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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第4章「『汎調』准委員長 ユウジ・タカマツ」
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4-5


俺は高松と名乗る男を改めて観察した。見た目からはその名前のような日本人要素は全く見られない。

それにしてもペルジュード以外の異世界人とは……これが、話に聞いていた「新たな異世界人」というわけか。


ノアが戸惑いを隠さずに高松なる男に訊いた。


『あなた、『転生者』ね……にしても、どうして母様が??』


「その辺りの説明は後でだ。あんた、腹減ってるだろ?魔力欠乏症にならないためにも、まずはそこからだ」


「転生者?」とノアに訊くと、高松が「まだ詳しく聞いてなかったか」と代わりに答えた。


「この世界で一度死んだ人間が、魂だけあっちの世界に移って別の誰かに『憑依』するんだよ。いわば乗っ取りってわけだ。

俺はちょいと違うが、あっちの世界にはそういうのがたまにいる。何でも、アザトって神様が文明の発展のためにそのようなシステムを作ったって話だ」


ノアが呆気に取られたように高松を見る。


『『転生者』の存在は知ってるけど、そんな話は初めて聞いたわよ……』


「だろうな。ごく限られた人間しか知らねえ話だしな。まあとにかく、俺は元々日本の出身なんだよ。名前はその名残だ。

とにかくまずは飯だ。俺も結構腹減ってんだよ。魔力欠乏症だけは絶対に避けなきゃいけねえしな」


高松は東口方面へとすたすた歩き始める。全く迷いがない辺り、池袋の地理にはそれなりに詳しいらしい。


「どこに行くんだ?」


「池袋でガッツリ食うならあそこだろ。俺も行くのは3年ちょいぶりだ。ああ、あんたの名前は?」


「町田だ。町田智宏」


「そうか。俺のことはユウと呼んでくれ。向こうじゃそう呼ばれてる」


『信用していいのかしら』とノアが不安そうに呟く。俺は「分からんが、とりあえず行こう」とはぐれないように彼女の手を握った。

歩くこと数分、黄色い看板が見えてきた。……ここは。


「『次郎』か」


「やっぱり知ってるな。あんた、苦手か?」


「いや、それなりには。昔は神保町店にはよく行ってた」


「なら話は早いな。嬢ちゃん、名前は?」


ノアが少しむすっとした様子で『ノアよ』と返す。高松が俺に視線を向けた。


「彼女、好き嫌いは?」


「今のところないと思う。ラーメンも一度食べさせたが、随分気に入ってたな」


「なら何よりだ。この世界の魔素の薄さからすると、随分食わなきゃ厳しいんじゃないか?」


「確かにノアはよく食べるが……どうしてここに?『次郎』はとても女性向けの店じゃないぞ」


「次郎」は山盛りの野菜にぎっとりと乳化した豚骨醤油のスープ、そして雑に切られた豚の塊で知られている店だ。チェーンではないが、その名を冠する店の大まかな特徴は一致している。

店ごとの味は似て非なるもので、万人向けする店からマニア御用達のどぎついものまで幅広い。ただ味の濃さと量から、女性が入りにくいラーメン店の代名詞にもなっている。


高松は行列の最後尾に並ぶと、真顔で俺とノアを見た。言葉が「念話」に変わっている。今から話す内容を知られたくないのだと悟った。


『別に俺が元『次郎リアン』だから連れて来たわけじゃない。魔力欠乏症だけは、絶対に避けなきゃいけないからだ。一食でできるだけカロリーを取るなら、ここが一番だと思った』


「魔力欠乏症……」


俺はノアと最初に会った時のことを思い出していた。確かに高熱で酷く苦しそうにしていたのを覚えている。ノアが高松を見上げた。


『確かに魔力欠乏症は命に関わるし、それを避けるのに食べなきゃいけないのも分かる。でも、あたしはまだそこまで……』


『それでもだ。確かに見たところ、あんたはそこまでは消耗してない。『念話』をこれだけ使っているのにだ。だから俺の知らない別の何かがあるのかもしれない。

それでも、万が一すらあっちゃダメだ。魔力欠乏症が何を引き起こすか、あんた知ってるか』


『高熱と意識の低下、そして死。母様からは、そう聞いてる』


『それは間違っちゃいない。だが、もう一つルートがある。『死病』の発症だ』


『何ですって……!?』


ノアの顔色が蒼白になった。高松は軽く息をついて話を続ける。


『どういう条件でそうなるのかは分かってない。ただ、『穴』の魔素がそれに近い症状を生み出すことは知ってた。濃過ぎる魔素は体内に吸収できず、その結果魔力欠乏症を引き起こす。その際に、何らかの因子が『死病』を誘引する……と聞いてる』


