんな彼がイルシアの存在を世間に明かすという決断をしたということは、何か俺が知らない事実を知ったからに違いない。


「意外と冷静なのね。あなたらしいと言えばそうだけど」


睦月が苦笑する。冷静なのではない。無理矢理そうしただけだ。


「……ノアをイルシアに残したのは正解だったな。あいつは俺よりも血の気が多い。分はわきまえているし理性もあるが、少なくともひとしきり怒りをぶちまけてはいただろうから」


「ノアさんは向こうで何を?」


「食糧と『エリクシア』の在庫確認だよ。食糧はともかく、『エリクシア』の在庫はかなり厳しくなっているらしいから」


ノアもなかなか大変な立場にいる。イルシアがこっちに来てそろそろ1週間が経つ。1000人も人がいると、不安や動揺で正気を保ちにくくなるのもいるらしい。だからこちらの事情を説明し、ゴイルらの幹部と共に落ち着くよう説いているとのことだ。ノアが言うには現状は『何とかなっている』という。

ただ、それもどこまでもつのかは分からない。移動の自由を奪われているというのは、かなりのストレスにはなる。それを解消するためにどうするのが正しいのか。それはこれから考えねばならない点だ。


俺は麦茶を飲み、睦月の目を見た。


「大河内議員からは、何か聞いたか」


「『疫病』の拡大防止には、もう手段を選んでいられないって……でも確か、『死病』の発症を食い止める手段ってありそうなのよね」


「まだ分からないけどな。『死病』が魔力欠乏症からの派生であることが分かった以上、安定した魔力供給手段が見つかれば多分何とかなる。

綿貫からは『エリクシア』の成分分析が今日届くと聞いてる。そろそろ連絡があってもいいはずだ。それに、俺たちを通した魔力供給の道も何となくだが見えてきたらしい」


「そうなの?」


「リスクは伴うらしいけどな。事前に薬を飲んだ上で、粘膜接触すればそれでOKと聞いた。綿貫はあのアムルってメイドにそうやって魔力供給をしたそうだ」


「粘膜接触……」と呟き、睦月の顔が赤くなった。俺は苦笑する。


「セックスはしてないらしいよ。キスまでと言ってた」


「そ、そう……でも、それって誰にでもできることじゃないわよね」


「まあな。だからこっちは補助的な供給方法だ。あるいは、魔力を多く使わねばならない人間——それこそ『御柱』とか向けの方法だな。市川君には朗報かもしれない。

綿貫が飲んだ薬も、成分分析にかけてるらしい。こっちは明日結果が出る」


「……そのことは、大河内さんに」


「ある程度は綿貫経由で知ってると思う。だからそんなに焦らなくてもいいのは知ってるはずなんだ。それが何故急に」


俺はさっき岩倉警視正から来た連絡を思い返していた。今日、対ペルジュードの対策チームの結団式があると聞いている。午後はまたノアと一緒に霞ヶ関だ。

結団自体はほぼ聞いていた通りのスケジュールではある。ただ、岩倉警視正の声のトーンは明らかに重かった。ひょっとしたら……ペルジュード関連で何か動きがあったのだろうか。だとすれば……


「……そうか、これはペルジュードの動きを止めるためなのか」


「えっ」


「イルシアの存在が世間にバレれば、下手に奴らも動きにくくなる。イルシア周辺に立ち入り禁止区域ができれば、そこを強行突破というのは幾ら連中が強くても厳しくなるはずだ。だから早めに手を打ったというわけか。

ただ、そこまでしなければいけない何かが起きたということにはなるな……そこも、何も聞いてないか」


睦月が首を横に振る。


「私は何も聞いてない。ただ、本当に急がなきゃいけない理由はあるんだと思う。そこについては、あの人は信頼できる」


「……そうか。とりあえず、これから住民説明会か。俺は行けないが、よろしく頼む。睦月なら、上手くできるはずだから」


「……ありがと。トモも、気を付けてね」


俺は頷き、席を立った。



フィットをイルシアに向けて走らせる。その時、スマホが震えた。綿貫からだ。


「話は聞いたか」


その声は低く、険しい。多少なりとも怒っているのだと、俺は察した。


「ああ。イルシアの存在を今日、明らかにするらしいな。どういう方法かは分からないが、ひとまず住民説明会はこれからあると聞いた」


「何故大河内さんはそこまで急いだ??僕にもろくに説明してくれなかったぞ!?」


「落ち着けよ。多分、ペルジュード関連だ。勿論、それだけじゃないだろうが……理由を明かさないということは、相当マズい状況になっているってことだろう。

午後にまた警察庁だ。そこで、ある程度情報は共有させてもらえると信じたいところだな」


「……ペルジュードが、暴走しかかっているとかか」


「あるいは。昨日話した高松って男にもメールで連絡は取ってみる。奴は味方とは言えないが、敵でもない。少し話しただけだが、そんなに変な奴ではなさそうだ」


警察にも彼を紹介した方がいいだろうか。昨日の段階では乗り気ではなかったが、彼の力を借りられるならかなりありがたい。何せ、こちら側で魔法を使えるのはノアだけだ。それも実質的に使用に縛りがかかっている。頭数はあるに越したことはない。


綿貫は「そうか……」と言って黙り込んでしまった。プランの立て直しを考えているのかもしれない。


「……とにかく、イルシアの連中をあまり刺激しないようにしたいところだな。下手に突っつくと、ガラルドを中心とした強硬派がパンクしかねないから。そういえば、アムルって子はまだそっちに?」


