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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第4章「『汎調』准委員長 ユウジ・タカマツ」
51/202

4-10


『隊長、まだ動かないんすか!?』


ラヴァリが血相を変えて詰め寄ってきた。時刻はもう24時になろうとしているのに、彼がここにいるのには訳がある。プレシアの具合が芳しくないのだ。

彼女はエオラと違い、ろくに魔力を補給していなかった。それに彼女はこっそりと「未来視」を使ってしまっていたらしい。皆の安全のためにと言っていたが、その結果夕方から高熱を出して倒れてしまっている。……極めてまずい状況と言えた。


彼女とラヴァリは婚約者同士だ。プレシアの方が1つ上で、子供の頃から家族ぐるみで付き合っていたと聞く。「穴」の拡大さえなければ、どこか落ち着いた地方の荘園で領主をやっていたはずの2人だ。

ペルジュードに入ってもその仲睦まじさは変わらなかった。流石に綱紀を乱すような態度はしなかったものの、互いを思いやっているのは私にも分かった。


それだけに、プレシアが魔力欠乏症に陥りつつある現状でラヴァリは平常心を保っていられないのだろう。まして、「死病」へと発展してしまえば私は彼女を消さないといけない。ラヴァリを含めた他のメンバーのためにも、だ。

だから、ラヴァリは一刻も早くイルシアに向かえと直談判に来たのだ。その気持ちは痛いほどよく分かる。


『落ち着け。死病の発症の証である『虫の聲』はまだ出ていないんだろう?何より、さっきの話は聞いていなかったのか?』


『ええ、聞いてましたよ。『エリクシア』の代用となる何かが手に入るかもしれない、でしょ?

でもあくまで『かもしれない』じゃないすか!!しかも、あのユウという奴の言葉っすよ??エビアから来た敵の言うことを、隊長ともあろう人がホイホイと信じるんすか!?』


『信じたわけじゃない。ただ、あの男の言っていることに嘘はなかったはずだ。読心魔法を多少使えるエオラが反応しなかったということは、そういうことだ』


『たとえそうだとしても、ですよ!?いつ『死病』が発症するか、分かったもんじゃないじゃないすか!!たとえ発症しなくても、プレシアの体力が尽きたら……!!』


慟哭するラヴァリに、私は天を仰いだ。苦楽を共にした仲間を、また私の手で殺すことは耐え難かった。それが最善で、合理的判断だと分かっていてもだ。


さりとて、プレシアに対してできることは限られている。人を介した魔力補給は、恐らくはできない。プレシアが衰弱してしまっているというのが理由の一つ。もう一つは、「吸われた」人間が良くて瀕死になってしまうからだ。

エオラはその辺り、加減が手慣れている。昨日彼女を抱いた客は、恐らく死ぬまでは行かない程度に体力を調整されていたはずだ。


だが、人を介した魔力補給に慣れていないプレシアではそうもいかない。だからこそ、心優しい彼女は魔力補給を拒んだ。もちろん、ラヴァリに操を立てているという理由もある。

ラヴァリは、自分から魔力を補給すると手を挙げていた。だが、これも飲めない話だ。プレシアは回復するかもしれないが、今度はラヴァリが魔力欠乏症になりかねない。結局、何も事態は改善しないのが目に見えていた。


医者を呼ぶことも考えたが、その選択肢はすぐに外した。木村会御用達の闇医者はいるが、私たちの存在を知って彼らが黙ったままでいるかは全くの別問題だからだ。何より、高島の死で木村会はもはや味方とは言えなくなっている。ここにだっていつまでいれるかは分からない。

結局できることは、ドリンク剤を無理矢理彼女に飲ませるぐらいだ。その効き目もそれほど見られていない。ラヴァリの言う通り、ユウの連絡を待っていられる余裕はなかった。


どうすればいい?私たちには、新たな強力な庇護者が必要だった。それも、適切な医療機関の診療を極秘に受けさせてくれるような庇護者だ。

だがこの世界で私たちの仲間になってくれそうで、かつ絶対に信用の置ける人物など……



……1人、いた。



あいつなら間違いない。闇医者とは比較にならない、最高級の医療スタッフもあいつの周りにはいる。ここよりも遥かに快適で安全な隠れ家も用意してもらえるだろう。


だが、これは最後の手段だった。あいつに迷惑をかけるわけにはいかない。そもそも、私との関わりなど絶対に知られてはならない。

あいつは光の当たる道を歩き、私は闇を歩く。自衛隊を離れる時に、私はあいつにそう告げたはずだ。そして、二度と会うことはないとも。


私は目をつぶった。このままユウの連絡を待つか、それとも今すぐに動くか。



私が選んだのは、後者だった。



『ラヴァリ』


『はい?』


『今からある場所に行く。君だけじゃない、プレシアもだ』


『……誰か、当てがあるんすか』


『ある。ある種の賭けだが、ここにいて朝を待つよりは随分マシだ。

ただ、一応言っておくが『虫の聲』をプレシアが発したら即座に消させてもらう。そうなったら、もう治る見込みはないからな』


ラヴァリがゴクンと唾を飲み込む音が聞こえた。


『……分かりました。でも、俺を連れていく意味は?』


『私の顔を、これに変えてもらいたい。着く直前でいい』


私はPCからある画像を検索して彼に見せた。少し訝し気な様子でラヴァリが私を見る。


『これっすか?』


『ああ。覚えられたか』


『まあ、大体は。ただ、身体全体とかまで見ないと『模写』できないっすよ?』


『構わない。それに、少しの時間変えてもらうだけでいい』


ラヴァリが得意とする魔法「模写」は、自分や他人の外見を彼がイメージした人物へと変えてしまうというものだ。全身を見た人物なら、そのプロポーションもほぼ完璧に再現できる。流石に男性を女性に、女性を男性に変えたりするのは無理なようだが、潜入任務ではとても有用な魔法だ。

効果時間は最大で1時間。勿論、ラヴァリが途中で打ち切ることもできる。魔力の消耗としてはそこまで激しいものではないが、それでも使っている時間はできるだけ短くすませなければならない。


ラヴァリは少し困惑した様子で『分かりました』と答えた。



『で、どこまで向かうつもりなんか』


タクシーで真夜中の首都高速を飛ばすこと30分弱。私たちは横浜市内に入ろうとしていた。流石に深夜のためか、道は相当に空いている。


『もうそろそろ目的地だ。プレシアの様子は』


『相変わらず凄い熱っす……早く、助けてやらないと』


『『虫の聲』は』


『多分、出てないです……でもこのままだと』


プレシアの意識は朦朧としているらしく、会話ができる状況にはない。体温計は手元にないが、40度を超えているなら即医学的措置が必要だ。


『しばらく耐えてくれ。着いた先に医者がいるはずだ』


『本当なんですか!?でも、何で今まで来なかったんすか??』


『分かってるだろうが、私たちの存在を世間には明かせない。そして、黙って治療してくれるような医者は極々限られてる。腕のいい医者ならなおさらだ。

今から向かう所には、そんな医者がいる。ただ、これは本当に最終手段だ。できれば、あいつをこの件に巻き込みたくなかった』


『あいつ?』



『私の弟だよ』



最後の頼みの綱、それは「前世」での私の弟――世界フェザー級2団体統一王者、猪狩瞬だ。




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