「すまん、話には聞いてたがその『死病』というのは何だ?」


俺の質問に高松がふうと息をついた。


『まあ……極めて単純に言えば『かかったら致死率ほぼ100%、しかも強力な伝染性あり、かつ土地ごと腐らせる』という悪意の塊みたいな病気だな。そんな病気が向こうじゃ流行りに流行ってる。

しかも原因の根本がウイルスとかじゃないから防ぎようがねえ。できるのは、結界張って魔素を軽減することと、『変異体』を撃退し続けて感染を防止することだけだ』


「だから、イルシアはこっちに転移してきたというわけか。それから逃げるために」


『そういうことだ。ただ、事態は大きく悪化した。『穴』がもう一つ、イルシア王都があった場所にできてる』


『何ですって!!?』とノアが叫んだ。行列で待っている客たちが、一斉に怪訝そうな目で彼女を見る。高松は「落ち着け」とノアを宥めた。


『その話も詳しくは後で話す。とにかく、あんたらが向こうの世界を去って数か月して、向こうは滅茶苦茶なことになり始めてる。事態の収拾には、あんたのとこの『御柱』——ジュリ・オ・イルシアを連れて帰らないとマズい状況なんだ』


『ちょっと待ってよ……それ、母様が命じたの??』


『あんたの母親は消極的だった。死病から彼女やあんたたちを逃がすために、あんたらをこっちの世界に転移させたんだからな。

だが、色々話し合った結果これしかねえって話になった。俺は、ジュリ・オ・イルシアを連れ戻すためにここに来てる』


ノアは『嘘……』と言ったきり立ち尽くした。何も知らぬ店員は、「次の方どうぞー」と俺たちを中に入るよう促している。


「ノア、行こう」


『う、うん……』


ノアは事態が整理しきれていないからなのか、明らかに憔悴した様子になっている。俺はひとまず彼女の分として「大」、自分の分として「小」の食券を買い、隣の席に座った高松を睨んだ。


「今のは本当なのか?それに、『穴』って」


『嘘は一切ない。『穴』ってのは、平たく言えば人が住めなくなるような毒を撒き散らすどでかい穴だ。形はいびつだが、少なく見積もっても直径で数千キロはある。こいつのせいで俺たちのいる世界は危機に瀕してる。特に、メジア大陸は』


「それが、もう一つできたって……」


『ああ。ぶっちゃけ最悪だ。そして、何とかできるとしたらジュリ・オ・イルシアしかいねえ』


ノアの目の焦点は合っていない。余程ショックだったのだろう。俺はノアを軽く揺さぶる。


「おいっ、しっかりしろっ」


『母様が、何で……』


高松が『すまなかったな』と彼女に告げた。


『こんなことは、多分彼女も予想できなかったんだろう。あんたらが逃げている間に俺たちの協力を得て『死病』対策を確立し、その後で呼び戻しに行くつもりだったと聞いたよ。

だが、第二の『穴』の出現が全て台無しにした。事故だったんだよ』


『『御柱様』が、この事態を予測できていないわけが……大丈夫だって言ってたのに』


『純神族である『御柱』ジュリ・オ・イルシアも間違うことはあるだろ。そもそも神自体そこまで全知全能じゃない。まして、まだ神族として未成熟らしいジュリ・オ・イルシアならなおさらだ』


空気を読まずに店員が「ニンニク入れますか?」と訊いてきた。反応できるわけもないノアに代わり、俺はヤサイニンニクをそれぞれに頼む。高松は「全マシ」と告げた。やはり多く食わないとやっていけないらしい。