「ああ。今秘書の郷原と一緒にこっちの世界のことを色々教えてるところだ。飲み込みが早くて助かってるよ」


「イルシアに戻さないのか?」


「そう思ってたんだがな。こっちの世界で活動しても奇異に思われないイルシア人が増えるなら、そう悪いことでもないだろ。

それに、何より彼女が僕から離れたがらない。余程気に入られたらしい。あくまで『食糧』としてだろうけど」


「ははっ」と綿貫が苦笑する。少し意外な気がした。綿貫はああ見えて恋愛には慎重なスタンスの人間だ。名家だからか、金目当てで寄ってくる女が多くて困ると商社時代言っていたのを思い出す。


「まさか、惚れたのか」


「冗談はよせ……と言いたいがな。ちょっと分からなくなってきた。抱いたら本格的に情が移るかもな。

そっちこそどうなんだ。僕の目から見たら、ノアちゃんは満更でもない感じだが」


「それこそ時期尚早だろ。そりゃ魔力欠乏症の問題は解決できるかもしれないが……」


「相変わらずお堅いな。別にあの睦月って子に操を立ててるわけじゃないだろ?」


「とっくにあいつとは切れてるよ。単に、俺はまだノアのことをよく知らないってだけだ」


いや、それ以上に勇気がないというだけか。「魔紋」を見せれば俺とノアの命は繋がってしまう。それは魔力欠乏症の恐れがかなり減るという意味で大いにメリットがあるが、同時にどちらか片方が傷ついたり死んだりしたらもう片方もそうなってしまうというリスクも抱えることになる。

だからこそ、俺もノアも一歩先に踏み出せないままでいる。単なる男女の恋愛の話だけなら、こんなに悩まずに済んだだろう。


綿貫は「まあそこはお前に任せるとして」と話を変えた。


「僕が電話した用件は、もう一つある。『エリクシア』の成分分析の結果が出た。結論から先に言えば、再現は無理だな」


「やはり……」


覚悟はしていたが、正直落胆した。そりゃ異世界由来の原材料で作る霊薬など、簡単にこっちで合成できるわけがない。それでも、目先の危地を乗り切るには重要な鍵となり得る話でもあった。


綿貫は「まあそう気を落とすなよ」と説明を続ける。


「再現は無理といったが、収穫も少なからずあった。『エリクシア』の主成分は、糖分と各種ビタミン、そしてバリン・ロイシン・イソロイシンといった分岐鎖アミノ酸だ。それに多少のカフェイン、アルギニン。これらが相当な濃度で入ってる。

かなり有体に言えば、高級栄養ドリンクの濃縮版に結構近い。ここに未知の芳香族アミノ酸がいくらか入っているらしいが、栄養ドリンクで魔力がある程度補えたのはこれでそれなりの根拠があることが分かった」


「だが、栄養ドリンクじゃ足りないんだろ。イルシアの連中も『効き目が薄い』って言ってたじゃないか」


「ああ。多分肝なのは未知の芳香族アミノ酸なんだと思う。これを合成するとなると、まあ少なくとも数カ月単位、あるいはもっとかかるだろうな。

ただ、経口投与じゃなく、点滴にすればどうか?吸収率は比較にならないから、個人的には行けると思う」


「中心静脈栄養か」


親父が末期がんにかかった際、食事が取れなくなった親父が受けたのが中心静脈栄養だ。高カロリー・高栄養価の点滴を心臓に近い血管から直接行うというもので、主に末期患者や自力での食事が困難になった高齢者が対象になる。

綿貫が提案しているのは、恐らくこれだ。感染症などのリスクがある上、カテーテルの挿入が必要だから簡単な手段ではない。ただ、確かに有効な手段ではある。食事の量も減らせるというメリットもある。


「行けそうだな」と綿貫が返した。気持ち、声が力強くなった気がする。


「僕は医学的知識が乏しいからそれが何かは分からないが、少なくとも栄養ドリンク頼りよりはマシなんだろう。とりあえず、大河内さんにも共有しておく」


「高松にも伝えていいか?あいつも分析結果は知りたがってた。ペルジュードに情報を流すつもりらしい」


「ペルジュードに?何でまた」


「向こうも『死病』のリスクには過敏になってるってことだ。大河内議員が動いたのも、それが多分理由にある。もしそれが軽減されるとなれば、連中ももう少し落ち付くんじゃないか」


「分かった。あとで成分表の画像データをそっちにLINEで送る。とりあえず、踏ん張りどころだな」


「ああ。そっちはこれからどうするんだ?」


「大河内さんにまず会いに行く。決断の理由は何となく分かったが、こっちとしては直接言わなきゃ気が済まないんでね。あと、多分『親父』にも説明することになる」


「親父」……浅尾肇副総理のことか。


「浅尾副総理のイルシア視察は近いのか?」


「この分だと明日にも秩父入りすることになるな。君の案内も必要になるかもしれない」


「……分かった。イルシアの人たちへの説明は、こっちでやっておく。午後に霞ヶ関だから、多分夜になるが」


「了解だ。じゃあ、また何かあったら連絡くれ」


電話が切れた。俺は大きく息をつく。「エリクシア」に代わる魔力補給方法が見えてきたのはいいが、まだ問題は山積している。むしろここからがヤマかもしれない。

疲れてきたのでコンビニに寄ろうとしたところ、また電話が鳴った。……公衆電話からだ。


「もしもし」


「ユウだ。忙しい所すまない、緊急事態だ」


高松の声は切羽詰まっている。俺はスマホを持つ手を右手から左手へと変えた。


「何があったっ」


「ペルジュードの奴らが、池袋から消えた。これはかなりまずいことになったかもしれない」



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