「はい大のヤサイニンニク」


俺の方に出されたのでノアの前に丼を置いてもらうよう頼んだ。店員は怪訝そうに首を捻りながら彼女に丼を差し出す。


『……ごめん、食欲ない』


「食べなきゃ魔力欠乏症になるんだろ?少し無理してでも食べてくれ」


コクン、とノアは頷くと、箸の代わりにフォークで少しずつズルズルと啜った。『ん』と目を見開くと、極太麺を啜るペースはどんどん早くなる。隣の高松が呆気に取られたように彼女を見た。


「すっご……こんなに食べるのかよ。『大』だぞ?」


ノアは野菜の山もあっという間に平らげた。店内が騒然とし始める。

小柄な絶世の東欧風美少女が、次郎の大を上品に、しかし恐るべき速度で食べているのだ。目立たないわけがない。


『美味しかったぁ……ごちそうさま』


満足そうに微笑む彼女の丼は、スープまで空だ。余程の大食漢でもこうはいかない。

勿論、俺の丼は「小」なのにまだ半分近く残っている。高松も似たようなものだ。


「そんなに腹減ってたのか」


『……そうかも。でもまだお腹に入るかな』


高松がゴクリと唾を飲み込んだ。


「こりゃ結構危なかったのかもな……もう少し食うのが遅かったら、魔力欠乏症が発症してたかもしれねえのか」


「そうなのか?」


ノアを見ると『どうだろう』と首を捻っている。


『でも、ここの料理は美味しかったわ。ちょっと落ち着いたかも。……ってあたし外に出た方がいいかな』


店内の視線が彼女に向いていることに気付いたらしい。「誰に声をかけられても黙っててくれ」と念を押し、外で待っているように伝えた。


それにしても、これはまずったかもしれない。ただでさえノアの存在はSNSで少しだけとはいえ拡散されている。ここまで目立つとさらに注目されてしまうだろう。

まして、ここは池袋という大都会だ。ここに来る途中でも、ノアの容姿は人目を引いていた。そうなると……


「……ペルジュードの連中は、俺たちがここにいることに気付いたかもしれない」


箸を止めて呟くと、高松が「それはあり得るかもな」と頷いた。


「やはり」


「というか、俺はあいつらに会ってる。ペルジュードの連中がPCを持っているのも確認した」


「……何??」


高松は唇に人差し指を当てた。


「静かに。それに、早く食わねえと『ロット乱し』になるぜ」


「次郎」のルールとして、麺が茹で上がる番ごとにまとめて入れ替えるというものがある。それだけに、極度に遅く食べ終わる「ロット乱し」は嫌われるのだ。

俺は慌てて野菜と麺を口に押し込み、何とか周りにさほど遅れずに退店できた。ノアはどこか暗い表情で少し離れた場所で待っていた。


「すまん、遅れた」


『ううん、いいの。……さっき、そこのタカマツって奴の言ったことを思い返しちゃって』


「君の母親や、死病とやらのことか」


無言で頷く。飯を食って落ち着いたとはいっても、まだ気持ちの整理はついていない様子だった。

俺は後ろの高松を見る。奴は頭を掻きながら告げた。


『悪いな。混乱させるつもりはなかった。だが、ここに来た以上はいつかは知らなきゃいけない話だった。……とりあえず、場所移動するか。ここだと目立つ』


高松は「次郎」から少し離れたところにある喫茶店に入った。あまり客のいない店で、ある程度込み入った話もできそうな感じではある。

コーヒー2つとオレンジジュース1つを頼むと、ノアから切り出した。


『……あなたは、敵なの?それとも味方?』


『……現状、どちらとも言えねえな。ただ、俺はペルジュードの連中とは違って力づくで『御柱』ジュリ・オ・イルシアを連れて行こうとは思ってない。あんたらも納得した上で、とは思ってる』


ノアはしばらく考えた上で首を横に振った。


『『御柱様』を連れ帰らせるわけには、勿論いかないわ。戻るなら、あたしたちも一緒に戻る。

元より、転移先で『死病』対策を見つけるつもりだった。それからみんなで戻る計画だった……』


『だが、それはもうかなり厳しい。できちまった『穴』を塞ぐには、『御柱』の力が必要だ。それも、できるだけ急がないとマズい。

それぐらいは、あんたも分かってるだろ。あんたの話は、ランカから聞いてるよ。『話せばわかってくれる子だ』ってな』


『……母様は、買い被り過ぎよ。それに、ペルジュードも何とかしないといけない。あいつらが狙っているのは、『御柱様』なんでしょ?』


コーヒーとオレンジジュースが来た。高松はコーヒーを口にして頷く。


『まあな。そして目的も俺と同じだ。そこに到達する手段が違うというだけで。

んで、実の所組めないかと奴らには接触した。居場所も知ってる』


『……何ですって!!?』


顔色を変えて叫ぶノアに、俺は改めて「静かに」と制した。


「その件だ。既に奴らは何人も殺している。結構洒落にならない事態だとも思ってる。もし連中がこの世界で暴れたら、たくさんの人が死ぬだけじゃない。イルシアの存在が世間にバレた時、イルシアは平穏を乱す危険因子とみなされるだろうからな。

そしてそうなったら、ほぼすべての自由がイルシアの人々から奪われることになる。それだけならまだいい。イルシアの過激派が、この世界に牙を剥きかねない。

だから、俺たちは奴らを一刻も早く何とかしなきゃいけない。実の所、俺たちが池袋に来た理由もそこにある」


『……なるほどな。道理でこんなところでランカの娘さんと会うはずだ。ただ、居場所は教えられない。教えたら最後、戦争にしかならないからだ』


「それは、どういう……」


ノアが『それはその通りかもしれない』と高松を見た。


『あたしが近付いたら、連中は感知してしまう。あなたに出会った時のように』


『……そうだな。そして、奴らはかなりテンパってる。実は、ペルジュードの構成員のうち1人はもう死んでるんだ。『死病』絡みでな』


『……え』


ノアから表情が抜け落ちた。


『多分、発症したのをべルディアが『消した』。そして、奴らは手段を選ばずにジュリ・オ・イルシアの所まで行こうとか考え始めてる。魔力欠乏症からくる『死病』のリスクがデカいから、なるべく早く動こうとしてるわけだ。

勿論、それは危うい。だから、俺の指揮下に入って動いてくれと頼んだが、当然断られた。交渉の余地はないわけじゃないが、ぶっちゃけいつ暴発してもおかしくない』


高松の目が俺の目を捉えた。……何となく、その意図は察した。


「俺たちと組みたいとか考えているのか?」


『平たく言えば。あんたら、多分警察か何かと組んでるだろ?イルシアがここまで露見してないっていうのは、国か何かの権力が守ってないと変だ。

そして、俺一人じゃあいつらはどうにもならない。警察だけでも無駄だ。だから、そこに俺も加わりたい。向こうじゃ、警察の真似事みたいなこともやってるしな』


「お前を無条件に信頼しろとか、そこまで俺は甘くはないぞ」


コーヒーを飲むと、『まあそう言うだろうと思ったよ』と苦笑された。


『あんたらからすれば俺は初対面だし、信頼されるに足ることもしてない。言ったことは全て本当だが、その子からすれば受け入れがたいことも話してる。何より、俺とペルジュードとの目的は同じだしな。

ただ、ペルジュードの暴発はかなり可能性が高い。ついでに言えば、イルシアだって危ない』


「それはどういう……」


『魔力欠乏症の件だ。さっきも話したが、魔力欠乏症は『死病』という凶悪な伝染病を引き起こす。つまり、このまま行くとイルシアからそいつがバラまかれる可能性がある』


俺はコーヒーカップに口を付け、何とか気持ちを落ち着かせようとした。「大府集落周辺で致死性の伝染病が発生した」という嘘のシナリオを作って政府を説得させようとしていたのだが、これじゃ噓から出た真実まことじゃないか。


ノアが声を震わせながら『そんなことって……』と呟く。高松はふうと息をついた。


『まあ、『エリクシア』を持ってるイルシアでそのリスクが比較的低いのは分かってる。ただ、それも時間の問題だ。

肝心なのは、この魔素のクソ薄い日本で、魔力を安定的に補える何かを見つけることだ。それさえ見つかれば、ペルジュードの連中も多少は落ち着くし、奴らを交渉のテーブルに乗せることもできる』


『エリクシアの代わりを見つけろ、ってこと?確か、それって……』


俺は頷いた。ひょっとしたら、突破口になるかもしれない。


「綿貫が今、解析にかけてる。簡易解析の結果は明日らしいが、それに賭けよう」



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